68話 異世界の影
ぬらりひょん、ハクオウとの戦いが終わった。
敬愛する主君を自らの手で斬り、その罪を償う為にスズカに斬られる事を望んだ。しかし、彼を斬る事はなく、スズカはその罪を赦し、再び臣下として迎える。
「スズカ様は恨みとかないの?」
フェリスがみんなの傷を治癒魔術で治しながら聞いた。
「恨みならもちろんある。いや、……あったと。言うべきか」
「あった?」
フェリスが首を傾げた。
「うむ。父上から厚い信頼を受け、妾の教育係として、毎日のように小言を言っていた老いぼれが、何故父上を斬ったのか。何故泣いていて、何故その刀が震えていたのか。困惑と同時に、恨みはそこにはあった。だが、ぬしらは言ったであろう? 幻術の可能性があると。明確な殺意ではなく、強制的なものならば。赦すしかない」
「お強いんですね」
スズカの言葉を聞き、アステルが言う。
「……いや。王族とはそういうものだからだ。いつ、誰に、どのように命を狙われるか分からない。それが王であり、それに連なる親族の宿命だ」
どの世界においても、王という存在はいる。
如何に優れようと、如何に民から愛されようと、王の命を狙うものはいる。
それを宿命として受け入れる。
道具として利用された者を赦し、その根本を見据える。
それがスズカにとっての王道であり、今まで見てきた背中なのだろう。
「ハクオウさんに幻術を掛けた人物はこの屋敷にいるんですか?」
正座をし、両手を膝に置き、瞼を閉じているハクオウへアステルは聞いた。
スズカの影、ヒカゲによる調査により、ハクオウと共に茨木童子と黒いフードの人物がいたという事が分かっている。
その黒いフードの人物が、恐らく幻術を掛けた人物。
アステル、シリウス、フェリスが過去に対峙した事がある、サタリエルまたはガギエル。そのどちらか、または、別の人物か。
「儂に幻術を掛けた者ならば、すでに死んでおる」
「……どういう事ですか?」
想像していた答えとは全く違うものが返ってくる。
サタリエルとガギエル。二年前、手も足も出ず、逃げることしか出来なかった。
圧倒的な実力差を誇っていた。
「儂が大嶽丸様を斬る前に、その者は自ら召喚した召喚獣に殺されている」
「その人物の名は?」
「……サマエル。自らを理の存在と言っていた」
サマエル。聞いた事のない名前だ。
「理の存在とは?」
「この世の真理を守る者であり、真理は全ての根源にして、世界を崩壊へと導くもの」
「……真理、世界の崩壊……」
サタリエルが言っていた。
アステルの両親は、真理に近付き、世界の崩壊をどうにかしようとした。
そして、そのせいでサタリエルによって殺された。
思い出せ。あの時、サタリエルはなんて言っていた?
「世界に元々魔力は存在しない……。お父さんとお母さんはルーツを辿り、真理へと近付いた……」
脳裏に二年前の情景が浮かび上がる。
首を絞められ、腹部にゆっくりと、サタリエルの黒い魔力で作られた剣が刺さる。
消える事ない傷は今も、その箇所にある。
「アステル?」
ボソっと小さな声で呟くアステルの目の前に、ひょこっと。白い獣耳の少女、シリウスが顔を覗かせる。
「ごめん。何でもないよ」
アステルが軽く微笑んだ。そっかと、シリウスが顔を引っ込める。
「他に何か言ってませんでしたか?」
ハクオウがうーむと、脳内を探るように考え出した。
そして、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「神秘は理から生まれ、神秘を律する。理の前に神秘は無力であり、理を御するのは混沌のみ……だっただろうか?」
「神秘とか理とか、混沌とか……なにそれ」
フェリスがうんざりするようにぼやいた。
「神秘と理については分からぬが、混沌は我らカグラの民と言っておったな。鬼共と敵対する訳にはいかないと、サマエルが儂を幻術に掛けたのかも知れんな」
「カグラの民が混沌?」
カグラの民に共通するものはなんだろう。
多種多様な妖怪? しかし、それは他の世界で言う種族であり、全ての世界で共通するものだ。
もっとカグラ特有のものの筈だ。
「鬼属性が混沌って事かな?」
アステルが一つ、可能性のある答えを導き出した。
「鬼属性を相手にしたくなかったって事? じゃあ、何でハクオウさんに王を斬らせたのかな?」
「いや、ハクオウさんが大嶽丸様を斬る前に、サマエルは召喚獣によって殺されてる筈だから……」
シリウスの問いに、アステルが答える。
「儂をそう仕向けたのは、その召喚獣だ」
「召喚獣がですか?」
「そうじゃ。その者は若さ故か、己の力を過信し過ぎているのか。鬼と敵対すべきではないと、慎重になるサマエルと合わずサマエルを殺した」
己の力を過信。しかし、その過信は確かな力を持っているからだ。
自身を理の存在と称したサマエルを、サタリエル達と同格の存在と考えるならば、その力は計り知れないもの。
ぬらりひょんを幻術に掛けられる程の術者で、死後もその効果が続く程の強力な幻術を掛けられる力がある。
そんな存在を殺す事が出来る。過信ではなく、自信だ。
「その召喚獣はどこの世界から来たんですか?」
「確かだが……ニッポンと言っておったな」
「ニッポン?」
聞いたことがない。
だが、数多ある異世界の一つだろう。
属性もどんな存在か何もわからない。
ただわかるのは、それが得体の知れない力を持つという事だけだ。
胸騒ぎがアステルを静かに襲う。




