43話 追い風
一体どれほどの付喪神を葬っただろうか。
倒しても、倒しても復活し続ける。
付喪神の群れの奥には、巨大な蜘蛛の魔物と、その周りを旋回するように舞っている白い人型の紙。
いくら傷をつけても、蜘蛛の傷は瞬時に治っていた。
「もう、いい加減にしてよ……」
肩で息をするアステルの隣で、黒い猫耳と尻尾を垂れ下げたフェリスがぼやいた。
「流石にここまで、終わりが見えないとなると厳しいな」
同意するように鬼の亜人、ラセツも苦々しく口を開いた。
恐らく、あの紙が蜘蛛を再生している。しかし、あの紙を切り裂いても、何度も再生している。再生する紙と蜘蛛だけでも厄介だというのに、視界を埋め尽くす付喪神。
アステルは静かにため息を吐いた。
蜘蛛を再生する紙。じゃあ、あの紙を再生しているのはなんだろうか。ここに本体がない? アステルの視線が、巨大な蜘蛛の背後にそびえ立つ、逆さまの鳥居へと向いた。
内側は空間が歪み、その歪みから付喪神や巨大な蜘蛛は現れた。だとすれば、あの中は魔物の巣窟というべきだろう。
あの空間に飛び込んで、本体を叩くのは現実的ではない。そもそも、目の前に壁のように阻む付喪神の群れが、それを許さないだろう。
「どうする?」
フェリスが気怠そうに聞いてきた。
「どうしようか」
カラン、カラン、と下駄を鳴らしながら、ジリジリと近付いてくる付喪神。
ラセツが切り伏せ、フェリスが魔術でその足を阻み。アステルが詠唱を始め、魔術を放つ。
三つの緑色の魔法陣が現れ、三つの巨大な竜巻が付喪神を塵のように掃討する。
しかし、付喪神が減ることなく。逆さまの鳥居から再び現れる。
その時だった。鳥居の奥に一瞬の歪みが生じ、白い紙が突如として黒い炎に包まれた。
「……?」
「え、何で燃えてるの?」
突然、目の前で黒い炎に包まれ、塵へと変わっていく白い紙を見て、フェリスが困惑の声を上げた。
だが、考えるのは後だ。
「フェリス、ラセツさん」
「はぁい」
「応」
ラセツの剣戟が巨大な蜘蛛への道のりを切り開いた。
アステルが指を弾き、乾いた音が静かな夜に響いた。その瞬間、静寂を破壊する爆発音が轟く。
風の爆発によるブーストで瞬時に蜘蛛の目前へと迫る。
黎明色の大剣を両手で握り、振り上げた。
フェリスの放った巨大な風の弾が、大剣に直撃する。
ブーストによる推進力、フェリスの魔術によって破壊力を得た大剣が、巨大な蜘蛛を一刀両断した。
巨大な蜘蛛は再生することなく、塵へと変わって行った。
しかし、依然として。付喪神の群れがアステル達の視界を埋め尽くす。
アステルは大剣を霧散させ、今度は黎明色の剣を生成した。
付喪神を切る、切る、切る。切り続けていく。
再生も、増えることもなくなった。しかし、その数はあまりにも多い。
「もう疲れたんだけど、終わるんだよね?」
フェリスが肩を落とした。
その時、風が吹いた。それは、逆さまの鳥居からの風。
その風を感じ、アステルは静かに微笑んだ。
「追い風が来た」
逆さまの鳥居の内側、歪んだ空間から突如として、突風の如く、何かが現れ、アステル達の目の前にいた付喪神の群れを薙ぎ倒し、灰色の長髪を靡かせるアステルの目の前で静止した。
「前衛は私でしょ?」
白い長髪を靡かせ、犬耳と尻尾が生えた少女が、静かに刀を鞘に納めた。
「おお! シリウス!」
フェリスがシリウスを見て、目を輝かせた。
少し遅れて、白い長髪に白い着物を着た女性に支えられたカインと、少女を背負った鬼が鳥居の中から現れた。
「本当にアステルさんとフェリスだ!?」
アステルが「おーい」と手を振るカインの顔を見た。そして、視線をゆっくりと下ろし。捻じ曲がった腕を見て、眉を顰め、ため息を吐いた。
「話の前に片付けようか」
「アオバさん」
シリウスがアオバと呼ぶ鬼が、背負っていた少女を優しく降ろし、カインを支える女性に託した。
「おうよ」
剣士三人が前衛を担い、フェリスが三人を援護しつつ魔術で片付けていく。その間、アステルは詠唱に集中する事が出来た。
放つ魔術は先ほどと同じものだ。しかし、三つではなく。今度は六つだった。
シリウスが来た事によって、行使できる魔力量が上がり、強力な魔術が撃てる。
緑色の魔法陣から生まれた六つの竜巻が、周囲の付喪神を飲み込んでいく。
「シリウス、フェリス。お願い」
「はい」「はぁい」
アステルの呼び掛けに、シリウスとフェリスが返事をした。
そして、竜巻に火と水の属性を付与し。炎の竜巻が全てを燃やし、水の竜巻が全てを消した。
そうして、長い時間苦労させられた付喪神の群れが姿を消した。
「やっとおわったぁあ……」
「おつかれさま」
耳と尻尾を垂れ下げたフェリスの頭を撫でた。垂れ下がった尻尾が緩やかに左右に揺れ動く。
それをジッと見つめるシリウスを手招きで呼び。シリウスの頭も撫でる。
「シリウスもね」
尻尾が激しく左右に揺れ動いた。
一通り撫で終えた後、アステル達はカインの元へと歩み寄った。
ジッとカインを見つめた後、傍に寄りそう女性へと視線を向けた。
「……。ユキノさんですか?」
「あら、知っているの?」
「シリウスから話を聞いていました。私の弟子がお世話になりました。ありがとうございます」
アステルは静かに、深々と頭を下げた。
「なるほど。それにしても、思っていた以上に若いのね。カインくんとそんなに変わらないでしょう?」
「はい、二歳しか変わりません。そのせいでカインが失礼を働いたかもしれません。申し訳ありません」
「ふふ、失礼だなんて。そんな事一度もないわよ。ずっと礼儀正しい子だったから、もっと大人なお師匠さんを想像していたの。でも、貴女を見ていれば納得ね」
ユキノが微笑みながら言った。
「……そうですか?」
アステルは首を傾げた。それを見て、ユキノは再び微笑んだ。
そして、視線はユキノからボケっと、アステルを見上げているカインへと移動した。
顔を見て、捻じ曲がった腕を見て、再び顔を見た。
ボケっとしている。その表情をみて、アステルは眉を潜めた。
「あの腕どうしたの?」
「ちょっとね」
フェリスとシリウスが後ろでそんなやり取りをしていた。
「カイン、私はなんて言ったか覚えてる?」
「え。さ、再生が追い付かない、怪我をする無理はダメって……」
「うん、どうして?」
「戦闘不能等の怪我は味方の負担になるからです」
「うん。怪我するのは仕方がない。戦闘不能もね。戦いはそういうものだからね。別にその怪我は責めないよ」
カインが見上げている。月光の中で、灰色の長髪がふわりと風で浮かぶ。そして、アステルの表情は微かに微笑んでみえた。
「がんばったね」
「り、理由は聞かないんですか?」
困惑しているカインを見つめ、ユキノの膝で眠る少女を見た。
「守るためなら仕方がないんじゃない? と言っても、酷すぎるけどね」
ため息を吐いた。呆れた表情を浮かべつつ、苦笑いをした。
その表情を見た瞬間、カインを縛っていた緊張の糸は、跡形もなく解けていった。




