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82話 四方浄土

 静かな星天の下、アステル達はパチパチと弾ける焚火を囲っていた。

 アステルは隣で丸まっているシルヴィを優しく撫でる。


「東方浄土まであとどれくらい?」

「まだ半分も来てないな」

「ええ……」

 フェリスの問いにラセツが答えると、彼女は不服そうな表情を浮かべた。


「まだ一日目だよ?」

 シリウスが苦笑いを浮かべながら言う。

「そうだけどさ」

 フェリスは獣耳を折り畳み、溜息を吐いた。


「東方浄土ってどんな所?」

 アステルが聞く。

「前ハクオウが言った通り、穢れを払う場所だと言われている」

 スズカが答えた。

 

 霊峰、東方浄土。穢れを払う聖地と教えられた。しかし、それ以外の知識がない。

「その穢れというのは?」

「身体を蝕む病や、苦悩の事だ」

 スズカの答えに、へえと、アステルは頷いた。


「青蓮華という花が咲く、綺麗な場所らしいぞ」

 スズカは酒瓶をグイっと煽り、プハーと息を漏らした。

「ちなみにだ。浄土というものは、東西南北。四方に存在し、四方浄土と言われているんだ」

「どんな所なの?」


 アステルは首を傾げる。

「南方浄土は不平等の無い世界、北方浄土は未来を知る者がいるとされているな」

「未来を?」

「そう言われているだけで、実在するかどうかは知らんがな」


「西は?」

「西方浄土、極楽浄土とも呼ばれる場所。四方浄土はどこも理想郷とも言われる場所ではあるが、その中で一番の理想郷とも言われている。悔やむ者の罪を洗い流し、悟りを開かせる事で、正常な来世へと導くとも言われているんだ」


「一番の理想郷?」

 フェリスは首を傾げた。

「うむ。もっとも、浄土というのはあの世の事だ。東方浄土以外の浄土へ辿り着いた者はおらず、あくまでそうあると。信じられているだけだ」


「え、私達今あの世に向かっているの?」

 フェリスは顔を顰めた。

 ぬはは。とスズカは笑い、酒瓶を勢いよく傾ける。


「あの世に近い事は変わりはない。人里離れた霊峰だからな」

 うへぇと、フェリスは肩を落とした。

「西方浄土にはちょっとした、面白い伝説があるんだ」

「伝説?」


「うむ、カグラの創造主がいるとされている」

 アステル達は首を傾げた。


「カグラを創造したのは九尾と呼ばれる妖狐だと言われていてな。その物が住まう場所は赤い花。彼岸花が咲き乱れていると古くから伝わり、説かれてきた。故に伝説なんだ」

「九尾と、赤い花……」

 アステルは小さく呟き、この世界へ来る直前の事を思い出す。


 フォレスティで黒龍と対峙した時、強制送還術を発動した。

 強制送還術は、その場にいる最も魔力の高い存在の世界へと飛ばされるもの。

 本来であれば、黒龍の世界。魔界へと飛ばされる筈だったものが、この世界。カグラへと飛ばされた。


 術が発動したあの瞬間、アステル達の前に九本の尻尾を持つ女性。フォレスティ、世界の意思、ミュトスが現れた事で最も魔力の高い存在が、ミュトスへと移り変わった。

 そして、赤い花。彼岸花もそこにはあった。


 ミュトスの介入により、なぜこの世界に来てしまったのか。

 ずっと疑問に思っていたが、もし、ミュトスとカグラの創造主。九尾が同一の存在ならば、頷ける。


 考え込むアステルの耳に、プハーッと気の抜けた声が響く。

 スズカを見ると、酒瓶を逆さまに振り、数滴の雫が地面へと落ちる。ムッ……と、眉を顰めていた。

「ラセツ、酒がなくなった」

「ならば、今日はもう休むとしましょう」


「……むぅ。明日も早いしな。仕方がない」

 不満げな声を漏らしながらも、スズカは頷く。

「アステル達も休んでくれ。不寝番は俺がやる」

 ラセツがアステル達を見て言った。


「わかりました。ですが、警備はツヴァイ達が交代でしてくれるので、ラセツさんも休んでください」

 地面で寝そべっていた狼たちの一匹、ツヴァイが静かに立ち上がり、アステルの元へと歩み寄ってきた。

 その足元に座る彼女へツヴァイは、頭を差し出す。その頭をアステルは撫でた。

「おねがいね」


 ワフ。と小さく鳴いた。

「そうか。では、俺も休ませて貰うとしよう」

 ラセツはアステルとツヴァイを見て、微笑みながら言った。


 静かに夜が暮れていく。

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