47話 カグラの王
幽世で暴走を引き起こし、気を失っていた少女。セツナはアステル達がいる正殿へと足を踏み入れた。
カインの顔を見つめ、視線を白い包帯が巻かれている腕へと移し、その視線を伏せた。
自身の暴走を止めるために、怪我を負わせた事実が、そこにはあった。
「演者は揃った。話を聞こう」
玉座の上からアステル達を見下ろし、優雅に足を組むスズカが言った。
アステル達はここに至るまでに起こった事を話した。
三つの童歌、付喪神の出現、幽世、そして、幽世の赤い月の事を。
「そうか。……アステルよ、ぬしをここに呼んだのは他でもなく、ぬし等がこの世界に迷い込んだ際に、黒龍も入り込んだ。その件の責任を果たしてもらうつもりだったが……」
スズカは頬杖をつき、アステルを見つめた。
アステルは目を逸らすことはなく、スズカの紫色の瞳をジッと見つめた。
「こちらの面倒事に巻き込んでしまったようだ。すまなかったな」
「いえ、……大丈夫です」
「うむ、ぬしの懐の深さに感謝しよう。本来はぬし等に黒龍の討伐を命じようと思っていてな」
そう来ることは予見していた。
だが、それは不可能な話だ。
七年前、アサイラムを旅立つ際に、アステル達の師ライラから言われた言葉。
今のアステル達では、龍種には勝てない。だから、戦うなと。
実際、その姿を目の当たりにした時、強靭な鱗と筋肉を持ち、膨大な魔力を持っているのを見た瞬間、勝ち目はないと思った。
だからこそ、強制送還術を使用し、その結果この世界に迷い込んだ。
「自信はないようだな」
紫色の瞳が、心の中を読んだかのように、スズカは口角を上げた。
「はい、私達では討伐出来ないと思っています。七年前、先生にもそう言われました」
「その先生とやらが、どれ程優秀なのかは知らぬが、未来が見えるのか?」
スズカの言葉にアステルは首を傾げた。
「七年の歳月など、我らにとっては一瞬だ。だが、人にとっては莫大な時間だ。ぬしは七年前と変わらないのか?」
「いえ、成長はしているつもりです。ですが、龍を目の当たりにした時、勝てないと。察しました」
「そうか、それはきっと成長した事によって、相手の実力が明確に分かるようになったからだろうな」
スズカが優しい声音で、微笑みながらそう言った。
そして、盃を手に取り、口へと運ぶ。
「だが、ぬしらには黒龍を討伐してもらう。勝てる勝てないではなく、それがぬしらに追及する責任だ」
「……はい」
「だがな、困った事に今、この世界は黒龍とは別の問題、百鬼夜行が起きようとしている。困った。実に困っている。」
スズカはわざとらしく、大振りな動きをしている。
隣に控えるラセツが、やれやれと言いたげに額を押さえた。
「そこで、だ。ぬしらには百鬼夜行の対処を手伝って貰いたい。代わりに、我ら鬼がぬしらの力になろう」
大振りな動きをピタっと止め、ジッとアステルを見下ろした。
「良いのですか?」
「良いも何も、その二つの問題を解決しなければならぬ。妾の案に、反対するものはいるか?」
静寂。この空間にいる、スズカの臣下全員が、沈黙を貫いている。
「うむ、反対はいないようだ。これからよろしく頼むぞ。アステルよ」
「はい」
アステルは頭を静かに下げた。それに、続くようにシリウス、フェリス、カインも頭を下げた。
「さて、先に解決するのは百鬼夜行だが……」
再びスズカは盃を口に運んだ。
「幽世の月は既に赤い。間違いないな?」
「はい、月が赤く。魔力が活性化しているようです」
スズカがユキノをチラッと見た。ユキノは頷きそう言った。
「幽世の夜は長い、現世……。ここで考えると七日程。ぬしらがここに来るまでを考えると……。五日後に現世も赤い夜が来るだろうな」
スズカは足を崩し伸ばした。そして、背もたれに寄りかかり、上を見つめた。
「面倒だ……。実に面倒だ……」と小さく零した。
「スズカ様」
傍に立つ、ラセツが注意をするかのように口を開いた。
「百鬼夜行による魔力の活性化は、器が耐えられぬ者は狂暴化するようです。現にセツナも幽世で暴走を引き起こしています」
ラセツがスズカを見つめ、淡々と言った。
「うむ、幼い亜人や器の小さな妖怪の民は暴走するだろうな。だから面倒なのだ、切ることなど出来んからな」
「では、どうするおつもりで?」
ラセツの問い掛けに、スズカはうーむと。喉を鳴らした。
「この城が何故、カグラの桜の根本にあるか知っているか?」
「……? カグラの象徴だからでは?」
「うむ、それもあるが。大昔は百鬼夜行がよく起きていたと、白翁……ぬらりひょんが言っていた」
ハクオウと呼ぶ、スズカの声が少しだけ寂しそうだった。
そして、その名を聞いたラセツの眉がピクッと少しだけ動いた。
「カグラの桜は魔力を吸うらしい。百鬼夜行に困り果てた大昔の王族が、ここに城を建てる事で、内側からの崩壊を防いだ」
「ならば、民を――」
「無理だな、城が広いとは言え、民を全員入れることは出来ん」
ラセツの言葉を遮るかのように、それを否定した。
しかし、すぐにスズカは答えを出した。
「百鬼夜行の夜、女子供を迎え入れる。弱い種族はそれぞれで拘束し、強い種族は亜人の民と協力し殺傷武器を用いず鎮圧する」
「それで解決するのでしょうか?」
ラセツが首を傾げた。
「無理だろうな」
スズカが溜息を吐く。
弱い種族は拘束する。狂暴化するとはいえ、拘束具を着けてしまえば、無力化が出来るという考えだろう。
対し、強い種族は拘束した所で、それが破壊されるのが目に見えている。だから、暴走を引き起こさない亜人の民と協力し、武力を以って鎮圧する。
しかし、殺傷武器を用いないということは、防衛側に死傷者が出る可能が高い。
「町は壊れても良い、作り直せば良い。だが、民の命は守れ、それが守護者の務めだ」
「わかりました」
静かにラセツが頭を下げた。
「他の里はここよりも民が少ない。亜人と耐えられる妖怪の兵を派遣しておけば、鎮圧は出来るだろう」
スズカがそういうと、臣下の一人を見た。
その臣下は静かに頭を下げ、この場を去った。
「あとは、情報収集だな。ヒカ――」
「お呼びでしょうか」
音もなく、影から一人の女性。ヒカゲが現れた。
「ぬしは相変わらず、出てくるのが早いな」
「当然です。我はスズカ様の影、いつ如何なる時も、貴女様の傍に」
「そ、そうか……」
「はい、頭を洗う際は左角の根本から洗い、身体を洗う際は左足の親指から洗う。スズカ様の全てを把握しております」
「……そうか」
「はい、入浴の際は気持ちよさそうな声をあげるのです。愛おしく、つい抱きしめたくなります」
ヒカゲは胸元でギュッと拳を握りしめた。
「う、うむ。熱心なのはいいことだ」
ラセツは頭が痛そうに額を抑え、スズカは盃を口に運んだ。
「それで、ヒカゲ。民に警告と、情報収集を頼めるか?」
ハッとヒカゲが真面目な表情に戻る。
「仰せのままに」
ヒカゲの声から、先ほどまでの熱っぽさが綺麗に消え失せ、真っすぐに忠誠を誓う、主を見つめた。
「……?」
スズカとラセツがヒカゲを見つめた。
「もう、行っても良いぞ?」
「……御意」
少しだけ残念そうな表情を浮かべ、ヒカゲは音もなく、影の中に消えて行った。
「う、うむ。……客人の歓迎を踏まえ、今宵は宴だ。その前に、ラセツよ。皆を部屋へ案内してやれ」
ラセツが静かに頭を下げ、歩き出した。
「こちらへ」
そうしてアステル達は、正殿を後にする。
振り返ると、玉座に座り、頬杖を突きながら、外で揺らめく桜の木を眺めているスズカの姿があった。




