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70話 理と神秘

 薄暗い通路、軋む板張りの床を歩き、辿り着いた部屋の中へと入る。

 広く大きな部屋。その奥で、椅子にふんぞり返るように座る青年が居た。


「よく来たな! 勇者一行よ」

 その青年は態とらしく、大振りで手を動かす。

「……勇者?」

 アステル達が首を傾げた。


「はぁ……ノリが悪い奴等だな」

「あなたが、ニッポンとかいう世界から来た召喚獣?」

 青年がパチンと指を弾き、アステルを指差した。


「正しく、俺は日本からこの世界に呼び出された。まあ、その。召喚獣って言い方は気に入らないけどな。人間だし」

「あなたは、自分を呼び出した召喚術師。サマエルを殺したって聞いた。何のために?」

「サマエル……? ああ、ああ……あ?」

 青年は腕を組み、うーんと唸りだした。


「ここに呼び出されたのはもう百年前くらい前の事だし、覚えてないな。でも、明確に覚えていることならある。……魔王になろうと思ってるんだ」

「魔王?」

「そそ。ほら、よくあるでしょ? 異世界に呼び出されたらチート能力を手に入れてました! みたいなさ」


 ピンと来ないアステル達は首を傾げた。

「いや、まあ。よくあるんだよ。とどのつまり、それを生かして魔王になるんだよ。異世界に召喚されたので、魔王になろうと思います。的な、ね」


 青年の言葉の意味が、全く分からず。アステル達はただ、困惑の表情を浮かべていた。

 青年はよっこらせ。と声を漏らし、椅子から飛び降りるように立ち上がった。

 板張りの床がギシッと部屋全体に響き渡る。


「考えてみなよ。この世界、カグラはさ。鬼が王なんだぜ? ありえないだろ。魔物が王で、町には魔物が当然のようにいる。だからさ、俺が魔王となり。魔物を駆逐して、王になる。人からしてみれば英雄ってワケ」

「ほお……妾が王で不服か?」

「あ? 魔物が喋んなよ。てか、あんたが王なの? ちっさ!? よわそー……」


 小柄なスズカを見て青年が言う。

「いや、そっちの方が弱そうだよ?」

 フェリスが苦笑しながら煽る。


「だからさぁ……魔物が喋るなって言ってんだよ。言葉通じてねえのか? 奴隷の教育ちゃんとした方がいいんじゃないの?」

 その言葉を聞いた瞬間、たった一瞬。アステルの眉がピクッと動いた。


「奴隷じゃない。家族と友達だよ」

「はああ!? 魔物と家族? 友達? もうちょっと考えて選んだほうがいいんじゃない? いつ牙を向けてくるか分からないでしょ」

「あなたこそ、もうちょっと考えて言葉を発した方がいいんじゃない?」


「おいおい、心配してやってんのに酷い言い草すんじゃん」

 青年はわざとらしく、両手を広げ、天を仰ぎ見る。

 そして、スズカへと視線を向ける。


「さっき、あんたが王で不服か? と聞いたけどさ。不服だね、大いに不服。魔物が王とかありえない。魔物が王になれるなら、俺も王になれる。そうだろ?」

「確かに、王になれるかも知れんな。だが、王はなるものではなく。選ばれるものだ。ぬしのような、王の欠片一つないガキが選ばれるとは……到底思えんな」


「ガキだと?」

「うむ。ガキだ。いや、餓鬼と云うべきか?」

「あ? 何が違うんだよ?」

「飢えに飢え、ただ周囲を貪る下の下。最も程度の低い鬼の事だ」


 青年は乾いた笑い声を漏らし、静かに何度も頷く。その表情に苛立ちを隠せていない。

 そして、おもむろに手を挙げ、勢い良く振り下ろした。


 巨大な黒い稲妻の矢が、スズカへと真っすぐに迫りくる。

「元より殺すつもりだった。記念すべき一人目はあんたにしてやるよ」

 スズカは微動だにせず、その場に立ち尽くす。


 黒い稲妻が目の前まで迫った時、静かに打刀を抜き、稲妻に押し当てるように刀を振るった。

 刀に直撃した稲妻は四方に分散し、消えていった。


「随分な言い草だったが、存外大したことないな」

 涼し気な表情で、刀を鞘へと納める。

「小手調べに決まってるだろ? 魔物だから知能がないのか?」

「そうか。よかった。魔王やらちーとやら意味わからん事をほざく小物がこの程度な訳がない」


 青年の口角がピクピクと引き攣る。

 平然を装おうとしているが、苛立ちが伺える。

 

「次は、次は本気で――」

 青年が腕を上げようとした。その腕が、突如として飛ぶ。

 そのすぐ傍では、刀を振り上げたシリウスが居た。


「おい、おい、おい! 奴隷の躾ちゃんとしろよ!?」

 青年は痛がる素振りを見せない。それどころか、腕を失ったその傷口から漏れ出るのは、赤い血ではなく、真っ黒なドロドロとした液体だ。


 床へと落ちた黒い液体が、逆再生のように、傷口に戻っていき、失った腕の形へと変化していく。

 そして、元に戻った腕を確かめるように、青年は腕を回した。


「それが、あなたの言う。チートって事?」

 アステルがジッと青年を見つめた。

「そうかもな。不老不死の不死身……お前らは俺に勝てない」

「そうなんだ。どうして?」


「冥土の土産に教えてやるよ。俺を召喚した奴は自分の事を理の存在とか、ほざいてた奴だ。そいつの魔力で形成されている俺は、理の魔力の塊。理に神秘は勝てない。そいつはそう言っていた」

 勝ちを確信している、慢心によるものか。アステルの問いに、青年は意気揚々と答えた。


 青年は腕を上げ、振り下ろす。

 先ほどよりも大きな黒い稲妻の矢が、アステル達目掛けて飛来する。


 アステルはため息を一つ吐いた。

 そして、片手をおもむろに真っすぐ、前へと伸ばす。

 黎明色の魔力で出来た壁が、アステル達の前に生成される。


 黒い稲妻が夜明けの壁に衝突する。

 爆煙がアステル達を包み込んだ。


 フッと、青年が鼻を鳴らし、振り返る。

「勝ったつもりなの?」

 青年は再びアステル達の方へ視線を向けた。


 ヒビ一つ入っていない、黎明色の壁。その先で、ジッと青年を見つめていた。

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