72話 劫火と泡沫
黒い泥は触手のように伸び、黒い雷を放ち、地面へとその手を叩き付ける。
シリウスとフェリスが斬り落とすと、先程よりも早く再生する。それどころか、増殖していた。
「ムカつく奴だったとは言え、死体相手に言いたくないけど。キモ過ぎない!?」
フェリスが襲いくる触手から逃げながら言った。
「魔力暴走とか? だとしても、あの変貌はおかしいよ」
「うん。元の形はもうわからないね」
シリウスの言葉にアステルが頷いた。
今までで見た事がない変異。
パンドラの夜の魔力活性化に耐えた個体が、変異するのとは訳が違う。
完全なる別物。人だったとは言えない程の変わり様をしている。
「うむ。もしかしたら、やり過ぎたか?」
「かも知れませぬな」
スズカとハクオウが触手を斬り落とす。
鬼属性を帯びた攻撃により、増殖はしないが、緩やかに再生していく。
鬼属性、混沌の力では増殖はしない。再生速度も遅い。黒い泥は理の力だ。
神秘の力である、自然属性は効かない。それどころか、増殖を促す。
スズカとハクオウに任せるしかない。とはいえ、暴れ狂い再生する触手相手に、援護なしで二人に任せるだけでは勝ち目がない。
そういえば。と、ある事を思い出す。
それは先の戦いでアステルが放った風の刃が、青年の頬を掠めた時。その傷が再生されていなかった。
アステルが指を鳴らす。風の刃が黒い触手を斬り落とす。緩やかな再生。しかし、増殖はしない。
自然属性である風の刃が効いている。
いや、違う。
理の前に神秘は無力、混沌は理を乱す。
理は理を制する。
アステルの無属性魔力は元より蒼白いものだった。二年前、魔力の器が傷ついた時。傀儡の両親が治してくれた。
黒い魔力、魔界の魔力。理の力で修復され、黒と蒼が混じり夜明けの色になった。
「シリウス、フェリス。火と水、思う存分使って良いよ」
「え? それだと、アステルの負担大きいでしょ?」
確かに、シリウスとフェリスの属性は風。しかし、アステルの魔力を媒介に火と水の属性魔力を使える。
アステルの魔力を媒介にする。単純に言ってしまえば、魔力消費量が三倍になる。
負担は確かに大きい。魔力切れのリスクもある。
しかし、そのリスクを負ってでも得られる確かな力がある。
「大丈夫。私達はもう三人だけじゃない。みんながいる」
魔力切れが起きれば、暫くは魔術は扱えない。連戦は不可能。だけど、みんながいる。
「わかった」
シリウスが頷いた。
「なんだ? 秘策でもあるのか?」
「秘策って言えば秘策です。まあ、ただ。シリウスとフェリスが本気を出すってだけですけど」
「ほお……今まで本気じゃなかったのか?」
スズカが目を見開いた。
これは三回目。
今までちょっとした魔術、属性付与する程度に使うのが殆どであった。その程度ならば、魔力切れになる程のものではなかったからだ。
アステル自身は別に、いつでも使って貰っても構わなかったが、二人が頑なに使わなかった。
それは二回目の使用時。先生との修行の中で使った時、あまりの魔力消費の多さに、アステルの魔力が十秒も持たずに底を尽きたからだ。
あの時よりも成長し、魔力量もそれに伴い多くなっている。もっと耐えられる筈、もっとも、シリウスとフェリスの力も当然成長している筈だが。
「三十秒。……三十秒で片を付けよう」
「……うん。三十秒もあれば十分だよ」
「うーん、久し振りだ。緊張するねぇ」
三十秒。ただの感覚。実際はそれ以下、それ以上かも知れない。
アステルは深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
「行こうか」
シリウスの身体を赤い魔力が覆っていく、同様にフェリスの身体を青色の魔力が覆う。
脱力感が一気にアステルを襲う。
シリウスの長く白い髪の毛。毛先が僅かに赤く染まる。
フェリスの肩まで伸びた黒い髪の毛。毛先が僅かに青く染まる。
劫火が舞い、泡沫が跳ねる。
シリウスが手に持つ刀の柄をギュッと、握りしめ。
フェリスが手に持つナイフをクルッと回し掴む。
アステルが黎明色の魔力の剣を生成した。
三人は真っすぐに、黒い異形をその眼に焼き付くほどに見つめた。




