42話 こわいながらも
月明かりに照らされ、アステル達は駆けていた。
いや、ラセツが駆けていた。
ラセツに抱えられたアステルは、その目をぎゅっと力強く閉じ、後ろでラセツの背にしがみ着くフェリスは楽し気だ。
「おお! はやぁい!」
アステルの灰色の長髪が靡き、フェリスの尻尾がブンブンと左右に揺れ動く。
どうしてこうなったのか、時間は数時間程遡る。
「馬車だとここからだと三日くらいだよね?」
フェリスが言った。
ラセツと出会った町から馬車で四日と言われた。そして、今アステル達が居る町は半日程進んだ先の町だ。
「そうだな」
ラセツがフェリスの言葉に頷く。
「馬車で夜通し進むのは厳しくない?」
「まあ……。確かに」
アステルもまた、フェリスの言葉に頷いた。
馬を休みなく夜通し走らせるのは現実的ではない。しかし、人が走るのは返って時間が掛かるだろう。
どうしたものか……。
悩むアステルを見て、ラセツがひとつの案を上げた。
「俺が走ろう」
「え? ラセツが走るの?」
フェリスが首を傾げた。
確かに、鬼属性による身体能力強化を使えば、馬よりも速く走る事は出来るだろう。しかし、体力も消耗する。
それに――
「私達はどうするんですか?」
ラセツはアステルの言葉に、不敵な笑みを浮かべ、そして、ゆっくりとアステルを持ち上げた。
「ちょ、……え?」
「おぉ、お姫様抱っこだ」
「随分と軽いな……。ちゃんと食べているか?」
「え? た、食べてます」
「そうか、ならいいんだが……。フェリスは俺の背中に乗れ」
「はぁい」
ひょいっと、軽やかにラセツの背に乗り、ぎゅっと捕まった。
「すまないが、馬を頼む」
ラセツが鬼の部下へと言い。そして――
「しっかり捕まってろ」
「ちょ、ちょっと――」
ラセツが地を踏み抜いた瞬間、視界が爆ぜた。
実際にアステルも鬼属性の魔力を用いて、身体能力強化を使った事がある。しかし、その時よりも遥かに速い。
人よりも強固な鬼が扱う、本物の身体能力強化。
目を開ける余裕などなく、重たい風圧を感じる。しかし、その重さだけでとてつもない速度だと肌で感じる。
「おお! はやぁい!」
現在。風を全力で楽しむフェリスの顔は輝いていた。
「アステル! フェリス! 前にいる妖怪の群れ頼めるか」
「はぁい」
「わかりま――」
アステルは瞼を上げた。
しかし、経験した事がないような速度で過ぎ去る景色を見て、再び瞼をぎゅっと閉じた。
自分自身の意思で動くならまだしも、抱えられて動くのは話が違った。
「アステルは何もしなくてもいいよ。町の外だから制限なく魔術使えるからね」
ラセツの頭越しに、瞼をギュッと力強く閉じているアステルを見て、フェリスが優しく言った。
「ご、ごめん……」
「誰だって怖いものはある、しかし、落とすなんて事はしない。安心してくれ」
「は、はい。……ごめんなさい」
ギュッと閉ざされた瞼の裏側。暗く、何も見えない。
しかし、前の方向から爆発音が確かに、耳に入ってくる。
フェリスが広範囲魔術で魔物の群れを制圧しているのだろう。
音が、音だけが明確に聞こえる。
―― 通りゃんせ、通りゃんせ
歌……?
爆発音の奥深く、その歌は微かに、しかし、確かに聞こえた。
「魔物多いねえ」
「だが、道を切り開いてくれて助かる」
二人には聞こえていないようだ。
アステルは固く閉ざしていた瞼を開けた。
その瞳に映るのは幾つもの赤い門、鳥居だ。そして、それは逆さまだ。
―― ここはどこの、細道じゃ
「ちょっと、止まってください!」
「どうした?」
ズザーっと音を立て、流れていた景色が立ち止まった。
しかし、周囲を見ても。先ほどまで見えていた鳥居はない。
「鳥居があったのに……」
「鳥居? ここにはないぞ」
「ない……?」
じゃあ、さっき見えた鳥居は?
「歌は聞こえないですか?」
「え、歌?」
アステルの言葉を聞き、フェリスの獣耳がピクッと微かに動いた。
―― 天神様の、細道じゃ
「確かに聞こえるね……」
「通りゃんせか?」
今度は二人にも聞こえたようだ。
「通りゃんせ?」
「用があるなら通るがいい、しかし、帰りは保証しない。そんな童歌だ」
「逆さまの鳥居ってどんな意味がありますか?」
「逆さまの鳥居?」
アステルの問いにラセツが喉を唸らせ、しばらくして答えを出した。
「鳥居は神聖な門だ。それが逆となれば、当然良いものではないだろうな」
ラセツの重々しい言葉が、夜の静寂に沈んでいく。
―― ちょっと通して、下しゃんせ
「ええ……」
地中からゆっくりと、逆さまの鳥居が姿を現した。
しかし、鳥居の中と外。景色が繋がっていない。
そして、ゆっくりと、その世界から魔物がカグラへと足を踏み入れる。
―― 御用の無いもの、通しゃせぬ
「次の百鬼夜行の予兆のようだな」
ラセツがゆっくりと、アステルとフェリスを降ろした。
地に足がつき、少しだけホッとするアステル。
しかし、目の前には巨大な蜘蛛の魔物。
その奥には、白い紙のような何かが漂っていった。
「ただでさえ気持ち悪いのに、大きいと更に気持ち悪いね……」
フェリスがぶるぶると身体を震わせた。
―― この子の七つの、お祝いに
迫りくる、蜘蛛をラセツが切り裂いた。
しかし、その身体をすぐに再生され、再び立ち上がる。
代わりに、白い紙のような何かに少しだけ切れ目が入っていた。
―― お札を納めに、まいります
鳥居からは止めどなく、魔物が現れる。
―― 行きはよいよい、帰りはこわい
「どうしようか……」
気付けば囲まれている。
付喪神の群れ、そして、巨大な蜘蛛と白い紙。
月明りの下で、アステルの手には、黎明色の魔力の剣が握られていた。
―― こわいながらも、通りゃんせ、通りゃんせ




