83話 稲穂の海
野営地を出てから数時間。アステル達は狼たちの背に揺られ、街道を進む。
やがて、視界が大きく開けた。
優しい風が吹き抜け、アステルの灰色の髪と漆黒のローブが靡き、目の前に広がる黄金色の稲穂が一斉に揺れ動く。
視界の全てを覆いつくす様な、広大な田んぼが目の前に広がっていた。
静かな音を奏でる、稲穂に囲まれた道を歩いていく。
「すごいねぇ、向こうの方まで続いてるよ?」
フェリスがフィアの背から身を乗り出し、覗き込むようにして果ての無い稲穂の海を見つめる。
「ここはカグラの中でも有数の米の産地なんだ。食べても当然美味しいが、ここの米で作られる神楽酒が最高なんだ」
「へえ、そうなんだ?」
「なんだ? 反応が薄いな」
「いや……私達お酒呑めないし……」
昂るように話すスズカに、フェリスは落ち着いた態度で返す。
「旨い酒になる米を作れる地域の米は絶品だ。昼夜の寒暖差が激しい上に、酒米の管理は通常の米よりも難しい。卓越した技術を持つ農家が作る米だ。そこらの米とは違う」
「うーん、でもお米でしょ? あんまり変わらないんじゃない?」
「たかが米、されど米だ。全然違うぞ」
スズカの言葉に、フェリスはへえ。と生返事を返した。
稲穂の道を歩き続け、農村へと辿り着いた。
小さな村。至る所に、米俵が積み重ねられている。
「おや? スズカ様?」
一人の農民がスズカの存在に気付き、歩み寄ってくる。
「この村の者か?」
「はい。この様な小さな村へ、何用に?」
「少し旅の途中でな。少し邪魔をするが、構わんか?」
「米しかない所ですが、ごゆっくりしていってください」
「ぬはは。何を言っている。その米が最高なのではないか」
「お言葉です」
農民は頭を下げ、立ち去って行った。
アステル達は狼の背から降り、地を踏み締め、通りを歩く。
城がある都、城下町とは違い、人通りと店の数は少ない。
多くは普通の民家と倉庫。その軒下には米俵や干物が吊るされている。
周囲を見渡しながら歩いていると、仄かに良い匂いが漂ってくる。匂いの元を見ると、食事処と看板が置かれていた。
「丁度昼時だ。食べて行こうか」
ラセツが振り向いた。
その提案にアステルは頷いた。
店に入り、椅子に座って注文をする。
注文してすぐにお茶と共に、スズカの前に徳利とお猪口が運ばれてくる。
透明な酒を注ぎ、口へと運ぶ。喉が静かに鳴る。
ぷはぁー! と、肺から全ての酸素を出す程の息を吐く。
酒を楽しむスズカを見ていると、アステル達の前に料理が運ばれてくる。
焼き魚に漬物とみそ汁。そして、白米。
「おお、おいしそう」
目の前に置かれた料理を見て、フェリスが声を漏らした。
アステル達は手を合わせ、食べ始める。
箸で簡単に解れる魚を口に運び、白米を食べる。
「このご飯、ちょっと甘い気がする」
「うん。この魚も凄く美味しい」
フェリスの言葉に、シリウスが頷いた。
「うむ、酒にもよく合う」
スズカがクイッと、お猪口を傾けた。
食事を終え、店から出る。
通りを歩き、酒屋に寄り、酒を買う。
そうして、村の出口へと向かっていく。
最高の酒を手に入れたスズカの表情は明るい。
アステル達は、狼の背に跨り、東方浄土への道のりを揺られ、歩き出した。




