42.5話 セツナ
重すぎない、重みを背中に感じつつ、歩き続ける。
冷えて行く身体、指先の感覚もない。
前を歩く三人が、出てくる魔物を狩る。そんな光景を、凍えながら見る。
「……ごめん」
不意に耳元で囁かれた謝罪の言葉。
「いつも俺に対して当たりが強いことに対してか?」
「……ちがう」
「えっ」
えっ
違わなくてもいいじゃん。
「迷惑……掛けてる……」
「いや……。心当たりがないけど……」
「あたしのせいで、……こんな所に来て。背負わせてる……」
セツナを庇って幽世に引き摺り込まれた事を、まだ気にしていた。
違うって言ってるのに頑固な奴。
カインが庇わなければ、カイン達が幽世に来ることはなかった。そう考えているんだろうが、それは決して違う。
「あの時庇わなければ、お前が引き摺り込まれてただろ。そうなっていたら、俺達は同じように飛び込んでた。どっちにしろ、ここに来てたんだよ」
引き摺り込まれた張本人が言っても、説得力なんてないし、カッコつかないけどな。
セツナを背負い、カインは歩き続けた。
赤い月が照らす、逆さまの鳥居の下。前方には、シリウス達三人。
徐々にセツナが放つ冷気が強くなり、彼女が立てた爪が、肌に突き刺さっていく。
息が荒い。必死に衝動を抑えているのだろう。
「大丈夫か?」
「ッグ、ウゥ」
返ってくるのは獣のような声。
血が服に滲んでいく。しかし、カインは気にする素振り一つ見せず。歩き続けた。
逆さまの鳥居を抜け、開けた場所へとたどり着いた。
社のような建物が建つ、境内だ。
「カイン、ずっと背負ってて疲れたでしょ? 少し休もうか」
シリウスが振り向いた。
「え、いや。早く出口見つけた方が ――」
「周りを見て、もう道はない」
カインが見渡した。確かに、道と呼べる道はそこにはなかった。あるのは、仰々しくそびえ立つ社のみ。
「じゃあ、来た道を戻って別の道を探しましょう」
カインが提案をした。
しかし、シリウスは首を横に振り、顎を上げ、後ろを見るように諭した。
振り返ると、幾つもの逆さまの鳥居が並んでいる。
赤い月に照らされた、さっきまでは赤かった逆さまの鳥居が、黒く澱んでいた。
「……ウ、……ア、……ァ……ッ」
「お、おい! 落ちるぞ!」
突然、セツナが暴れ出し、突き刺さった爪が、カインの肉をさらに深く抉る。
カインはバランスを崩し倒れた。
「わ、悪い! 大丈夫か!?」
一緒に倒れ、背の上に乗るセツナを見た。
よろりと、人形のように立ち上がるセツナを、カインが見上げた。
赤い月光が、白い肌と白い髪、白い着物を染めるように照らしていた。
そして、彼女の白目は黒く淀み、そこに光は宿っていない。
「……セ、……ツナ?」
カインはセツナの顔を見上げ、そして、冷気を感じ、視線を下に移動させた。
彼女が踏みしめる大地が、白く凍結している。
そして、その大地を踏みしめる脚が、振り上げられた。
「……ッグ!?」
咄嗟に腕を前に出した。経験したこともないような衝撃が、カインをボールの様に社まで弾き飛ばした。
「カイン!」
シリウスの声が響いた。
激痛が身体を走る。霞む視線を、真っすぐセツナへと向けた。さっきまでは、手が届く距離だったのに、一瞬で遠くなってしまった。
「ゴホッ……ゴホ……」
口から鮮やかな赤色の液体が零れ落ちる。
腕で防いだ筈なのに、内臓まで衝撃が届いている。
カインは手を地面に立ち上がろうとした。しかし、腕に力が入らず、倒れこむ。
……。折れたか?
再生にはどれくらい掛かるだろうか……。
他人よりも再生能力が高いとは言え、数時間は掛かるだろう。
カインは肩を使い何とか、立ち上がり、崩れた社の木を乗り越え、外へと出る。
ふら付く足で、歩いた。
シリウスとアオバがセツナと戦っていた。その光景を、膝を地面をつけ。ただ、茫然として見ているユキノの元へ歩み寄った。
妹が狂暴化して暴れている。それを目の当たりにしているのだ。
「ユキ、ノ……さん」
「カインくん……、大丈夫?」
カインを見て、ハッとしたユキノが立ち上がり、カインを支えた。
シリウスもアオバも刀を抜いていない。殺すつもりはないという事だろう。今のところは。
「すみ、ません……。着物に、血。付いちゃった……」
ユキノが身に纏う、綺麗な白い着物に、自分の血が付いた事を謝罪した。
「……馬鹿、……そんなこと……。……気にしないで、……カインくん……」
ユキノの声が、涙を堪えるように震えている。
「あいつ、が優しい。……って事、改めて。実感しました」
カインの言葉に、ユキノが首を傾げた。
「いつも、蹴られてるけど……。ちゃんと、加減、してくれてたんだな……って」
どうしたらいいんだろうか。
揺れる頭で考える。考える。考えても、何も出ない。
今まで、何のために修行をしてきたんだ。
誰かを守れるように。
今まで、アステル、シリウス、フェリス。三人から何を教わってきた。
自分自身の限界と、召喚術の知識。
しかし、カイン自身は魔力を持っていない。だから、召喚術の知識を得た所で、意味がない。
―― カインは、魔力が枯れている。
それはアステルに言われた言葉だ。
―― カインも、多分。彼岸契約してる召喚獣いるよ。
それはカグラに転移する直前、フォレスティで言われた言葉だ。
通常のそれとは違う、特別な契約。
しかし、魔力を持たないカインでは召喚することはできない。
魔力はないけど、すでに契約を果たしている何かがいる。
言い換えれば、魔力がなくても契約ができる。
魔力の器に、魔力が溜まっていないだけで、器自体はある。
殺さないように加減をしているとはいえ、シリウスとアオバの二人を相手に善戦をするセツナを見つめた。
魔力の器の許容量を超えた事によって、起きた狂暴化。
周囲を凍らせる程の冷気を放ち、通常時よりも遥かに強化されている状態。
カインの視界が徐々に、鮮明さを取り戻していく。
カインの器は空っぽで、セツナの器が許容量を超えた。
召喚術は契約している召喚獣から、属性魔力を借り受け、無属性の魔力を媒介に魔術を放つ事。
しかし、カインは無属性魔力を持っていない。故に魔術を放つ事は出来ない。だが、鬼属性の魔力は、そもそも魔術を放てず、人の身体を壊すほどの身体能力を得る事が出来る。
「そう、か……。そうだ……」
セツナと契約を果たし、魔力を受け入れてあげればいい。
「ユキノさん、俺が……、セツナと、契約する……って言ったら、反対しますか?」
今ある契約形態は二つ。
一つは召喚獣を奴隷のように扱う。隷属契約
もう一つは、互いに認める事で対等な存在となる。友愛の契約。
しかし、友愛の契約は数が減り、隷属契約が主流となっている。召喚術師をよく思っていない人ならざる者は多い。
「カイン君がセツナと契約を? ……。反対はしないわよ、あなたは信用出来るし、あの子も喜ぶだろうから」
「よろこ、ぶ?」
いつも蹴り飛ばし、悪態をついている相手と契約をして喜ぶのか?
変な奴なんだな……。
カインはユキノの肩を離れ、立ち上がり、歩こうとした。しかし、バランスを崩した所を、再びユキノが支えた。
「す、すみません……」
ユキノの支えで何とか、一歩。また一歩と震える足で地面を踏みしめる。
「アオバさん」
「っく……。暫くは持ちこたえてやるさ」
「お願いします」
カインに気付いたシリウスが駆け寄ってくる。
「パンドラの夜が終わらない限り、この場所の魔力活性化はなくならない。ずっと、魔力を放出しているけれど、それ以上に供給されてる」
シリウスが冷静に状況を伝えた。
「わかって、ます……。俺が、契約して。器になる……」
カインがシリウスを力強く見つめ、シリウスが静かに見下ろしていた。
「……。うん、わかった」
シリウスが背中を向け、歩き出した。
「アオバさん、動きを制限させます。ユキノさんは ――」
「セツナを凍らせて封じる」
「お願いします」
シリウスとアオバが出来るだけ、セツナを傷つけないように戦う。それを、ただ見つめている。
セツナが全てを拒むように生み出した、巨大な氷壁を、アオバの拳が叩き割った。
シリウスは風を爆発させたブーストによる、驚異的な推進力を用いて、降りしきる氷塊の中を掻き分け進んだ。
殴り掛かってきた拳を躱し、腕と胸倉を掴み、無理やりセツナを跪かせた。
鬼属性の魔力によって、身体能力を強化された暴れ狂うセツナに、シリウスが力負けしそうになった所を、アオバが拘束した。
ユキノがふっと白い息を吐くと、通った場所を凍らせ、セツナの下半身を凍てつかせた。
「セツナ……。俺と契約なんて、嫌かもしれないけど。……今は、我慢してくれ」
アオバによって羽交い締めされたセツナが暴れる。
しかし、同じ鬼属性かつ、雪女よりも更に影響を受けやすい鬼の前に、完全に動きを封じられている。
カインはセツナの前で瞳を静かに閉じた。
痛みで軋む腕を無理やり持ち上げ、彼女の前に翳した。
友愛の契約は互いの同意なしでは成立しない。
契約主が契約を求めた所で、契約者が同意しなければ契約が出来ない。
今のセツナに意思があるかは分からない、だけど。ギリギリまで、衝動を抑えていた彼女の意思の強さを信じた。
朱色の魔力が、セツナから漏れ出した。
最初は微かに、しかし、その量はやがて膨大になる。
彼女が本来持つ、器の中の魔力と、それを越えた許容外の魔力。その魔力がカインを包み込んだ。
「っぐ……」
空っぽだったカインの器に、魔力が入っていく。
身体が熱い、内なる底から力を感じる。
しかし、その力は膨大で、今にも暴発しそうだ。
目の前にいるセツナは落ち着きを取り戻し、気を失っていた。
「カイン、魔力を放出して」
「そう、言われても……」
やったことないからわからない。なんて言えない。
「……? 早く放出しないと、死ぬよ」
「ま、まじっすか……!?」
「冗談だよ」
こんな時に冗談言う?
「ぐぅ……。アアアア!?」
カインは剣を抜き、思いっきり振り上げた。
轟音が響き、衝撃が社に向かって飛んでいく。
ドーンと社に直撃し、完全に崩落させた。
「……。社を破壊するなんて、呪われるよ」
「わ、わざとじゃないんです」
壊れた社から何かが飛び出してきた。
白い人型をした紙が、舞い。そして、黒く燃えた。
「……形代?」
ユキノがセツナに寄り添いながら呟いた。
「知っているんですか?」
「他者の傷を肩代わりするの、でも、どうしてここに?」
シリウスの問いにユキノが答えた。
沈黙が広がった。
「そういえば、鬼属性の力使ってたけど大丈夫なのかよ」
アオバがカインを見つめた。
「え、まあ。……大丈夫 ――」
カインの手から剣が抜け落ちた。
その腕を見た。
わぁ、凄い。
折れているとかそういう次元ではなかった。
血管が浮き出ていて、所々肉が裂け、血と共に朱色の魔力が漏れ出し、捻じ曲がっている。
痛みなどなく、感覚もない。
「や、やばいかもぉ……」
情けない声音でカインが言った。
「おいおい!」とアオバが駆け寄ってくる。それを見るシリウスは苦笑いをしている。
「どうやって、ここから出ようか」
シリウスが周りを見て、呟いた。
周りを見ても、壊れた社と森。そして、黒く淀み、内側が夜のように何も見えない逆さまの鳥居だけ。
しかし、黒い淀みの中に、微かに光が混じっていた。
それは、夜明けのようだった。
シリウスはそれを見つめ、そして、微笑んだ。
「夜明けが迎えに来た」
「夜明け?」
カインが首を傾げ、シリウスが静かに頷いた。
「アオバさん、セツナさんをお願いします。鳥居を潜りましょう」
そうして、シリウスが歩き出した。




