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93話 瑠璃草の血、その痛み

 ツヴァイ達狼の背に乗り、スズカと並走をし、黒龍サタンを見上げる。

 鋼鉄のような鱗、そして、スズカ。鬼の力を以てしても切断を許さない強靭な筋力。両方をどうにかしなければ、決定的なダメージを与える事が出来ない。

 どうしたものか。とツヴァイの背に揺られ思う。


 冷気が風を漂い、アステル達の元へと届いた。

 その先を見ると、シリウス達が戦っている仮面の男。その場にセツナが召喚されていた。

 雪女、セツナの力がシリウス達の足元を凍らせている。その冷気がアステル達の元へ風となり届いていた。


「スズカ」

「うむ」そう頷き、スズカは懐から巻物。百鬼夜行の巻物を取り出し、広げる。

 半分の長さに千切られた数多の妖怪が描かれた巻物が朱色の魔力に包まれる。

 アステル達は立ち止まり、サタンはこちらを見つめる。


 スズカの背後に赤い鳥居が現れ、ゆっくりと一人の女性が歩いてくる。

 白い着物、白い髪。白い肌。セツナの姉、雪女のユキノが瑠璃草が咲き乱れる戦場へ足を踏み出した。

「お呼びでしょうか?」

「力を借りたくてな」


 スズカを見つめ、龍を見つめる。

「あの、私……戦闘は得意ではありませんよ?」

「当然、わかっている」

 スズカが答える。


 ユキノの魔力が高まっていく。目の前の脅威に向けて、臨戦態勢を取る。しかし、その足を支える大地は凍る事はない。

 戦闘は得意ではない。それでも、魔力制御はセツナよりも優れている。

 

 サタンが顎を上げた。赤黒い炎が漏れ出し、ゆっくりと顎を引く。

 そして、アステル達へ向け、炎が漏れ出す口を大きく開けた。

 スズカが狼の背から降り、その隣にユキノが立つ。

 スズカは息を大きく吸った。

 

 大きく開かれた口から赤黒い炎がアステル達へ向かって吐かれた。

 同時に、スズカとその隣に立つユキノが静かに息を吐く。

 百鬼夜行の巻物の力。主へと力を貸し与える力。

 スズカの口から雪女の力である、全てを凍てつかせる白い冷気が放たれた。


 スズカとユキノ二人の口から放たれた冷気が、花を凍らせ炎とぶつかり合う。

 花は燃え、花は凍る。

 燃え、黒く染まる花が凍っていく。徐々に、二人の冷気がサタンへと近付く。

 しかし、その冷気はサタンへ到達する前に爆ぜる。


 圧倒的な温度差、熱衝撃の歪が限界を迎える。

 白い蒸気が戦場を覆い、視界を遮った。

 緩やかに、蒸気が晴れると、サタンの口元の鱗にはヒビが入り、微かな鮮血が漏れ出していた。

 黒く凍り付いた花へ落ち、揺れる事なく大地へと落ちる。


「うう……、口周りが冷たいな……」

 スズカは両手をピタと口に当てた。

「あら? 私が暖めてさしあげましょうか?」

「いや、いい。ぬしは余計に冷える」


 自らの提案を即答され、ユキノは肩を落とした。

 そんな二人を置いて、アステルはサタンを見つめる。

 細長い瞳孔がアステル達を見ていた。


 その時だった。横から風の刃がサタンの口元に直撃した。

 鱗は剥げ落ち、強靭な筋肉を切り裂いた。

 サタンの視覚外から魔術を放ったのはフェリスだ。


 絶対零度で凍てつき、鋼鉄のような鱗が軟質化する。

 その下には強靭な筋肉がありはするが、鱗という最初の防壁を崩す手段を得た。

 黒龍の咆哮が戦場に轟いた。


 ―― 冷気が戦場を凍てつかせる。大地は凍り、凍った大地を伝い花が凍る。

 シリウスの足が花を踏みしめる。足を上げた時、花は粉々に砕け散っていた。

 目の前の仮面の男に刀を振るう。相も変わらず、その刃が男に届く事はない。

 しかし、セツナの冷気が大地を凍てつかせる時、男の足をも凍らせていた。動きは鈍化している。


 白い吐息を漏らしながら、シリウスは逆手に持つ鞘で仮面の男の横腹を強打する。

 刀と鞘、二つの武器。そして、蹴りを含めた連撃が男を襲う。

 時折風を爆発させる事で加速力を得る、緩急の激しいその攻撃は、最低限の動作で躱し続ける男に着実に傷を負わせる。


 冷気が身体を凍てつかせようとも、風がシリウスを追いやる。最低速度が落ちれば落ちるほどに、最高速度の緩急が激しくなる。

 そして、仮面の男がシリウス以外を見えなくなった時、その視界の外からカインの剣が振り下ろされる。


 セツナの魔力、鬼属性の魔力を借り受け、身体能力が大幅に強化されたカインの剣。辛うじて男はその刃を、己が持つ剣で受け止めた。

 地を揺るがす様な轟音が鳴り響く。


 シリウスの刀は既に鞘へと納められている。その刀を力強く握り、硬直する男を見据える。

 刀を抜く。

 風が爆ぜる。

 凍った花びらが戦場を舞う。


 最高速度を越えた抜刀が仮面の男を襲った。しかし、その刃は届く事はなく。赤黒い魔力、龍属性の魔力による防御壁でその刀を遮られた。

 再び風が爆ぜた。止められた刃を押し、防御壁に衝撃が走る。

 シリウスの刃が徐々に赤黒い防御壁へと食い込んでいく。


 ヒビが入り、そして、砕け散る。

 赤黒い魔力は地面へ到達する前に、霧散して消えていく。

 止められていた刃が、仮面の男の腹部を深く切り裂いた。


 男は膝を突いてなお、カインの剣を受け止めている。

 鬼の力を借り受けたカインの剣を受け、剣が震え、腹部からは血が漏れ出す。

「カイン……」

 シリウスが名を呼ぶと、カインは力を緩めた。


 男の足元はすでに凍り付き、腹部には致命的な傷を受けた。

 仮面の男はゆっくりと、腕を下し、天を見上げる。


 意識が朦朧とする。

 身体が冷え、傷だらけだ。

 シリウスは刀を鞘へ納めようとした。しかし、身体がふら付き、地面に刀を刺し、その身体を支える。


「セツナ!」

 カインがセツナの名を呼び、シリウスの元へと駆け寄った。

 カインも傷だらけだった筈なのに、高い再生能力を持つその身体にはもう傷はない。

 冷気が徐々に収まり、カインの身体から朱色の魔力が消え去る。


 溶け行く瑠璃草が咲き乱れる大地に膝をつける。

 朦朧としたその先、仮面の男がゆっくりと立ち上がる。

 

 「……」

 シリウスは刀で全身を支え、震える身体で立ち上がろうとした。

 しかし、足に力が入らず。青の中へ、白い長髪の少女が倒れ込んだ。


「カイン!」

 セツナの声に反応し、カインが後ろを見た。

 ゆっくりと仮面の男が近付いてくる。

 カインは剣を構えた。


「セツナ、魔力を貸してくれ」

「……出来ない。今はカインの身体が耐えられない」


 深く裂かれた腹部からは血が流れ出ている。

 とても戦える状況とは思えない。それでも、圧倒的な威圧感が二人を襲う。

 仮面の向こう。見えない眼光が、突き刺さる。


 一歩、一歩。青を赤に穢し、カイン達の目の前へと迫る。


 今まで、魔力なしの戦闘なんて幾度も経験してきた。

 だけど、それは普通の魔物相手。強敵を相手をするようになってからは、いつだってアステル達が居た。

 何かあれば助けてくれる。

 その支えがなくなった今、何もできない。


 威圧感に恐怖を感じ、構えられたカインの剣が震える。

 その剣先に、仮面の男の裂かれた腹部が映り込む。

 男はカインの震える肩を掴み、押し退け、倒れるシリウスへと近付いていく。


「お、おい!」

 カインが震える声で男を呼び止める。

 一瞬、静止する。しかし、顔を向ける事なくシリウスへと近付いていく。


「無視してんじゃねえよ!」

 カインが仮面の男へと切り掛かった。

 その刃は赤黒い防御壁によって防がれた。


 何度も、何度も生身の筋力で切り掛かる。それでも、防御壁には何も起こらない。

「カイン、下がって!」

 セツナの声に反応し、カインが後ろへと下がった。

 白い冷気がセツナの口から吐かれた。


 赤黒い魔力が仮面の男とシリウスを囲うように円を描き、大きな防御壁を形成する。

 男は傷だらけで倒れこむシリウスを見下ろした。

 防御壁の外では、その壁を壊そうとカインが剣を下ろし続ける。


 男は膝を、シリウスへ手を翳した。

 赤黒い魔力が瞼を閉じた少女を包み込んだ。


 ―― 「なにやってんだか……」

 ラースがシリウス達を見て声を漏らした。

「どこを見ている」

 ラセツが刀を振り下ろす。


「おおっと!? 不意打ちはやめてくれよ!?」

「よそ見をしている方が悪いだろう」

 ラースを見つめ言った。


 互いに傷だらけ。魔力も既に尽きかけ、ラースを纏っていた赤黒い魔力と触覚は消え失せていた。

「正論はやめろよ? お互いもう限界なんだしさ。休みながらでいいだろ?」

「限界なのは認める。だったら、猶更早く終わらせて楽になるべきだ」

 ラースはため息を吐いた。そして、剣を正面に構える。


 それに応えるように、ラセツもまた、刀を構えた。

「正直、生身であんたみたいな鬼と戦うとか。自殺行為でしかないんだよな」

「白旗でもあげるか?」

「え? 許してくれんの?」


「その軽口を斬り落とすまでは無理だな」

 その言葉を聞き、ラースは口を締めるかのような動作を見せた。

 ラセツが地を蹴り、駆け出した。


「おお!? 許してくれないのかよ!?」

 ラセツの振り下ろした刀を、ラースの剣が受け止めた。

 互いに魔力での身体能力強化は切れた。

 だが、ラセツは鬼だ。種族として、生身の身体能力は遥かに高い。


 重い一撃を受け止め、その手を痺れさせる。

 剣を握る手に力が入らない。その手からラセツの刀が剣を弾き飛ばした。

 そして、ラースの肩から刃が入り、脇腹から抜けていく。


 ラースの剣は空を舞い、青い瑠璃草が咲き乱れる大地へと突き刺さる。

「……まあ、……こうなるわな……」

 ラースは青い花びらを散らせ、大地へと倒れこんだ。

「……痛すぎ。……痛いのは嫌いだ」


 青い空を見つめ、そう呟く。

 ラセツが倒れるラースを見つめた。

「あんたの勝ちだ。……少し休ませてくれ」

「好きにしろ。その傷では死なん」


「いやいや、いてえから。馬鹿いてえから」

「そうか。……俺も少し休むとしよう」

 そう言い、ラセツは腰を下ろした。


「助けに、いかなくていいのかよ?」

「今行ったところで邪魔になるだけだ」

「あんたのお仲間が殺されるかもしれねえってのに、……随分と悠長だな」

「龍属性の防壁など、魔力なしでは鬼の力を以っても無理だからな」


「……そうかよ」

 風が吹き、青い瑠璃草が揺れる。

 一つ、戦場が終焉を迎えた。

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