48話 安息
ラセツに案内された部屋で、アステル達は荷解きをしていた。
控えめな和室。しかし、高そうな壺や花、掛け軸などが飾られている。
「うへぇ……。やっと、力抜けるよ」
フェリスが畳の上に座り、机に突っ伏した。
「流石にちょっと、気疲れしちゃったね」
シリウスも腰を下ろした。
荷解きを終えた、アステルも腰を下ろした。
「宴までどうする?」
宴まで時間があるから、自由に過ごすといい。とラセツに言われていた。
窓からオレンジ色の光が差し込む和室で、どう時間を潰すか考えていた。
トントン。とノックの音が静かに響き、襖が開く。
そこには、カインが立っていた。
「どうしたの?」
「いや、落ち着く時間が出来たから。今後の修行について相談を」
「修行って、その怪我でするの?」
フェリスが苦笑いを浮かべながら言った。
「怪我してても出来る事はあるだろ? 魔力の扱い方とか、今まで俺は魔力がなかったからそれを練習しないと」
カインが部屋に足を踏み入れ、腰を下ろした。
「まあ、確かにそうかもねぇ」
「じゃあ、明日から魔力の操作の練習をしようか」
「はい、お願いします」
アステルの言葉に、カインが頷いた。
「だけど、その前に、セツナさんとの関係を戻さないとね」
シリウスが口を開き、カインが首を傾げる。
ラセツに部屋まで案内して貰う時、そこにはアオバ達もいた。
しかし、カインとセツナは言葉を交わす事はなく、どこかがギクシャクしているように感じた。
カインは恐らく気にはしていないが、セツナはそうもいかないのだろう。
「魔力は召喚獣から借り受ける物。距離が離れていれば、借り受けられない。修行をするにはセツナさんも必要だよ」
「俺は別に気にしてないんですけど……」
カインは頭を掻いた。その様子をみて、フェリスが溜息を吐いた。
「カインって私達と二年間過ごしたくせに、女の子の事全然分かってないよね」
そう言われてもなと、カインは頭を掻き続ける。
それをみてアステルとシリウスは、苦笑いを浮かべた。
「宴の場でセツナさんと話したら?」
「わかりました。そうします」
アステルの言葉に、カインは静かに頷いた。
そして、立ち上がると、失礼します。と部屋から立ち去って行った。
そうして、再び部屋が静かになる。
フェリスは顔を伏せ、畳を尻尾でパタン、パタン。と叩く。
「どうする?」
そんなフェリスを見つめながら、シリウスが聞く。
暫くアステルは考えた。
そういえば、広い大浴場があると、ラセツが言っていた事を思い出した。
「お風呂に行こうか」
城の中は広く、女中に案内をしてもらい、アステル達は大浴場の更衣室まで来ていた。
身に纏った服を畳み、収納箱へ入れ。
大浴場への扉を開けた。
「ひろ……」
視界を覆い被せる程の白い湯けむりが晴れると、そこには息を飲む程の大きな湯舟。視線をずらせば露天風呂もある。
それを見たフェリスが、言葉を漏らした。
アステル達はを清めるように、丁寧に身体を洗っていく。
そうして、すっきりとした身体を湯舟に沈める。
「うへぇ……」
湯舟に浸かるフェリスが、溶けるように沈んでいく。
三人は背中を揃え、湯舟で佇む。すると、ガラッと扉が開かれ。スズカとユキノ、そして、セツナが入ってくる。
スズカの姿を見た、フェリスは溶けている身体をピンと、伸ばした。
「楽にするが良い、ここは休む場所だ」
ふっ、と微かに笑い。スズカが言った。
そうしてスズカは頭を洗う。左角の根本から、丁寧に洗っていく。身体を洗う時も、左足の親指からだ。確かに、ヒカゲが言ってた通りの洗い方をしている。
「背中、洗いましょうか?」
ユキノがスズカに提案した。
「む、お願い……。いや、良い。アステルに頼もう」
「ええ!? 何故です!?」
「雪女のぬしは突然冷水を掛けてくるからな。断る」
肩を落としたユキノを置いて、スズカがアステルを見た。
「頼めるか?」
「はい」
ザブッと、アステルが立ち上がった。
すると、スズカ達三人がアステルの脇腹に目を奪われた。
そこには、白くキメ細やかな肌にはそぐわない、生々しい傷痕。
アステルはスズカの背後に座った。
泡を立て、小柄で小さなスズカの背中を優しく撫でる。
「カグラはどうだ?」
スズカが口を開いた。
傷痕について聞かないのは、彼女なりの気遣いなのだろう。
「綺麗で、いいところだと思います」
「そうだろう、妾の世界だからな。ぬはは」
スズカの小さな背中が揺れ動く。
そして、洗い終えた背中に優しくお湯を、かけ流した。
「すまないな、ありがとう」
スズカは立ち上がり、シリウスとフェリスが浸かる湯舟へと歩いていく。
ポチャン、と小さく飛沫を上げて湯舟に身を投じた。
「ぬはぁ……はははは」
気持ちよさそうな声を上げ、次第に笑いに変わっていく。
これもヒカゲが言ってた通りだ。
アステルもその後を追い、再び湯舟に入った。
ユキノとセツナを見ると、少しだけ離れた浴槽に浸かっていた。
「あやつらは雪女だからな。水風呂なんだ」
「み、水風呂……」
アステルの視線に気付いたのか、スズカが口を開き、フェリスが身を震わせた。
フェリスとスズカ、小柄な二人が並び溶けている。
猫耳と角から静かに水滴が、水面を揺らす。
「気持ちいいなぁ……」
「そうだねぇ……」
湯舟の気持ちよさに溶け、言葉を漏らす二人を見て、アステルとシリウスは目を合わせ微笑んだ。
更衣室で服を身に纏い、身嗜みを整える。
長椅子に座るスズカの髪を、ユキノがタオルで丁寧に拭っている。
「あ、あの……」
そんな二人を見ていると、セツナが声を掛けてきた。
「どうしましたか?」
アステルがセツナを見つめ、首を傾げた。
しかし、用件はわかっていた。カインの事だろう。
何て切り出せばいいのか、わからない。そういう思いが、彼女が握る着物の裾からひしひしと伝わって来る。
その白い拳をジッと見つめる。
「……私には、能天気な弟子がいます。彼は人よりも、再生能力が高く、大抵の傷はすぐ治るんです」
セツナの瞳が、アステルの蒼白い瞳を見つめた。
「本当に能天気だよね。たまにバカなのかなぁって思うし」
フェリスが気怠そうにアステルの言葉に続いた。
「だけど、それがいいところでもあるでしょ? 他人の失態なんて一切気にしなそうだから」
「確かに、あの能天気が人の失態気にすることはないだろうねぇ」
シリウスが続けた言葉に、フェリスが同意した。
「カインは気にしてなんていません。以前と同じ接し方をしてあげた方が、彼も気が楽になると思います」
「……はい」
セツナが頷いた。
「さて、宴会場へ向かうとするか」
スズカが立ち上がった。
そうして、歩き出し、アステル達もその後ろを追う。
赤紫色の髪を靡かせ、二本の角が生えた鬼の少女が、威風堂々と歩くその背を灰色の髪の少女が見つめ、歩いていた。




