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40.5話 裏・面正のろ後

 カインは硬い石畳みの上で仰向けに倒れ、赤い月を眺めていた。

 そんなカインの元に、走り寄り。セツナが手を差し伸ばした。

「カイン、大丈夫?」

「あ、ああ……。悪い」


 差し伸ばされたひんやりとした手を握り、カインは立ち上がった。

 砂埃を払い落し、周囲を見渡した。そこは先ほどの雪景色とは打ってかわり、見たことのない空間。

 岩石が浮き、壊れた鳥居の破片が宙を舞っている。

 正しく、異空間と呼べる。そんな景色だ。


「みんな、ごめん……」

 俯きながらセツナが謝った。

 しかし、その言葉にカインは首を傾げた。

「なんでお前が謝るんだよ?」


「なんでって……、あたしのせいで――」

「これは俺のミスだ。俺以外の三人があの時、庇っていたらこんな事にはなってない。避けられなかった俺のミスだ」

 セツナの言葉を遮るようにカインが述べた。


 だけど……。と納得できない様子を見せたセツナを見て、シリウスが微笑んだ。

「そうだね。カインのせいだよ。ちゃんと避けていればこんな事になってないのに」

 わざとらしくため息を吐いた。

「全くだな、面倒な事に巻き込みやがって」


 アオバもその言葉に続き、カインに文句を言いだした。

「うう……」

 思ってた以上に悪態をつかれ、情けない声を漏らした。

 しかし、そのやり取りに加わる事なく。ユキノは周囲を見渡していた。


幽世(かくりよ)……」

「ユキノさんはここをご存知で?」

 アオバが聞いた。

「実際に来るのははじめてよ。だけど、書物や話で聞いた事があるの」


 ユキノは周囲を見渡すのをやめ、身体をこちらへ向けた。

「ここは現世(うつしよ)とあの世の狭間、人に害を成すありとあらゆる妖怪が住む場所よ」

「え、俺たち死んだんですか?」

「いいえ。ここは狭間だから生きてるわよ」


 なあんだ。とカインは肩を撫でおろした。

「ここはいつも月が赤いのですか?」

 シリウスが月を見上げながら聞いた。


 禍々しく地上を照らす赤い月。

 それは、パンドラの夜や百鬼夜行を象徴する月だ。

 しかし、シリウスの問いに、ユキノは首を振った。

「ごめんなさい。そこまでは知らない」


「そうですか……。立ち止まっていても仕方がありません。進んでみましょう」

 シリウスが歩き始め、ユキノとアオバも歩き始めた。

 しかし、セツナは俯き、立ち止まっていた。


「なにしてんだよ。行くぞ」

「……うっさい!」

「いってぇぇぇ!?」

 ゲシっとカインの脛を蹴り、小走りでシリウス達の元へ行った。


 ぴょんぴょん飛び跳ね、脛を抑えるカイン。

「なにしてんだ! 置いてくぞ!」

 アオバが大きな声で言った。

「なんか悪いことしたかなぁ……」


 そうぼやきカインも走り合流をした。

 カイン達はしばらく歩き続けた。

 何もない、木々が生えた道を歩く。普通の道と違うのは、上を見上げれば赤い月と様々な破片が浮かんでいる事。それ以外は至って普通の道。


 歩き続けると、石階段へと辿り着き、五人は見上げた。

 すると、再び歌声が響いた。


 ―― めごか、めごか


「また歌だ」

 雑音混じりの歌声。

 しかし、そんなものを気にする素振りを見せず、シリウスが階段を登り始めた。

「気にしても仕方がないよ」


 キョロキョロと辺りを見渡すカインを見下ろしながら、シリウスが言った。

 確かに。とみんなが頷き、シリウスの後を追い、階段を登り始めた。


 ―― るや出ついつい、は鳥の中の籠


 一歩ずつ足を踏みしめ、階段を登っていく。

 歌声は依然として、響き渡る。

 そうして、階段を登り切ると、開けた場所に出た。

 カイン達は周囲を見渡しながら、広場を進み続けた。


 ―― ?れあだ、面正のろ後


 ……後ろ?

 カインが振り向いた。

 そこには血塗られた甲冑を纏った、武者が立っていた。


 武者は刀を静かに抜いた。刀からは血が滴り落ち、その刃はボロボロに欠けている。

 そして、カランカランと音が周りから聞こえ。気付けば、付喪神の群れに囲まれている。


 カインは剣を抜いた。

 武者は静かに、歩み。一歩、また一歩と近付いてくる。

 周りではシリウス達が付喪神と戦っていた。しかし、その音がカインの耳に入る事はなく、草履の音だけが響いて聞こえ、その音は徐々に大きく、速くなる。


 そして、音が消え去った。


 目にも留まらぬ速度で懐に入った武者を、カインはギョロっと眼球で捉えていた。

 振り上げられた、血塗られた刀をカインは半身を微かに逸らし、刀が空を切った。

 それは必要最低限の動作だった。


 幾多の付喪神を切りながら、カインを見ていたシリウスが微かに微笑んだ。

 二年間の修行の成果。アステルから課せられた課題、致命傷を避ける回避を徹底的に鍛え続けた成果だった。


 確かに武者の動きは速い。

 だけど、もっと速い剣士を知っている。

 様々な武器で翻弄し、魔術を操る召喚術師を知っている。

 近付く事さえ許さない程の巧みに魔術を操る魔術師を知っている。

 

 その三人を相手に日々修行してきた。

 所詮魔物。動きは単調で、臆する事はない。


 迫り来る斬撃を当たるすれすれで避け続ける。

 そして、振り下ろされた剣をカインの手が掴んだ。

 力と力がぶつかり、カタカタと震え、カインの腕を伝い血が滴り落ちる。

 武者を見つめ、口角を微かに上げた。


「勝負ありだな」

 剣を逆手に握り直し、カインの剣が武者の首を刎ねた。

 

 首が落ち、胴体がゆっくりと崩れ落ち。やがて、灰になり散っていく。

 主を失った付喪神たちは、カランと、力なく地面に転がり、灰になり散った。

 カインは、手に握られている武者の刀を見つめ、地面へと突き刺した。

 やがて、主人を追うように灰となり、消えてた。

 

「ちょ、ちょっと!? バカじゃないの!?」

 慌てるようにセツナが駆け寄って来た。

「え、ええ?」

 いきなり罵声を浴びたカインは困惑した。


 そんなカインの血まみれの手をひったくるように掴み、至近距離でその傷口を凝視した。

 ああ……。とカインは納得した。

「この位の傷、すぐ治るから大丈夫だぞ」

 ギロッとカインを睨んだ。


 こわ……。

「い、いや。俺他人より再生能力高いんだ。だから、この位なら一時間もしないで治る」

「他人より再生能力が高い……? なにそれ? だからなに? 痛みはあるでしょ?」

 ギュッと力強く握った。


「バッ ――」

 カ野郎!?

 顔を歪ませ、出かけた言葉を飲んだ。


「セツナさん、責めるなら私を責めるべきです」

 シリウスの言葉にセツナが首を傾げた。

 

「カインの再生能力は常軌を逸している。その能力を生かす為の戦い方を仕込みました。現に、あの武者の動きは速く、普通に切り掛かっていれば容易に躱され長期戦になった可能性があります」

「だ、だからって……」


 シリウスの言葉を聞いても尚、納得いかない。そんな表情をしていた。

「もちろん、受けていい攻撃をちゃんと見極め、致命傷を避けろと言い聞かせています」

「でも、痛みはあるでしょ?」


「戦いで痛みが生まれるのは当然の事です。大事なのは生きるか死ぬかです」

 セツナは俯き、拳を握りしめた。

 戦う為に修行してきた者と、そうじゃない者の考えの差だろう。

 しかし、シリウスはちゃんと理解をしていた。少女の優しさを。


「ですが、セツナさんの優しさも大事だと思いますよ」

 シリウスは微笑みそう言った後、背を向け歩き出した。

「行くぞ」

「……うん」


 二人もシリウスの後を追い歩き出した。

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