57話 黎明のレールガン
赤い月光が大地を照らしつけ、空には鳥居の破片、岩などが浮遊している。
その場所はシリウスが言った通り、正に異空間という言葉通りの空間だった。
「大丈夫?」
セツナが仰向けに倒れ、空を眺めているカインに手を差し伸ばした。
「ああ、悪い」
その白く、細い手を握り。カインが立ち上がった。
セツナの手を離し、砂埃を払う。
「そっちこそ、……大丈夫か? その、以前ここに来た時暴走しただろ。違和感とかはないか?」
「うん、ない」
「そうか、もしなんか違和感あったら、すぐに言えよ? 前みたいにぼこぼこに殴られるのは勘弁してほしいからな」
「……うっさい!」
バシッと、カインの太もも裏に、セツナの鋭いミドルキックが入った。
「いったぁ!?」
太ももを抑えるカインを横目に、アステルは周りを見続ける。
「うへぇ……すごいねぇ」
隣に立つフェリスが、きょろきょろと空を見渡して声を漏らした。
「問題はないか?」
スズカが元賊のアニキと呼ばれていた男に問う。
「ああ……今のところはな」
深い、深い呼吸をして答えた。
月光の中、失いそうな理性を、心を律する事で制御していた。
しかし、その呼吸は僅かに荒い。
「進んでみよう」
ラセツが皆を見渡し、歩き出した。
周りに岩や破片が浮かんでいる事以外は、至って普通の道。
木々が生え、草が生えている。
しかし、風はなく。揺れ動くことはない。ただ、その場所で静寂を守っている。
乾いた土を踏みしめる音だけが、この世界に残る。
歩き続ける。乾いた土、石畳が不規則に並ぶ。
継ぎ接ぎの道が、続いていく。
「シリウス達が前来た時も、こんな感じだったの?」
「うん、場所は違うみたいだけどね」
アステルの後ろでフェリスとシリウスが話す。
そんな会話を聞いていると、ガサガサと、木々が揺れ動いた。
何者かに地面を力強く踏まれ、地響きを起こし揺れる。
アステル達は迫り来る脅威に対し、身構えた。
木を薙ぎ倒し、巨大な大鬼が勢いよく姿を現した。
「おお、大鬼か!」
赤紫の髪を風圧で揺らし、見上げたスズカが楽しそうに言った。
そして、それについてくるように付喪神の群れも姿を現した。
「妾はこいつを貰ってもいいか?」
大鬼を指を差しながらスズカが皆を見渡した。
「では、私達は付喪神を相手にします」
アステルがその手に、黎明色の魔力で生成された剣を握った。
「うむ、たの――」
大鬼が生えている木を毟り取り、振り上げ、そして、スズカ目掛けて振り下ろした。
土煙が、スズカの姿を隠した。
ミシ、ミシミシと音が鳴り、土煙が晴れていく。
振り下ろされた木を、スズカが小さな手で受け止め、その手からは想像もできない程の握力によって、握られた木にヒビが入っていた。
「妾が、友と話しているんだ。……分を弁えろ、野良風情が」
握られた木が破片となり、砕け散った。
「スズカ様」
「ラセツはアステル達の手伝いをしてやれ。こいつには、礼儀作法を教えてやろう」
その言葉にラセツは静かに頭を下げた。
「ここでは皆の邪魔になる。場所を変えるぞ、野良よ」
ゆっくりと大鬼の足元まで歩み、その足に蹴りを入れた。
蹴られた足が勢いよく後ろへと伸び、大鬼はその巨体を転ばした。
自身よりも遥かに小さな鬼を、倒れた大鬼は見上げた。
その顔面をスズカが再び蹴りを入れると、巨体は木々を薙ぎ払い、後方へと飛んでいく。
「では、行ってくる」
静かにスズカは倒れた木の森の中へと足を踏み入れて行った。
「お気をつけて」
ラセツがその背を見送った。
「さあ、スズカ様が戻ってくる前に掃除を終わらせるぞ」
ラセツは静かに刀を抜いた。
アステルが手をおもむろに真っすぐに伸ばした。
そして、指を弾く乾いた音が響いた。
幾つもの緑色の魔法陣が生成され、徐々に風が吹き荒れ、竜巻となり付喪神の群れを襲う。
シリウスが風を爆発させ、ブーストで付喪神へと接近し、手に握られた刀で切り裂き、フェリスは風の魔術で刃を作り撃ち出した。
ラセツとカインもそれに乗じ、付喪神に斬りかかる。
セツナからの魔力供給により、カインの身体を朱色の鬼属性の魔力が包み込む。
「無理しないでよね」
「分かってるよ」
セツナがカインの援護をしながら言った。
鬼の魔力は身体能力を大幅に強化する。しかし、人の身体には大きすぎるその力は、使用者の身体に大きな負担が掛かる。その為、長時間は使うことができない。
カインは腕を庇いながら戦い続けた。
以前負った怪我により、暫くは固定されていたが、今はその固定が取れている。
しかし、無理が出来ないのは変わらない。
それでも、目の前の脅威とカインは戦い続けた。
「……やべ」
手の力が抜け、持っていた剣が抜け落ちる。好機を見た付喪神が、一斉にカインへと襲い掛かる。
それを見たセツナが慌てて援護をしようと、身体を向けた。
しかし、それよりも早く。乾いた音が響く。
風の刃が付喪神を切り裂いた。
カインが音の方を見ると、アステルがこちらへ手を伸ばしていた。
「大丈夫?」
「すみません。助かりました」
「うん、気を付けてね」
そして、アステルは再び目の前の付喪神の群れへと視線を戻した。
視界の端では、セツナがカインの剣を拾い上げ、渡しているのが微かに見えた。
目の前の群れは、シリウスが刀で斬り、フェリスが風の刃で切り裂いていた。おかげで、周りを見る余裕ができる。
今度はラセツとアニキの方へと視線を向けた。
「大丈夫か?」
「ああ!? ……大丈夫だ」
ラセツがアニキの様子を伺いながら付喪神を斬る。
ラセツは問題なさそうだが、アニキはそうでもないらしい。
月光の下での理性喪失を抑える事、魔力活性化による狂暴化。その二つに何とか耐えている状況下、口では大丈夫と言ってはいるが、心身はそうはいかない。
「お前は休んでいたらどうだ?」
「うるせぇ! 俺は自分の意志で来たんだ。無理言って来たんだ。休んでられるかよ」
「そうか? 別にこの位一人でも十分だけどな」
そう言いながら、ラセツは次から次へと付喪神を切り伏せる。
その言葉の通り、ラセツ達の方は援護する必要がないほどだった。
目の前の群れを終わらせて、カインの方を助けた方がいいだろう。
アステルは詠唱を始めた。
先ほどよりも大きな竜巻でもいいが、もっと火力のあるものを撃ちたい。
おもむろに腕を上げる。
詠唱が終わると、アステルの目の前に付喪神へ向けられた緑色の魔法陣が生まれた。
「シリウス、フェリス」
二人が振り向き、魔法陣を見てアステルの元へと寄った。
二人の安全を確保して、アステルは魔術を撃った。
それは先ほどと同様の竜巻、しかし、地面から天へではなく。
前方から魔法陣へと吸い込むように竜巻が起こっていた。
「火と水、お願いできる?」
「はい」「はぁい」
と、二人が返事をすると、竜巻に火と水が混ざり、やがて、火花を散らす。
吸い寄せられる竜巻により、散り散りに群れていた付喪神達が集まった。
やがて、アステル達の目の前にある魔法陣は緑から紫へと変色し、アステルが指を静かに弾いた。
竜巻は魔法陣に吸われ、レールガンのような凄まじい雷が轟音と共に撃ち出された。
目の前に群れはもういない。雷が通った道は、木々が焼け、地面が抉れていた。
「カインを手伝おうか」
アステルがカインの方へ見て言った。
「ええ? 休めないの?」
フェリスが肩を落とし、獣の耳と尻尾が垂れ下がった。
「でも、弟子は放って置けないでしょ?」
シリウスが宥めるように言った。
「まあ……確かに、そうかもねぇ」
「じゃあ、行こうか」
アステルがカインの方へと歩き出した。
「世話が焼ける弟子だよねぇ」
フェリスがため息を一つ吐き、シリウスが苦笑いを浮かべ、二人も歩き出した。




