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52話 震える刃と、敬愛の涙

 カインの特訓を見ていると、スズカの臣下がやってきて、正殿へと呼ばれた。

 正殿の襖を開けると、そこには玉座に座るスズカ。ではなく、玉座の前でベンケイと共に正座をさせられていたスズカが居た。


 立てば三メートルあろうかという巨体を持つ、城の門番ベンケイ。正座をしていても、その大きさは健在で、隣で正座をしている小柄なスズカの小ささが、余計に目立っていた。

 その二人の前には、ラセツが立っていた。


「おお、アステルよ。遅かったな」

 スズカはアステルを見て手を振る。

「スズカ様」

 正座をしたまま手を振るスズカを見下ろし、ラセツがその名を呼んだ。


「う、うむ……」

 挙げた手を小さな膝の上に乗せた。

 静かにラセツが溜息を吐く。


「スズカ様、城下町に出るなら仕事を終わらせてから。と、いつも言っていますよね」

「うむ」

「昨日は子供を攫った賊を捕まえたということで、許しましたが、今日はそうもいきません」

「うむ」


「あなたが疎かにした仕事は、我ら臣下が代わりにこなす事になるのです」

「うむ、頼りになるな」

 ニパッとスズカが笑顔を見せる。

 それを見て再び溜息を一つ。


「あなたの仕事は国の為の仕事です。それは承知でしょう?」

「うむ、だがな。ラセツよ」

 スズカは真っすぐにラセツを見上げた。

「国の為の仕事は大事だが、妾はこの目で民の笑顔見て、わっぱ共と遊ぶ方が好きなんだ」


「気持ちはわかりますが……」

 ラセツは深い溜息を吐いた。

 そして、隣で正座をするベンケイへと視線を向ける。

「ベンケイもベンケイだ。スズカ様を簡単に外に出すな。あと、毎度の如く視察に出てる等という嘘をつくな」


 しかし、ベンケイは反応する事無く、目を閉じ、静寂を貫く。

「そうだぞ、ベンケイよ。偶には他の嘘を言え」

「……申し訳ございません」

 隣で正座をするスズカの言葉に、素直に謝罪の言葉を口にした。


「そういう問題ではありません」

 呆れたようにラセツが言葉を漏らし、頭を抱えた。

 そして、正殿の襖が開かれ、アオバとユキノが足を踏み入れた。

「あら、お説教中?」


 ユキノが畳の上を歩きながらそう言った。

「いや、お前達が来たならもう終わりだ」

「うむ」とスズカが立ち上がった。


 立ち上がっても隣で正座をするベンケイよりも小さい。

「ベンケイよ、門を頼むぞ」

 ベンケイは頭を静かに下げ、立ち上がった。

 のっそのっそと、正殿から出ていくベンケイを見届け、スズカは玉座へ続く段差を登り、腰を下ろした。


 そして、足を組み。傍に置かれている盃を手に取り、口へと運んでいく。

 その盃を、コトッと置き、頬杖をついた。

 「皆に集まってもらったのは、他でもない。数日後に起こる百鬼夜行の事、そして、巷を騒がす神隠しについてだ。ヒ――」


「こちらに」

 音もなく、陰から一人の女性。ヒカゲが姿を現した。

「う、うむ。話せ」

 

 「童歌と共に神隠しが起こるという事象が起きています。その周辺では、付喪神と逆さまの鳥居が観測されています。行先は幽世、そして、神隠しにあった者は、全て魔力の器が小さい者です」

 幽世は現在赤い月。百鬼夜行が起きていて、魔力の活性化が起きている。

 魔力の器が小さい者は、耐えられず狂暴化する。


「兵力の増加ってことか? ……しかし、自然現象の割りには人為的なものを感じるな」

 ラセツが顎に手を添えた。

「影が、とある人物を観測しました」

「とある人物? 誰だ?」


「白翁……。ぬらりひょんです」

 ヒカゲがその名を告げると、正殿の空気が重いものへと変わる。

 沈黙。しかし、何も知らないアステル達は困惑していた。

「あの……。誰ですか?」


 カインが手を上げ、質問をした。

「……。ぬらりひょんはかつて、先代の王。妾の父上である、大嶽丸に仕えていた臣下だ」

 傍に静かに立っている臣下に注がれた盃を、スズカは手に取り、一口飲み、置く。


「かつては相談役として最も、王から信頼を受け。妾の教育係をしていたじじいだ」

 背もたれに寄りかかり、天井を見上げる。

「だが……。奴は、父上を斬った」

 深い吐息と共に、スズカは言った。


「す、すみません」

 カインが頭を下げた。

「謝る必要はない。敵の情報は、知るべきだ」


「それと、ぬらりひょんの傍には、茨木童子と黒い羽織を被った人物が居たようです」

「茨木童子? 酒呑童子に捨てられた荒くれものか」

 その名を聞いたスズカが溜息を洩らした。

 酒呑童子。先代の王に仕えた鬼神で、スズカの師匠。しかし、数百年前にその姿を消した人物だ。


「黒い羽織の人物というのは?」

 ラセツがヒカゲを見て聞いた。

「さあな、だが。この世界、カグラの住人ではないようだ」

「カグラの住人ではない? アステル達は心当りあるか?」


 今度はアステル達を見つめた。

 

 この世界に迷い込む直前、あの場所には黒龍と仮面をつけた男、そして、変な男が居た。

 しかし、黒い羽織を着ていなかった。それに、もしその人物達だとすれば、二人の筈。おそらく、別人だろう。


「黒い羽織っていうのは、どういうものですか?」

「黒く長い服だ。君が着ている服と似ているな。その後ろのを頭巾のように深く被っていた」

 アステルが身に纏う漆黒のローブを指さした。


 黒いコート?


「サタリエル……?」

「知っているのか?」

 アステルが呟いた名に、スズカが首を傾げた。

 アステルは顔を俯かせた。


 九年前にアステルの両親を殺した男。二年前には、傀儡の両親を作り出し、アステルを翻弄しようとし、両親を再び殺し、アステルの身体に消える事のない傷跡を残した男だ。

 二度、親を殺され。一度、大敗している男。

 アステルの固く握られた拳が微かに震える。それを、静かにジッとスズカは頬杖を突きながら見つめた。


「アステル……」

 声がし、振り向く。心配そうな表情で、シリウスとフェリスが見つめていた。


 生前の両親とは会ったことはない、しかし、傀儡の両親とは二人は一緒に過ごした経験がある。

 傀儡であり、偽物。だけど、それは確かにアステルの親であり。優しかった彼等を二人もまた、両親のように思っていた。


 アステルは深く、静かに息を吐き。真っすぐ、スズカを見上げた。

「サタリエルとは一度対峙した事があります。その時は、ガギエルという少女もいました」

「……また新しい名が出たな。そいつらは強いのか?」


「強いです。二年前、私とシリウス、フェリスは逃げるのがやっとでした」

 無数の傀儡がレーシェを埋め尽くし、数の劣勢もあったが、サタリエルとガギエル。どちらも、太刀打ちできない相手だった。

 それを、傀儡の両親が身を挺し、時間を稼いでくれた。


「そいつ等について分かることは?」

 アステルは俯き、脳内にある引き出しを全て開けるように、記憶を探す。

 思い出すのは、雨の中。首を掴まれながら、サタリエルによって脇腹を刺された記憶。シリウスとフェリスの声にならない叫び。


 だけど、今はそこじゃない。とアステルは首を振った。


 彼らの魔力は黒かった。それは、魔界の魔力。

 どんな魔力よりも強大な力を持つ魔力。

 その魔力でサタリエルは魔力の剣を創っていた。それは、アステルの魔力の剣と同様の物。しかし、アステルのそれを偽物だと言っていた。


「魔力は……存在しない。真理に近付いたから、死んだ……」

 サタリエルが放った言葉を朧げに、口にする。

「死んだ?」

 スズカが首を傾げた。


「なんでもないです……」

 自然に口から洩れた言葉を、隠すようにアステルは濁した。

 スズカはそんなアステルを見つめ、「……そうか」と追及をしなかった。


 魔力はこの世界には存在しない。

 真理に近づき、崩壊を防ごうとしたから両親は死んだ。


 それは確かに、サタリエルが口にした言葉。

 幾ら考えても、その答えに辿り着けない。


「サタリエル達について、わかることは多くはありません。……ですが、魔界の魔力を使い、幻術を使います」


 レーシェという町は、死者蘇生を謳う宗教があった町。

 死者蘇生などという奇跡は存在しない。

 しかし、現にアステル達の前に現れたのは、亡くなったはずの両親。

 その実態は無機物の傀儡を幻術によって、そう見えるようにしているだけのもの。


 生きている者の記憶から再現され、幻術を反映させたもの。

「幻術とはなんだ?」

「その名の通り幻を見せる術です。物体を違う物に見せたり、掛けた相手を惑わしたりします」

「惑わす……」


 その言葉を聞き、スズカは考え込んだ。

「どうかされましたか?」

 傍に立つラセツが聞いた。


「いや、父上がぬらりひょんによって斬られた時の事を思い出していた」

「斬られた時の事?」

「うむ。……あの時、妾はそれを見ていた。あの時のぬらりひょんは……どこか、力を抑えるように刀を振り上げた腕が震えててな。……泣いていたんだ」


「泣いていた……?」

「ぬしは、斬る時泣くか?」

「いえ……」

 ラセツが首を横に振った。


「そうだろうな。斬る時に泣く等、敬愛する相手の時だけだ」

「ぬらりひょんが大嶽丸様を斬ったは本意ではないと?」

「そうだ。あやつは、最も父上から信頼され、妾の教育係をしていた。未来の王にするべく、毎日口うるさく言われていたな。父上のような良き王になれと」


 スズカは懐かしむように、頬を緩めた。

 心の中の靄が晴れ、どこか、すっきりしたような表情を、スズカはしていた。

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