38.5話 遠き桜の導き
カインによってシリウスが召喚された翌日の朝。カインとシリウスは、ユキノに連れられ歩いていた。
「あそこに桜があるでしょう?」
ユキノが指を差した方向を二人は見た。
高い山々越しに見える桜。実際の大きさはどれ程のものなのかは分からないが、ここからでもその桜はとてつもない大きさなのが伝わる。
「あの桜はカグラの中心に位置する桜。あの麓には都があり、鬼の姫。スズカ様がいらっしゃるの」
「鬼の姫様かあ……。怖そうだな」
微かに見える桜をぼけっと見ながら、カインは呟いた。
その呟きに、ふふっとユキノが笑った。
「とても可愛らしい方よ、セツナみたいにね」
セツナ? ……怖いじゃん。と思うが、カインはその言葉を飲んだ。
「都なら人が集まるだろうし、あそこを目指す事になるかな?」
山を見つめ、シリウスが言った。
「そうですね」
そうなると、この里ともお別れだ。
短い期間、たったの数日だったけど、この里の人達にはお世話になった。少しだけ寂しさを感じる。
ここは異世界だ。元の世界に帰る事ができれば、二度と来れない可能性の方が高い。それが、余計に寂しさを助長させる。
少しだけ寂しそうな表情をするカインを、シリウスが横目で見た。
「と言っても、今日出るわけじゃないよ。今日はゆっくりしようか」
「え? 早く都に着いて、アステルさん達と合流した方がいいんじゃ?」
「確かにそうだけど、アステル達が都に居るとは限らない。それに、お世話になったんだから、お礼とお別れを言う必要があるでしょ?」
「まあ、確かに」
カインがシリウスの言葉に頷いた。
すると、突如として、シリウスが白い光に包まれた。
「ど、どうしたんですか!?」
驚くカインに対して、シリウスは冷静だ。
「アステルが呼んでる。カイン、暫くしたらまた私を呼んで」
「わかりました」
力強くカインが頷いた。
しかし、シリウスは不安そうな表情を浮かべていた。
この世界にきて数日間、シリウスを召喚することを忘れていた男だ。また、忘れるのではないかと不安なのだろう。
シリウスはユキノを見た。そして、察したのかユキノは微笑んだ。
「忘れていたら言うわ」
「お願いします」
シリウスが頭を軽く下げ、光の中へと消えて行った。
信用ないな……。しょうがないけど。
「今のうちに蒼葉達に会いに行ったら?」
アオバ、この里の守り人である雪鬼の亜人。一緒に狩りに行ったりでお世話になった人だ。
「そうですね……。そうします」
そうして、カインは歩き出した。
里の広場に着くと、雪男や雪鬼が複数人集まっていた。
その中にいる。一人の青年にカインは近付いた。
「アオバさん」
「よお、カインじゃねえか。今日も一緒に狩りに行くか?」
「いや、今日はいいや」
「お、そうか」
静寂が流れる。アオバの傍に座り、狩りに行くための準備をするアオバを眺めていた。
身の丈程の大刀を砥石で研ぐ音が響く。
「もう出ていくのか?」
手を止めず、真っすぐに大刀を見つめたまま、アオバが言った。
「明日出る予定だ」
「そうか」
シュッ、シュッ。と研ぐ音が響く、遠くでは守り人達が談笑しながら狩りの準備をしていた。
カインがこの里に数日で馴染めたのは、アオバのおかげと言っても過言ではなかった。
守り人のリーダー的人物で、突然ユキノに連れて来られた少年を、受け入れてくれた。付き合いは短いが、感謝してもしきれない。
静かな時間がゆっくりと過ぎていく。しかし、そこには気まずさ等なかった。
しばらくそんな時間が続くと、ゆっくりとユキノが歩いてくるのが見えた。
「おはようございます、アオバさん」
「ユ、ユキノさん!?」
ピシっと立ち上がり、上擦った声でアオバが名前を呼んだ。
「お、おひゃようございましゅ!」
噛んだ。
それを見て、ユキノが袖で口を押さえながらクスクスと笑い。アオバの顔がどんどん赤くなっていく。
そんな二人をぼけーっとカインは眺めていた。
「んん……。どうされましたか?」
アオバが咳払いをし、用件を伺った。
「ええ、カインくんに用が」
ジッと見つめられ、カインは首を傾げた。
「なんですか?」
「ふふ」
なんで笑われたんだろう……。変な顔してるかな?
「そろそろ、シリウスさんを呼び戻しては?」
「あっ……」
あぶねえ、忘れる所だった。
もちろん、忘れてなんていない。もちろんね。
「今、ちょうど呼ぼうと思ってたんですよ!」
「ふふ、そう。よかった」
完全に見透かされている。そんな気がした。
カインは腰に付けた白毛のチャームを握りしめた。
やがて、光り輝き。カインの目の前に緑色の魔法陣が現れ、そこからシリウスが現れた。
「今回は忘れてなかった?」
シリウスが姿を見せるや否や、首を傾げ聞いた。
「も、もちろん。忘れてませんよ。ははっ」
ジトっと三人から見つめられる。
「ア、アステルさんとお話出来ましたか?」
「うん、アステル達も都に向かうって」
「そうですか! 都に行けば合流出来るんですね!」
都まで行けば確実に合流出来る兆しが見えた事に、カインは胸を撫でおろした。
「カインの召喚を忘れていた事話したら、二人とも呆れてたよ」
「え!?」
なんで話した!?
アステルは決して何も言わないだろう。それは、それで辛いけど。フェリスから揶揄われる未来が見え、カインが頭を抱えた。
「あんたがカインのお師匠さんのシリウスさんか?」
うわぁ……。と頭を抱えるカインを横目に、アオバがシリウスに聞いた。
「はい、カインがお世話になったようで」
シリウスが頭を軽く下げた。
「昨日見かけた時も思ったが、こんな華奢なお嬢さんだとは思わなかった」
シリウスが首を傾げた。それを見て、アオバが微笑む。
「いや、カインの剣の筋は良いからな、獣の亜人の女性に鍛えて貰ったっていうから、勝手にすごい見た目を想像していた」
確かに、シリウスの身体は華奢だ。とても筋肉があるとは思えない、体つきをしているが、腕力も脚力も、少年とはいえ男であるカインよりも遥かに強靭だ。
それは獣の亜人だからだ。
「そうですか?」
シリウスは首を傾げた。
「アオバ! そろそろ行くぞ!」
「おお! 今行く!」
狩りに行く準備を終えた、守り人達に呼ばれアオバが応えた。
「時間があれば、ぜひ一戦お願いしたかったが……仕方がない。失礼する」
そして、じゃあな。とアオバはカイン達に背を向けた。
「頑張ってくださいね」
「は、ひゃい!」
ユキノに声を掛けられ、上擦った声で応えたアオバは顔を赤くしながら、守り人達の元へ走って行った。
仲間に揶揄われ、笑われながらアオバ達の背が遠くなっていった。
それを残された三人で眺めていた。
「良ければ、里を三人で歩きましょうか」
「ぜひ、お願いします」
ユキノの提案にシリウスが乗り、カインは立ち上がった。
そうして、三人で里を歩いた。




