71話 死を許されぬ絶叫
青年がアステルを見つめる。ヒビ一つ入っていない黎明色の魔力壁。
「へえ。案外やるんだな」
「ただの壁だよ。別に特別なものなんかじゃない」
ただの壁。魔力を壁として生成する。一般的な防御方法。物理的な攻撃にも使えるが、魔力を帯びた攻撃を防ぐのに最も適したもの。
「俺の超弩級魔法を防ぐとはな」
「超弩級魔法?」
今のが? と首を傾げる。
「ああ。威力も大きさも桁外れ。それを防いだその実力は認めてやるよ」
確かに、大きさは凄まじい物であった。威力もそれに比例して、『大きい』だろう。
魔法というものは良くわからない。しかし、今のは魔術とは呼べるものではない。
自身を召喚したサマエルを殺した事により、根本的なものを教わっていないのだろう。
浅はかで稚拙。自分を何者かと勘違いしている。ただの愚者。
「魔術は魔力を扱う術。あなたのはただ単に魔力を放っているだけ。子供でも出来る」
「だったらその壁が壊れるまで撃ち続けてやるよ!」
先ほどと同様。大きな黒い稲妻の矢を放つ。
「大きいだけの脆弱な『魔法』は無意味だよ」
アステルは壁を消し去り、指を弾いた。乾いた音が響き、目の前に緑色の魔法陣が生まれ、小さな風の刃が青年に向かっていく。
「はっ。そんな小せえもんこそ意味ねえだろ」
黒い稲妻の矢と小さな風の刃が衝突する。
一見すると、黒い稲妻に吸い込まれそうな程に差がある。
黒い稲妻が爆煙を上げる。そして、その爆煙の中から、緑色の刃が青年の頬を掠めた。
「大きいだけで密度の無いあなたの『魔法』は私には届かない。確かにその魔力と魔力量はチートと言えるかも知れない。だけど、中身のないそれに意味なんてないよ」
バチッ。青年の周りで、黒い稲妻が走る。
バチバチッ。黒い稲妻が大きくなり、量を増していく。
「その可愛い面に免じて、楽に死なせてやろう思っていたが……叩き潰してやるよ」
青年の攻撃が激化する。
彼から漏れ出す黒い稲妻が、意思を持つように、あるいはただ、暴れるように周囲へその稲妻を走らせる。
アステル達は走り、避ける。
理の魔力の塊。青年が言った言葉。
神秘は理から生まれ、神秘を律する。理の前に神秘は無力であり、理を御するのは混沌のみ。ハクオウが言った言葉。
混沌は鬼属性等の自然界以外の属性。つまり、現状スズカの攻撃以外では、あの青年の身体を傷付けた所ですぐに修復される。
理は……魔界の魔力の事?
黒い稲妻は魔界の魔力を帯びている物だ。アステルの扱う魔力よりも純度が高く、強力な魔力。
フェリスが稲妻を避けながら、魔術を放つ。風の刃が青年の肉体を傷付ける。しかし、黒いドロドロがすぐにその傷を元通りにする。
理の前に神秘は無力。
理が魔界の魔力ならば、神秘は自然属性?
魔界の魔力が形成する肉体に、自然属性は効かない。ただの仮説。しかし、目の前にはそれを証明する確かな証拠がある。
シリウスが切り落とした腕。フェリスが傷つけた肉体。どれもが、すぐに再生されている。
だが、おかしい。
二人が傷つけた箇所は再生されている。神秘が自然属性の物だと考えるならば、アステルの魔術で受けた傷も再生される筈。しかし、先ほど風の刃を掠めた頬には傷が残り、赤い鮮血が僅かに垂れている。
「さっきまでの威勢はどうした!? 逃げるだけか!?」
狂喜の表情を浮かべ、青年は黒い魔力を垂れ流し、雷が暴れ狂う。
「ムカつくけど再生されて、どうにも出来ないよ」
フェリスが魔術を放ちながら言う。それを援護するために、シリウスが迫りくる雷を切り落としている。
「はは。ここに迷い込んだ奴等も、どうすることも出来ず、俺に恐怖して死んでいった! お前達もそうなるんだよ!」
「なんだと……? 今、なんと言った?」
ピタッと。スズカの動きが止まる。
「その言葉の通りだよ。ここに迷い込んだ奴らを殺してやった。魔物を片付けるのは普通の事だろ?」
「その中には、妖怪以外にも、普通の人も居た筈だ」
「さあな。覚えてねえよ。どいつもこいつも、スズカ様がぁ。スズカ様があって鬼の名前に縋ってたから残らず殺した」
おどけるように、スズカの名を口にする。
「どうやら、ぬしは、妾を不快にする才能を持っているようだ」
「はっ。誉め言葉として受け取っておく」
酷く冷めた眼差しで睨むスズカに対し、青年は楽し気な表情をしている。
立ち尽くすスズカに、黒い稲妻が襲い掛かる。
動く素振りを見せない。
稲妻がスズカを貫いた。貫いた雷が床に着弾し、爆煙を上げる。
自身の稲妻がスズカを貫き、鬼の王を討ち取った青年の口角が上がる。
「……?」
稲妻は確かにスズカを貫いた。しかし、その身体に傷はなく。依然として、冷めた眼差しを青年に向けていた。
スズカの背後にあった爆煙が晴れていく。
そして、その中から真っ赤な鳥居が現れ、ぬらりひょん。ハクオウがそこには立っていた。
「スズカ様の呼び掛けに応じ、馳せ参じました」
「すまないな。ぬしの力を借りる」
ハクオウの力。認識を変える力により、黒い稲妻はスズカをすり抜けた。
その場にスズカは居て、そこにはいない。
スズカが一歩、一歩。前へと歩く。
迫りくる黒い稲妻は全て、その場に誰もいないかのようにすり抜けていく。
「はあ!? なんだよそれ!? ズルだろ!? チートじゃねえか!?」
「何を言っている? ぬしは自身をちーとと言っていたではないか」
「来るな! 来るなぁ!?」
鬼の怒りに恐怖し、青年が子供のように叫ぶ。
「ぬしは殺す手を止めたのか?」
「うるせぇ!? 魔物風情が!?」
青年は後ろへ倒れるように、尻を地面へと着けた。
そして、おもむろに手を伸ばす。
その手をスズカの刀が切り落とした。
「ぐうぁああああ!。腕があぁ!?」
痛みに悶えるように、斬られた箇所を抑えた。
「腕なら付いてるではないか」
「……はっ?」
青年は斬られた箇所を見る。確かに、そこには腕がある。
「あ……あ」
青年がスズカの顔を見上げる。
影でよく見えない。しかし、その目つきは鬼の王。そのものだ。
青年は振り返り、這いずるように逃げていく。
向けられた足を切り落とし、太ももへ刀を突き刺した。
「ああぁああ!?。足、足が……!?」
「付いてるぞ」
青年の顔が滲み、目尻に涙が溜まっていく。
「ゆ、許し、許して……」
「何人がぬしの前で、そう叫んだ」
「も、もうしない。あんたが、王で良いから!?」
「何を言っている。ぬしに言われなくとも、妾が王だ」
スズカの刀が青年の首を落とした。
泣き叫ぶ声が沈黙し、その身体は静かに倒れる。
「何を寝ている」
ガンッと。勢いよくその身体に、刀を突き立てると、首を失った筈の青年が起き上がる。
そこには確かに首が繋がっている。一度死を認識した筈なのに、再び目の前の恐怖と相対する。
「がッア、アア……!?」
身体を貫く刀を握りしめる。刃が食い込み、その手から血が流れ落ちる。
青年にとっての唯一の現実がそこにはある。
「スズカ様、もう儂の力が尽きます」
静かにスズカにハクオウが歩み寄る。
「そうか。案外短いな」
スズカが刀を横へと薙ぎ払う。
握られていた指が飛び、腹から臓が溢れる。
「が、ハッ……ハッ……」
涙を浮かべ、虫のように小さな呼吸をする青年をスズカが見下ろした。
「妾はぬしと違って優しいからな。楽にしてやる」
首が跳ね、僅かな呼吸音も無くなる。
刀に付いた血を払い落すように、刀を振るい。鞘へと納める。
そして、振り向き。アステル達の元へと歩み寄る。
「すまないな。醜いものを見せてしまった」
「いえ、大丈夫です」
アステル達はその場を立ち去ろうと、背を向け、歩き出した。
バチッ。音が爆ぜ、青年の死体へと視線を向ける。
黒いドロドロとした液体が、青年の死体から漏れ出し、黒い稲妻を走らせながら、その肉を飲み込んでいく。
泥は形を変えていく。
人や動物。そんなものではなく、歪な何か。
所々に青年の物と思わしき、肉や皮膚が見える。
黒い何かの形成は終わり、音にならない咆哮を上げた。




