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61話 魂に刻む名

 大鬼の群れに向かって、フェリスが風の刃を撃つ。強靭な肉体に傷付きはするが、致命傷には至らない。

 シリウスの風の爆発による威力を上げた抜刀術により、足が切断され倒れた大鬼の首を、畳みかけるようにシリウスが切り落とす。


 大鬼が振り下ろした巨木をアステルは躱し、魔力の剣でその腕を切り落とした。そして、その手に持つ剣を大鬼の眼球目掛けて投げつける。しかし、その剣はもう一方の手で弾かれた。

 だが、アステルはすでに懐へと潜り込んでおり、その手には先ほどよりも大きな魔力の剣。大剣が握られていた。

 大剣の重さを利用するかのように、身体を捻り、その胴体へと刃を入れた。


 刃は深く入り、大鬼の身体を二つへと分けた。

 そうして、大鬼二匹がアステル達の手によって沈黙した。

 しかし、群れを成していた大鬼達は未だに残っている。


 だが、残りの大鬼に関しては問題ないだろう。

 スズカがすぐに一匹を切り伏せ終える。


 カイン達の方もラセツの協力もあり、間もなく、大鬼が沈黙した。

 そうして、騒がしかった森も静けさを取り戻す。


「全員無事だな?」

 ラセツがみんなを見渡した。

 その問いに、みんなが頷く。それを確認し、ラセツが歩き出した。

「よし、行こう」


 森の中、赤い月の光が、木々の隙間から突き刺さる。暗い森の中で、赤い光だけが、目の前を照らしてくれている。

 崖上から見えていた妖怪の群れ、その雄叫びが響き渡る。

 周囲を見渡しながら、先頭を歩くラセツの背中を追う。


 不意に、元賊の男が立ち止まった。

「……ラセツ」

 スズカがラセツを呼び止めた。

 男は息苦しそうに、肩を動かしている。


 赤い月により、魔力の活性化。それによって、魔力の器が耐えられなくなり起こる狂暴化。そして、月の下で理性を失うという送り犬の特徴。

 今まで耐えてきたが、それが限界を迎えようとしていた。


「グゥ……グァア」

 男の身体が大きくなる、筋肉が増し、強靭なものへと変貌し。その身体を硬い獣の毛が覆う。

 口は尖り、獣の耳が生える。その姿は、二足歩行の強靭な肉体を持つ犬。


「限界を迎えたか……」

 ラセツが腰に付けた刀の柄を握り、変貌した男の元へと歩み寄る。

 その歩みを、スズカが腕を伸ばし、静止した。

「こやつは妾の兵だ。斬るならば、妾が斬る。だが、判断するのはまだ早い」


「グルル……」

 変貌した男の喉が鳴る。

 アステル達は彼から距離を取った。

 スズカが男へと歩み寄る。


「心を律しろと。言ったが、耐えられぬか……。いや、よく耐えたと誉めるべきか」

 筋肉が肥大化し、大きくなった男の前に、小柄な鬼の姫が立つ。

「グアァァア!?」

 男が空へ向かい雄叫びを上げ、その強靭な爪をスズカ目掛け振り下ろした。


 しかし、その爪はスズカに当たる事なく、空を切り、地面を抉る。

「馬鹿力だな。だが、どこを狙っている」

 次々と襲い来る爪を、スズカが捌き続ける。

 そして、男の腹部へと拳を一発入れる。


 男は腹部を抑え、後退りをした。

「己を律し、心を律しろ。理性を手放すな」

 スズカが男の元へと歩み寄る。

 一歩、また一歩と。静かに地面を踏みしめる。


「言ったであろう。ぬしの心は弱くはない。常に理性を失う恐怖と戦ってきたぬしならば、その変異も狂暴化も律する事が出来る。妾は、ぬしを、ぬしの心の臓を信じている」

 トン。と、男の胸に人差し指を当てる。


「グゥ……グアアア!?」

 男が頭を押さえ、激しく左右へと振り、後ろへ後ろへと下がっていく。

「ぬしは民に、妾に忠を尽くすと言った。その爪で妾を切り裂くか? 切り裂きたければ切り裂くが良い」

 スズカが両手を広げた。小さな身体。しかし、その身体よりも大きく見える。


 男は腕を上げ、その爪を振り下ろした。


 爪はスズカに当たる事なく、その目の前を切る。

 風圧でスズカの赤紫色の髪が靡いた。

 赤い月光に照らされ、獣の姿をした男が、スズカの目の前で膝を地面へと着ける。

「グ……グァ。……ス、スズ。ス……カ、サ……マ」


「なんだ?」

 拙い男の呼びかけに、スズカは優しい声音で答える。

「グルル……オ、オレ」

「慌てなくても良い。聞いててやる、ゆっくり話せ」


 男の喉がグルルと鳴き。深呼吸をするように、肩が激しく、ゆっくりと動く。

「オレハ……アナ、タ……ニ。チュウ……ヲ、ツク、ツクス」

「うむ。……その忠義を受けよう」

 グルルと。男はゆっくりとその頭を下げる。


「ぬしに名をやる」

 赤い月光が主君と、忠誠を誓う兵を照らす。

「今日より、ぬしは、連牙(レンガ)。そう名乗るが良い。……異論はあるか?」


 男がゆっくりと、その顔を上げた。

「グルル。ア、アリ。アリマ、セン」


 かくして、元賊の男。賊達からアニキと呼ばれていた男の魂に、レンガという名が刻まれた。

 禍々しい赤い月の光が、新たな主従を歓迎するように、照らしつけていた。

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