54話 夜を律する
正殿での出来事から一夜が過ぎ去った。
あの場で繰り広げられた、王と罪人の対話を見て、改めて、スズカという人物を知れた気がする。
カインの魔力操作の修行を、フェリスが気だるそうに、だけど、熱心に指導をしていて、すぐ隣で苦笑いをしながらシリウスが見ている。
それを静かに見つめているセツナと、その全体を見つめているアステル。
あの後、子供を攫った賊の男達はただ一言。「異論はない」そう口にし、玉座に座るスズカに頭を下げた。
そうして、今日の夜。百鬼夜行が来るとされた日の二日前。幽世に行く為に各々準備や休息をしている。
「む、修行か?」
声がし、顔を向けるとスズカがゆっくりと近付いてきていた。
アステルは静かに立ち上がった。
「はい」
「うむ。感心だな、ぬはは」
「今日は城下町に遊びに行かれていないんですね」
「う、うむ。昨日ラセツに怒られたからな……。二日連続は流石にまずい」
「確かに、ラセツさんが本気で怒ったら怖そうですからね」
昨日、スズカと門番であるベンケイが怒られたのを見ていた際。注意程度の怒りではあった。
スズカとベンケイのことをちゃんと尊重した上で、やるべき事をやれ。そんな怒りだった。
「怖いどころではない。正に鬼だ。……パナイぞ」
パナイ?
「それで、どこかへ行かれるのですか?」
「うむ、修練所だ」
「修練所?」
「昨日の賊……。新人共がラセツに扱かれているからな。見に行くのだ」
「そうですか」
アステルはカインに修行をつけている皆を見た。
まだまだ魔力操作が下手糞なカインを、フェリスが尻尾をぺちんぺちんと、上下に振りながら怒り。シリウスが苦笑いをする。そして、カインは頭を掻き、セツナが溜息を漏らす。
「ぬしも一緒に見に行くか?」
「いいのですか?」
「うむ、当然だ」
少しだけ離れた修練所。城の敷地内にある、大きな建物。
前を歩くスズカの小さな背を追い、重厚な扉へと近付いていく。
木刀を打ち合う音がここまで聞こえる。
そして、ズガーン。と、重厚な扉が吹き飛んだ。
「う、うむ……」
スズカが立ち止まった。
賊の男達のリーダーらしき男が、慌てて飛び出し。扉の破片を取り除き、倒れている仲間を抱える。
「ア、アニキィ……。オレァもう、ダメみたいだぁ……。ガク」
「おい! 目を開けろ!」
必死に抱き上げた男を揺する。
「なにを遊んでいる」
木刀を肩にトントン。と叩きながら、ラセツがゆっくりと歩み。修練所から現れた。
男がバッと顔を上げた。その時、立ち尽くしているアステル達に気付いた。
「おお、姫様とその客人じゃねえか」
抱き上げた仲間をパッと離し、立ち上がった。
不遜な態度を取る男の頭に、ラセツの木刀が振り下ろされた。
「いってえなあぁ!?」
「おうおう、アニキになにしてくれとんじゃあ!?」
もう一人の仲間がアンアンと、顎を尖らせ、上下に振りながらラセツに詰め寄った。
「ああ?」
ドスの利いた声を利かし、詰め寄る男をラセツが睨んだ。
「……ドジョウ掬いの練習してるんですよ」
男は見たことない、踊るような動きを始めた。
そんな男を見ることなく、ラセツはスズカを見た。
「申し訳ございません。あとで直させます」
「はあ!? てめぇが壊したんだろうが!」
スズカに対し、深く頭を下げたラセツに対し、アニキと呼ばれた男が反論した。
頭を上げる事なく、木刀の剣先をアニキの頬に押し付けた。
「ひゃめろ!?」
アニキが木刀を払いのける。
「うむ。……少しだけ稽古を見に来たのだが……」
「そうですか、スズカ様の前ではこいつらも身が入るでしょう」
ラセツは静かに頭を上げ、アニキを見て顎をクイっと修練所へと上げた。
「クソ……、おい。起きろ!」
スパーン。と倒れている男の頬を掌で叩いた。
男がガバっと起き上がり、きょろきょろと辺りを見渡した。
「こ、ここは……。オレは生きてるのか……!?」
「なにふざけてんだよ」
スパーン。ともう一度平手を喰らわす。
男は立ち上がり、アニキと共にドジョウ掬いをしている男の前を通り過ぎ、修練所へと入っていく。
それを見届け、ラセツがアステル達を見て、手を修練所へと向けた。
「うむ」
スズカが歩き出し、アステルもその後を追う。
未だに踊り続けている男の前を通り過ぎる。前を歩くスズカの首が、男を追う。しかし、何も言わない。
冷たい木製の床を歩き、修練所の端にスズカは腰を下ろし、胡坐をかいた。
アステルを見上げ、トントン。とすぐ横の床を叩く。
「ぬしの楽な態勢で座るが良い」
アステルはスズカの隣に腰を下ろし、両膝を抱えた。
そうして、ラセツとアニキが打ち合う。
男は野次馬のようにアニキを応援し、一人は踊る。
しかし、試合内容は一方的だ。
ラセツに翻弄され、手も足も出ない。
「うむ、思っていたより弱いな……」
胡坐をかき、頬杖をつきながら。ボソッと、スズカが漏らした。
「スズカ様の御前だぞ! 真面目にやっているのか!?」
ラセツの蹴りがアニキの腹部に入り。
冷たい床の上を、腹部を抑え倒れた男が滑る。
「雑巾にでもなるつもりか?」
汗を垂らし、腹部を抑え、肩を揺らしながらラセツを見上げる。
「クソッ……!」
ドン。とアニキの拳が、床へと叩きつけられる。
「ア、アニキ……」
野次馬は止まり、踊っていた男も静止した。
「あんたみたいに強かったら。……子供を攫うような賊になんてならねえよ」
「お前は弱いのか」
「ああ、弱いね。あんたら鬼みたいに強くもなければ、他の妖怪みたいに人に役にも立てない。それどころか、夜になれば迷惑かけるだろうな」
「……夜?」
「俺たちは、月明りに浴びると、理性を失いそうになるんだ」
男はヨロっと立ち上がった。
「種族はなんだ」
「……送り犬」
「ほお……。どうりで弱い訳だな」
アステルの隣に座るスズカが呟いた。
「どういう事ですか?」
アステルが首を傾げる。
「送り犬は夜にこそ力を発揮する。日中は並みの人間よりも弱いだろうな。だが、夜に近付くにつれ力を増し。月光を浴びれば、鬼と等しい。いや、暗い夜の中での戦闘となれば送り犬の方が有利だ」
「そうなんですか?」
「うむ。だが……。あの男が言う通り、月明かりの下ではその力に飲まれ、理性を失う」
スズカがゆっくりと立ち上がった。
「送り犬よ、ぬしらのお陰で我らはこれまで以上に、民の安寧の夜を守れる」
「はあ? 理性を失うって言ってるだろ。……理性を失えば、守れねえだろ」
「うむ、そうだな。だが、ぬしは『失う』とは言っていない。『失いそう』と言った」
男は拳を握りしめた。その拳は震えている。
「ぬしらは確かに弱いな……。正直言って、期待以下だ」
男は歯を噛み締めた。ギチギチと、歯がなる。
わかっている事実を、突き付けられた。
「だが」と、男の前に立ち。トンと、左胸を細く白い人差し指が突き刺さる。
「その心、心の臓は弱くはない。心を鍛え、律しろ。理性を完全に失わない、ぬしらなら出来る」
「心を律する……」
「うむ、怒りを、高ぶりを抑えろ。……だが、感情はなくすな。ぬしらのバカみたいな感情。妾は嫌いではないぞ」
男はスズカを見つめた。
その瞳には迷いはなく、どこまでも澄み渡り、忠を尽くすべき民、そして、王を真っすぐと見つめる。
男は静かに頷いた。
「うむ、見ててやる。励めよ」
そう言うと、スズカはアステルの隣へと戻り、胡坐をかき、頬杖をついた。
木刀が打ち合う、乾いた音が修練所の外まで響き渡る。
ラセツは一人ずつ変わって出てくる男達を打ちのめしていく。
しかし、男達は先ほどのような悪態などつかない。ただ、「もう一本」と何度も立ち上がる。
「しかし、弱いな……」
隣でボソッと呟く。
それを聞いたアステルは苦笑いを浮かべ、真っすぐ男たちを見つめた。
忠を尽くす民の為、王の為。瞼を閉じ、深呼吸をし、己を律する。
木刀を構え、瞼を開けた。
「もう一本」
男の声が、静かな修練所の中で響き渡った。




