91話 三つの戦線
龍の咆哮と共に、仮面の男は一歩、足を踏みしめカインへと接近した。
高速で襲い掛かる重たい刃を、カインは剣で受け止めた。
「それはもう一回みたんだよ!」
カインは剣を振るった。
コンマ数センチ、仮面の男は身体を反らし、その刃を空を切る。
最小限を極めた、最小限以下の動き。
一つの動作で、仮面の男とカインの実力差がかけ離れている事を証明した。
しかし、以前戦った時よりは善戦しているように思える。
カグラに来てから経験した戦いが、無駄ではなかった。
カインと仮面の男の戦いを見つめる、アステルの視界を、白く長い髪の毛が遮った。
犬耳が生え、ふわふわの尻尾を揺らし。鞘に納められた刀を握った少女が、ゆっくりと近づいていく。
「おねがいね」
「うん」
シリウスが静かに頷いた。
攻防一体の斬り合い。いや、防戦一方の斬り合い。
カインの身体には既に傷はでき、血が流れている。しかし、仮面の男には傷一つついていない。
近付く足音に、カインと仮面の男が視線を向ける。
カインは膝を地面へと付けた。
「……シリウスさん」
「まだ立てるでしょ?」
カインを見下ろし、シリウスが言った。
傷だらけの身体。しかし、その傷は少しずつ治っていく。
カインの異常なまでの回復能力。致命傷を受けない限り、戦える。
「あ、当たり前じゃないすか。ちょっと、痛くて膝をついただけです」
「そうなんだ。悪いけど、この戦いに参加させてもらうね」
「いや、全然悪くないです。むしろ、めちゃくちゃ助かります!」
シリウスは微笑み、そして、すぐに表情を戻し、仮面の男へと視線を向けた。
「前回戦った時は、カインと二人掛かりで互角と言えるものだった」
「それは、俺が足を引っ張ったからで……」
「関係ないよ。弟子のフォローをしてたからとか。そんな言い訳をするつもりはないよ。あの時は、二人で互角だった。……今回はそうはさせない」
シリウスは一歩、一歩。仮面の男へと歩み寄る。
そして、風が吹き。その場所から消え失せ、気付けば仮面の男の懐へと潜り込んでいた。
手に握られた刀の柄を力強く握り、振り抜いた。
仮面の男はそれを躱した。
シリウスは振り抜いた刀を翻し、風を爆発させ、加速させた切り返した。
最小限の躱しに対し、最大限の緩急の刃。――
「……っ!?」
仮面の男は剣で受け止め、強い衝撃により、地面の上を滑った。
「言ったでしょ? 今回は、そうはさせない」
仮面の男を見つめ、刀を鞘へと納めた。
―― 「妾はあの龍を貰う」
スズカが黒龍、サタンを指差した。
「おお、じゃあ。私とアステルはあのおとこ ――」
「ラースは俺一人で十分だ」
フェリスの言葉を遮るように、ラセツが言った。
「えっ、いやいや。スズカ様とラセツさんが龍をやりなよ。めんど……、足引っ張ちゃうよ」
「足を引っ張る? そんな事はないだろう? それに、フェリスとアステルがラースを担ってしまえば、龍を倒すという約束に違える。二人とも前衛って訳でもないしな」
「確かに私達は前衛ではないけど、アステルは前衛もできるから大丈夫だよ。前戦った時は結構押してたし」
「アステルの剣術の腕前は知っている。だが、俺とスズカ様は刀を振るうことしか出来ない。お前達の魔術が、龍を倒すのに必要だ」
ぐぬぬ。と拳を握りしめるフェリスを、真っすぐな瞳でラセツは見つめた。
「ちょっとさ。話を聞いていれば、俺の方が弱いみたいじゃん」
ラースが軽々しい口ぶりで言った。
「事実。龍と仮面よりは弱いだろ」
「ぐぬぬ……、否定したいが。あの新人の戦いぶりを見るに否定が出来ない」
悔しそうな面持ちで、ラースが言った。
「お前達の中では一番弱いと言っただけだ。実際は、そう弱くはない」
ラセツがラースへと歩み寄っていく。
「お! あんた、わかる奴だなぁ」
一歩、また一歩。近付いて行く。その手には、力強く刀が握られている。
「んじゃ、ま。その期待に応えるとしますか」
ラースもまた、剣を抜く。
互いににじり寄っていき、徐々に加速していく。
地を揺るがしかねないラセツの一撃を、ラースの剣が受け止めた。
「いってぇ! 手が痺れる!」
ギチギチと、音を立て刀と剣が押し合う。
「鬼の力を受け止めたんだ。やはり、お前も弱くはないな」
「へへ、有難いお言葉だけどさ。連続では受けたくないね。そういう訳だから、魔術使うけど。いいよな?」
「好きにしろ」
ラースの身体を赤黒く、バチバチと稲妻を走らせた魔力。龍属性の魔力が纏う。
触手のように伸び、鋭く先を尖らせた魔力がラセツへと向かっていく。
ラセツはラースを蹴り飛ばし、朱色の魔力。鬼属性の魔力を纏った刀で叩き切る。
蹴り飛ばされたラースは、地面に咲き乱れる瑠璃草を散らし転がった。
青く、澄んだ空を見つめる。
そして、勢い良く起き上がった。
「お侍さんは刀だけだと思ったのに、蹴るのかよ」
「これは手合いではない、戦だ。使えるものは全て使う。お前も、魔術を使うのだろう?」
「はっ。それも、そうだ」
赤黒い、幾つもの触手がラセツを襲う。
地上から、そして、地中から伸びる。
躱し、叩き切る。
そのラセツの懐へラースが潜り込み、剣を振るう。
ラセツの刀が剣を受け流した。しかし、触手がラセツの身体を傷つけ、青い花へ赤い血を落とした。
「俺は期待に応えられているか!?」
「ああ、期待を遥かに超えている」
男達は口角を上げた。
―― 「……どっちにしろめんどくさかったかぁ」
フェリスがジトッと、二人の戦いを見つめていた。
「さてだ、妾が前衛を担う。ぬしらの熱い支援。期待しておくぞ」
「うん、わかった」
「はぁい」
周囲には騒音が響く。
霊峰、東方浄土で二つの戦いが起きている。
そして、今。三つ目の戦いが起ころうとしていた。




