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44話 未熟な導き手

 一刻も早く都へ急いでいる道中であったが、付喪神の群れとの戦闘、カインの怪我と気を失っている少女、セツナの事を踏まえ、アステル達は野営を余儀なくされた。


 カイン達が現れた、幽世と繋がる逆さまの鳥居は、徐々にその姿を消し、既にこの世界。カグラからなくなっていた。


「ちょっと、動かないでよ」

 カインに対し治癒魔術を施しているフェリスが、ピターンと尻尾を地面に叩きつけた。

「す、すみません。腰が痒くて……」


 歪に捩じり曲がっていたカインの腕が、少しずつその歪さを正していく。

 カインの方はフェリスに任せておいて大丈夫だろう。


 野営の準備中にある程度の事は聞いていた。

 カインがユキノやアオバそして、セツナによって雪の里でお世話になった事。

 幽世に引き摺り込まれ、セツナの魔力の器が限界を迎え、カインが契約し、その魔力を放出した事により大怪我をした。


 そして、その際に社にあった形代を破壊した事によって、何度も再生する蜘蛛を倒す事が出来た。

 魔力を持たないカインに、教える術がなかったとはいえ、教えなかったのが原因だ。

 自身の至らなさを感じ、目の前で燃える焚き火を静かに見つめた。


「なにか、悩んでる?」

 ひょこっと犬耳が視界を遮り、シリウスの顔が覗き込んできた。

「……。カインの怪我は私のせいだなって。思ってた」

「なんで?」


「なんでって……。魔力の使い方教えて来なかったでしょ?」

「まあ、確かに」

 シリウスは背を逸らせ、夜空を見上げた。釣られてアステルも空を見上げる、満天の星が世界を照らしている。


「ないものを教えるのは無理だろ」

 視線を下ろすと、ラセツが焚き火に薪を放り投げていた。

「そうですけど……。せめてやり方さえ教えていれば ――」

「訓練もなにもしないでいきなり使えば、もっと酷い怪我してたかも知れないわね」


 焚き火から少し離れた所で、膝の上で眠るセツナを愛おしそうに撫でている。雪女のユキノが言った。

 何も言い返せず、アステルは沈黙した。

 静かな夜に、木が爆ぜる音とアオバが木を折る音だけが響く。


「剣を持たない相手に剣の振り方は教えられない。だけど、あいつは剣を得たんだろ?」

「そうね、この先同じ事にならないように導けばいい。それが、先生でしょ?」

 ラセツは真っすぐにアステルを見つめ、ユキノは微笑みながら見つめた。


「そう、ですね」

 アステルは焚き火を見つめた。しかし、その表情はさっきのように曇りはなく、晴れていた。


「なんか真っすぐな木ない?」

 カインの治癒を終えたフェリスが歩み寄ってきた、その後ろにはカインが居た。

「これなんかどうだ?」

 薪にするための木を折っていたアオバが、一本の木を差し出した。


「おお、いいねぇ。ありがと」

 差し出された木を受け取り、腰に携えたナイフを抜き、皮を剥ぎ始めた。

「添木にするのか? 治癒魔術で治せないのか?」

 手際よく皮を剥いでいく様を見つめながら、アオバが聞いた。


「治せるけど、時間掛かるし面倒だからねえ。それに、カインの再生能力は高いし、その再生能力に任せて、自然に治した方が骨が硬くなるでしょ?」

「なるほどな、小さいくせにちゃんと考えてるんだな」

「……。一言余計じゃない?」


 感心をするアオバに対し、少しだけ眉を顰めたフェリスがフッと息を吹きかけ、剥がれた皮を飛ばし、「はい」とアオバに渡した。

 そして、後ろで覗き込んでいたカインの顔を見つめた。

 カインは首を傾げ、フェリスはニヤリと笑う。


 フェリスの小さな手がカインの肩に置かれ、もう片方の手で腕を掴んだ。

「いった!? 何すんだよ!?」

「もっと痛いかもねえ」

 そしてその腕をひと思いに折り曲げた。


「――っ!?」

 声にならない声が響いた。

 痛みで震え、倒れそうになった身体をアオバが支え、その手に持っていた添え木をフェリスが受け取った。


 そして、腰のポーチから真っ白な包帯を取り出した。

「準備がいいんだな」

「まあね、三人の中だと私が一番治癒魔術が得意だからさ、ヒーラー役としてちゃんと持つようにしてるんだ」


 フェリスは手際良くカインの腕を固定していき、それを感心するようにアオバが見つめていた。

「はい、おしまい。カインなら一週間くらいで治るんじゃない?」

 そういい、ポンと固定された腕を叩いた。


「って!? な、なんで叩くんだよ!?」

 涙目になりながら、我が子のように優しく自身の腕を撫でた。

 しかし、フェリスは聞く耳を立てることはなく。歩き出し、静かにアステルの横に座った。


「うへぇ……。つかれたぁ……」

「おつかれさま」

 フェリスの尻尾が激しく揺れ動いた。


 それを後ろから見ていたカインとアオバは微笑み、焚き火の傍に腰を下ろした。


「これからどうするんですか? フォレスティに帰る方法を探すとか?」

 カインがアステルを見て、これからの事を聞いた。

「この世界に来た時に、黒龍も一緒に来てるみたいだからその件と、パンドラの夜……百鬼夜行の事も考えないと」


「黒龍も来てるんですか?」

「うん、みたいだね。それでラセツさんがスズカ様の命令で、私達を探してたみたい」

「その件なんだが、カイン達の元には緋陰は来なかったか」

 ラセツが焚き火を絶やさないように、薪をくびながら言った。


「ヒカゲ……?」

 首を傾げながら、シリウスを見た。しかし、シリウスも首を傾げた。

「ヒカゲさんは来てないな。来る予定だったのか?」

 シリウスとカインの代わりにアオバが答えた。


「ああ、俺と同じようにスズカ様のご命令で、異邦者を探しに行ってた筈なんだが……。幽世に引きずり込まれた事によって、入れ違いになったか」

「まあ、ヒカゲさんなら大丈夫だろ」

「そうだな、どうせもうじき来る」


 鬼の二人が納得した。しかし、何が何だか分からないアステル達は首を傾げた。

「私の話か?」

 聞きなれない声が静かに響き、アステル達は、一斉に声のした方向、カインの真後ろへ視線を走らせる。

 

「うわぁぁ!?」

 後ろから突然声がしたカインが、悲鳴をあげながら前に倒れこんだ。

「だ、だ、誰!?」

 カインが腰を抜かしながら言った。


 そこには立っていたのは、音もなく現れた、一人の女性だった。

 闇に溶けるほど深い黒の装束を身に纏っている。


「遅かったな」

 ラセツとアオバは驚く素振りすら見せず、当たり前のように振舞っていた。

「予定外の事が生じただけだ。だが、揃っているのは良いことだ」


 予定外というのは、カイン達が幽世に引きずり込まれた事だろう。

 しかし、カイン達が幽世から出てきたのは、数時間も経っていない。カイン達を探した、またはラセツを探した。どちらにせよ、短時間でここを探し当てるのは並みの事ではないだろう。


「丁度いい、都に戻って様子を見てきてくれないか?」

「断る。私はスズカ様以外からの指示は聞くつもりはない」

 氷のように冷たい声音で答えたヒカゲを見つめ、ラセツはため息を吐いた。

「相変わらずだな……」と小さく呟いた。


「そのスズカ様の様子を見てきてくれ。と、頼んでいるんだ。……百鬼夜行が始まる」

 ヒカゲの眉がピクッと動いた。静かに、焚き火が爆ぜる。

「……確かな事か?」


「付喪神の出現、三つの童歌、幽世の赤い月。それはここにいる奴らが今日、経験したことだ」

「……。そうか、了解した」

 静かに答えた。そして、音もなくその姿を消した。


「カインはいつまでそうしてるの?」

 フェリスが前のめりに倒れたままのカインを見つめ、笑い交じりの声で言った。

「わ、わかってるよ」


 カインは顔を赤く染めながら立ち上がり、砂を払い落し、腰を下ろした、その光景をアステルは苦笑いしながら見つめた。


「さっきのヒカゲさんってどういう方なんですか?」

 横に座るシリウスが静かに尋ねた。


「俺と同じく、スズカ様に仕える鬼の亜人だ。俺は侍として武力を担っているが、ヒカゲは忍びとして情報収集等を主に行っている集団の頭領だ。俺がアステルとフェリスを見つけられたのも、そいつらのおかげだ」


 なるほど。広い世界の中で、黒龍を連れて異世界からやってきた異邦人を見つけるのは容易ではない。しかし、それを数日で見つけ出し、スズカの臣下を寄越してきた。

 どうやってそれを成したのかが分かった。


「スズカ様に忠誠心が高い。それは素直に尊敬に値するが……」

 ラセツは苦笑いをし、言葉を選ぶように詰まらせた。

 先ほどのスズカ以外の命令は聞かないという言葉の事だろう。


 忠誠心が高く、仕事ができるが頑固者。そんな感じだろうか。

「悪いやつではないんだがな」

 そう言いながらラセツが薪を投げ入れた。


「みんなは少し休んでくれ、寝ずの番は俺とラセツが交代で担おう」

 アオバが立ち上がって言い、ラセツと目を合わせ。互いに頷いた。

「私達も――」

「子供は寝てろ。背伸びないぞ」


 アステルが自分たちも見張りをする。そう言いかけたのを止め、フェリスを見下ろしながらアオバが言った。

 ムっとした顔でフェリスがアオバを睨んだ。しかし、そんな事を気にすることはなく。大剣を持ち上げ、見張りの為歩いて行った。


 満天の星の下、静寂の夜に火の音が爆ぜた。

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