92話 瑠璃草の戦場
アステル達はツヴァイ達狼の背に乗り、青い花。瑠璃草が咲き乱れる地上を駆けていた。
黒龍サタンが吐き出した赤黒い、龍属性の炎が、過ぎ去った瑠璃草を燃やしていく。
ツヴァイの背で揺られながら、アステルはサタンへと手を向け、指を鳴らす。
幾つもの風の刃が撃ち出され、サタンを切り裂こうとしたが、鋼鉄のような鱗に阻まれ、傷ひとつつかない。
サタンの鋭い瞳孔がアステルを捉えた。
前足を薙ぎ払い、前方から地を抉らせ迫ってくる。
ツヴァイは大地を蹴った。青い花が散り、迫りくる爪を飛び越えた。
着地点は抉られ、土の色が露出している場所。しかし、そこにはサタンの尻尾がムチの様にしならせ、猛烈な速度で迫っていた。
アステルは黎明色の魔力の短剣を生成し、地面へと投げた。
突き刺さった短剣は光輝き、風の爆発を引き起こす。生み出された一瞬の浮力。
だが、それで十分だった。
着地までの多少の時間のズレ、ツヴァイが地に足を着けた時。サタンの尻尾はすでに通り過ぎていた。
サタンの細長い瞳孔は依然として、アステルを貫くように見据えている。
そのサタンの視界外、太く強靭な足元に接近する。銀色の背に乗り、赤紫色の髪の毛が揺れた。
狼の背から飛び降り、大地を力強く踏みしめ。
三本の刀の内の一本、打ち刀を握りしめたスズカがそこにはいた。
朱色の魔力、鬼属性を纏った刀がサタンの足へと迫る。
鋭い刀身、鬼属性。そして、鬼の力が鋼鉄のような鱗を切り裂き、赤い肉へと到達した。
しかし、振り抜かれることはなく、その刀は足の三割を満たない所でせき止められる。
筋肉が足の切断を許さなかった。
「ぬっ、おお!?」
刀を引き抜こうとしたスズカごと、サタンは強引に足を持ち上げた。
そして、その足を振り回す。
刀にぶら下がったスズカは全身を激しく揺らした。
「おお!? ぬは、ぬははは」
なんだか楽しそうにしている。
しかし、その楽しい時間も束の間。遠心力により、刀を残したままスズカは空中へと放り投げだされた。
空中を舞うスズカへ、鋭い牙を生やしたサタンの口が接近する。
大きく開いた顎へ、スズカは自由落下に抵抗する事が出来ず、着実に近付いていく。
食べられる。
そう思われた時だった。巨大な風の弾が、サタンの頭へと直撃し、その脳を揺らし、口元をずらしスズカを地面へと到達させた。
「助かったぞ。フェリス」
フィアの背に跨ったフェリスが応えるように、手を軽くひらひらと振った。
駆け寄ってきた狼の背に乗り、サタンの足元から離脱した。
そして、ツヴァイの背に乗り、戦場を駆るアステルの元へ寄り、並走をした。
「大丈夫?」
「うむ、当然だ。ぬしらを信じているからな」
「そっか」
アステル達は龍を見た。
足にはスズカの刀が刺さっている。しかし、何事もなかったかのように平然と立ち、咆哮を響かせていた。
―― 一糸乱れぬ攻防。
シリウスの風の爆発を使った緩急の攻撃。
仮面の男の最小限の動作による回避行動、シリウスの一瞬で最大限の速度へと到達する刀。
そして、隙を見たカインが剣を振るう。
それでも、仮面の男に刃が届く事はなかった。
二人から距離を取った仮面の男を見つめ、シリウスは刀を鞘へと納め、ため息を一つ吐いた。
カインの身体は幾度となく、反撃を受け傷だらけ。しかし、その傷はどんどん回復していく。
一度も致命傷を受けていない。カインの回復速度が追いつく程度の傷しか受けていない。
対して、シリウスは傷一つついていなかった。
反撃を躱しているという事もあるが、如何せん気に入らない。
「手加減でもしているの? それとも、殺す気はない。とか?」
シリウスの鋭い眼光が仮面の男を貫いた。
しかし、仮面の男は何も発しない。静寂を保っている。
「どういう事ですか?」
カインが首を傾げた。
「あの回避動作。間違いなく、私達よりも格上の存在だよ。それなのに、私達は立っている。私が躱せるギリギリの攻撃、カインの回復能力を知っているのか、致命傷にならない攻撃。回避動作に比べて、お粗末って事」
シリウスがゆらゆら、身体を揺らしゆっくりと歩いた。
一歩、また一歩。
白い長髪がゆっくりと舞う。
「そっちに殺す気はなくても、こっちは殺す気で行くから」
地面を蹴る。風が爆発した風圧に、カインの手が自身の視界を覆う。
その手を退け、視界が開けた時。すでにシリウスは仮面の男の懐の中。
力強く握られた刀を振り抜いた。風を爆発させ、威力と速度を上乗せさせた神速の抜刀。
男はその神速の刃を躱した。しかし、シリウスの太刀は止まる事なく、勢いそのままシリウスは身体を回し、風を爆発させた蹴りをその男の腹部へと入れた。
仮面の男は吹き飛び、大地に咲き乱れる瑠璃草を散らし、地面を転がっていく。
「カイン、ここからは本気で行くよ」
「え? 俺は最初から本気 ――」
「まだ、手があるでしょ?」
その言葉にカインはハッと、自身の腰に付けられた白いお守りを見た。
カインはそのお守りをぎゅっと握りしめた。
朱色の魔法陣がカインの傍の地面に生成される。
そして、その魔法陣から白い着物を身に纏い、白い髪と白い肌を持つ少女。雪女のセツナが召喚された。
「力……貸して貰えるか?」
カインはセツナを見つめた。
「仕方がないから貸してあげる。……無理はしないでよね」
セツナの身体から朱色の魔力がカインへと流れていく。
鬼属性の力。セツナと契約を、日々修行を積み重ねた。
元々魔力が枯渇し、魔力制御の方法を知らず、一から修行してきた。
人の身には耐えられない程の身体能力強化。
しかし、高い再生能力を持つカインならば、ある程度ならば扱う事が出来る。
「限界だと思ったら魔力供給止めるから」
「わかってるよ」
仮面の男がゆっくりと、青い花の群れから起き上がる。
仮面を抑え、ズレた仮面を正した。
セツナが踏みしめる大地が、徐々に白くなり、青い花を凍らせていく。
男はジッと、シリウス達を見つめていた。
―― ドライ達狼の群れ三匹とラセツは、赤黒い龍属性の魔力を身に纏い、触手のように振り回すラースと激しい斬り合いをしていた。
「一対四とか卑怯じゃんね!?」
ラースが軽い口調で言った。
「その触手みたいなのを使ってるんだ。これ位妥当だろう」
「うーん。そうか? ……そうかも」
互いに斬り合う二人の身体からは血が滴り落ちる。
ラセツを狙い、地上と地中から伸びる触手を狼達の爪が切り裂く。
「ていうか、痛過ぎ。あんた、痛覚とかないわけ?」
「あるに決まっているだろう」
ラセツは刀を振るい、刀身に付いた血を払い落した。
青い花びらに血が付き、地面へと滴り落ちる。
「その割には平気そうじゃん」
「そっちこそ、軽口が止まらないな」
言葉の応酬、その最中でもラースの触手はラセツを狙っていく。
狼達が切り裂き、漏れた触手をラセツの方が切り落とした。
「集中力が乱れるでしょ? その隙を狙ってるんだけどさぁ。……隙なんて微塵もないね」
「頼もしい味方のお陰だ」
ラセツは歩き出した。
足跡に血痕が残る。
振り上げた刀を振り下ろす、ラースの剣が迎え撃つ。重たい金属音が響き渡る。
ギチギチと刃が鳴り、互いの力で震える。
しかし、鬼の力に徐々に力負けし、ラースの元へ自身の剣の刃が迫っていく。
やがて、刃が肩へと到達し、ゆっくりと侵食していく。
「いってぇ!?」
ラースが身に纏う、赤黒い魔力が爆発し、ラセツを弾き飛ばした。
自身の肩へ食い込む剣を引き抜いた。
「まじで、力強すぎだって……」
ラースはため息交じりに呟いた。
「両刃の剣は自身をも傷つける。やめるべきだ」
ラセツがラースを見つめ言った。
その言葉にラースは肩をすくめた。
そして、剣を握りなおす。
ラセツを見つめ、な笑みを浮かべていた。




