66話 晦冥を射る一等星
姿を消したぬらりひょん。何もない空間から刃が現れ、アステル達を襲う。
単調だった斬撃が、その意思を取り戻したかのように振るわれる。
最初の一撃はシリウスの声に反応し躱せる。しかし、その後に続く連撃はその声を待てば間に合わない。己の神経を研ぎ澄まし、どこから来るか分からない斬撃を辛うじて躱す。
ぬらりひょんの切っ先が、アステルの首を掠めていく。
微かな血が首筋を辿っていく。切られた箇所に熱さを感じる。
どうしようか。首筋にそっと手を添える。
ぬらりひょんの能力。言ってしまえば、認識阻害。
認識を狂わせ、姿を消し、それがない物かのようにすり抜ける事が出来る。
攻撃時は相手の防御をすり抜け、防御時は相手の武器をすり抜ける。
当たり前が当たり前じゃなくなり、当たり前じゃないものが当たり前になる。
刃はそこにあり、そこにはない。
その刃は斬る事が出来る。つまり、そこに実際にある。
その刃は防ぐ事が出来ない。つまり、そこには存在しない。
防ぐ事が出来ないのはそこにはないからだ。
こちらの攻撃が当たらないのもそこにはいないからだ。
刀はあり、肉体もある。同じ、空間に存在している。
スズカはぬらりひょんから目を逸らすなと言った。
逸らさなければ、認識が狂わないからだ。
しかし、今はその姿を見る事が出来ない。一度狂った認識は、元には戻らない。正しい物を認識しなければ戻らない。
先ほど一度だけその姿を見せた。黒く靄の掛かった状態。それも正しい物ではなかった。
だからこそ、今もその姿を見る事も、斬る事も防ぐ事も出来ない。
ぬらりひょんが姿を見せる。一歩、また一歩と近づいてくる。
そして、スズカに向かい刀を振るう。
その刃を防ごうとしたスズカの刀をすり抜ける。刃は真っすぐにその小さな身体目掛け振り下ろされる。
それを軽やかな足取りで躱し、ぬらりひょんへ一太刀入れる。しかし、その太刀はそこには誰も居ないかのようにすり抜けていく。
「相変わらず、当たらぬな」
もどかしそうにスズカが声を漏らした。
シリウスの不意打ちの斬撃をもすり抜けさせる。
防戦一方。シリウスとスズカがぬらりひょんの斬撃を受け止め、躱す。時折、反撃を見せるもそれはすり抜けていく。
「どうしたらいいんだろう……」
魔術師であるフェリスが声を漏らす。
援護の為に風の刃を撃ち続けるが、その全てがすり抜けていく。
だが、違和感がある。
ぬらりひょんは全てを透過させる。故に、防御の必要はなく。ずっと攻撃に集中する事が出来る。
しかし、不意打ち、魔術。それがぬらりひょんの身体をすり抜ける際、彼は攻撃をすることはない。
「おっと……」
回避に専念し、体力が消耗したのかスズカの足がもたつく。その隙を逃しはしないと、ぬらりひょんの太刀が向かっていく。
身体が動かない。回避出来ない斬撃。
室内に乾いた指の音がなる。
アステルが指を弾き、風の刃がぬらりひょんへ飛来する。
その刃はぬらりひょんをすり抜けた。
そして、ぬらりひょんが振り抜いた刀は、スズカをすり抜けた。
やはり、そうだ。
透過は全てをすり抜けさせる。そして、斬る際は透過状態を解除しなければならない。
透過は絶対防御であり、攻撃は出来ない。
ぬらりひょんはすり抜けた自身の刀を見つめた。
揺らめき、黒い靄の中へと消えていく。
再びその姿をアステル達の認識外へと消した。
いや、今目の前にいたぬらりひょんも正しい物ではなかった。
物質の透過の弱点を分かったとは言えど、ぬらりひょんを正しく認識しなければ、勝ち目はない。
スズカは言っていた。
ぬらりひょんから目を逸らすな。その姿を忘れるなと。
アステルは静かに、その瞼を下ろした。
そして、深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
暗い、暗い。暗闇の中。思い出す、ぬらりひょんの姿を。
昼にも空の上には星がある。確かに、そこにはあるのに、目には見えない。
圧倒的な光の前に、その微かな光は影の中へと消えていく。
しかし、澄んだ空の日、昼の時間帯でも星が見えることがある。
その星は一等星。どんな星よりも輝きが強い星。
圧倒的な光にも負けない輝きを放つ。その星の名は ――
「シリウス!」
アステルはその名を呼び、指を鳴らした。乾いた音が部屋の中で響き。澄んだ風が淀んだ空気を薙ぎ払っていくように吹く。
シリウスの獣耳がピクッと動き、部屋全体を見渡すように眼球が動く。
そして、風を爆発させ、ブーストのように何もない空間へと走り、抜刀をする。
ガキンと金属音が響き渡る。
何もない空間の上で、シリウスの刀が火花を散らす。
黒い靄が現れ、徐々にぬらりひょんの姿が現れていく。
そこにいると認識された事により、ぬらりひょんの姿は明確なものとなっていく。
後頭部が長い老人と白い犬耳が生えた少女が、刀を押し合っている。
狂った認識が正しいものへと修正された。




