64話 認識の外
赤い月の下を歩く。カインやスズカ達が様々な妖怪と戦う、喧騒が響く。
問題なさそうに見えるが、念の為近付いていく。
「……アステル」
振り向くと、シリウスが立ち止まり。獣耳をピクピクと動かし、視線をキョロキョロと動かしていた。
「どうし――」
途端にシリウスがアステルを退ける。
黒い靄のような、朧気な刃が何もない空間から現れ、シリウスが持つ刀がそれを受け止めた。
朧気な刃は、ゆらゆらと揺らめき、消えてく。
「透明人間?」
アステル達は背中を合わせ、フェリスが首を傾げる。
「透明人間にしては、気配とか感じないけど……」
シリウスだけが反応出来る程までに、気配を殺している可能性もある。
そういえば、この場において姿を見ない存在が居る。
カイン達とスズカ達の方を見る。百鬼夜行、様々な妖怪が姿を見せる。
しかし、その魑魅魍魎を呼び出した本人。ぬらりひょんの姿がない。
百鬼夜行を呼び出した後、その群れの中へと消えて行ったのを最後に、その姿を見ていない。
再び、何もない空間から、朧気な刃が姿を現す。その刃をアステルの黎明色の剣が受け止める。そして、揺らめき消えていく。
「……ぬらりひょんかな?」
「え? あの頭の長いお爺ちゃん?」
今度はフェリスがその刃を、ナイフで受け止めた。
音もなく、気配もない。
斬る寸前にその姿を見せる。それによって、辛うじて防いでいた。
シリウスが刃を受け止め。鞘から刀を抜き、何もない空間を一太刀入れた。
「おお、やったか!?」
業とらしくフェリスが言う。
「……斬った感触は?」
アステルの言葉に、シリウスが首を横に振った。
確かに、シリウスの刀は朧気な刃が出る場所を斬った。
それなのにも関わらず、その刀身には血はなく、斬った感触もない。
透明化している訳ではない?
アステルの目の前に、朧気な刃が姿を現す。
黎明色の剣で防ぐように、その斬撃へと合わせる。
しかし、その刃は、黎明色の剣が存在しない物のように、すり抜けた。
「なっ――」
咄嗟に身体を反らす。
切っ先が、胸を斬る。
血が滴り落ちる。
「「アステル!?」」
「ごめん、大丈夫」
傷口は浅い。フェリス程ではないが、アステルも治癒魔術が扱える。
手を翳し、治癒魔術を掛けていく。
姿が見えない。
こちらの攻撃と防御はすり抜ける。
厄介な敵。
溜まらずアステルの口から、溜息が漏れ出る。
足音が近付いてくる。その方向を、三人が一斉に見る。
「大丈夫か?」
その足音の主、スズカがアステルを見て言った。
「……ぬらりひょんか」
スズカが瞼を閉じる。
朧気な刃を僅かな動きで躱し、その場所に掌底を撃つ。
空気が揺れ、黒い靄のようなものが姿を現した。
だが、その靄はすぐに消えていく。
スズカが瞼を閉じたまま、時間が過ぎていく。
斬撃が止まる。
「……去ったな」
スズカの紫色の瞳が、赤い月に染まる世界を見る。
その言葉を聞き、アステル達は武器を収める。
「ぬらりひょんってどういう妖怪なんですか?」
「姿が見えないうえに、こちらからの干渉は全てすり抜けるとか……反則だよね」
フェリスの獣耳と尻尾が垂れ下がる。
その様子を見て、ぬはは。とスズカが笑う。
「何笑ってるんですか?」
カイン達が歩み寄ってくる。
「ぬらりひょん自体は別に強くはない。真正面で戦えば、カインでも勝てる程の強さだ」
突然の言葉に、え? とカインが顔を顰めた。
「奴は当たり前のように、知らず知らずの内にその場にいる。誰もその事を疑わないし、誰も認識しないんだ」
「認識しない?」
アステル達が首を傾げた。
「うむ、認識しないから姿が見えない。干渉もできない。その場に居ると、認識しない故に、歪むんだ」
「ええ……じゃあ、勝てないって事?」
「ぬはは。案ずるな、勝てる。認識さえしてしまえば、あとはただの爺だ。現に、妾が追い払ったではないか」
そうして、スズカが歩み出した。
「行くぞ、大方。あの屋敷にでも逃げたのだろう」
スズカは空に浮かぶ大地。そこに聳え立つ屋敷を見た。
アステル達も歩き出した。
百鬼夜行が現れた門が、再び重苦しい音を立て開かれる。
中から妖怪達が姿を現した。
「ラセツ、レンガ。この場を頼むぞ」
歩みを止める事のないスズカの背に向かい、二人が頭を下げた。
アステルはカインを見つめた。
「……わかりました」
言われなくとも、意図を理解したカインが頷いた。
「うん、よろしくね」
そう言い残し、アステル達三人はスズカの背を追っていった。




