40話 後ろの正面
馬車に乗り、都に向かう道中に陽が暮れ、アステル達は宿泊の為小さな町へ訪れ、宿で休んでいた。
「ふへぇ……暖まるぅ……」
温泉に浸かり、液体のようにフェリスがリラックスしていた。
この世界に来てから、野営ばかりで川で水浴びをする程度だった。湯舟に浸かるどころか冷水で身体を洗う日々だ。やはり、お湯は良い。
「この世界は食べ物も美味しいし、温泉は気持ち良いしでいいところだねぇ……」
「そうだね」
いつか温泉と同化するのではないかと、心配になる程にどんどん溶けていくフェリスを見て、アステルは微笑みながら頷いた。
「このお湯なんか効能あるって書いてあったよ」
「効能?」
「うん、美容健康長寿疲労回復不老不死って色々書いてた」
「……そうなんだ」
……不老不死?
呪文のように述べられた効能にアステルは首を傾げた。
「まあ、流石に盛ってると思うけどねぇ」
あははと笑いながらフェリスは言った。
「不老不死なんてないからね」
「あはは、だよねぇ」
ちゃぷちゃぴと湯舟の中で、フェリスの尻尾が楽しそうに揺れ動いた。
ゆっくりと湯舟に浸かり、用意されていた浴衣に着替え、月明りが差す廊下を二人は歩いていた。
静かな廊下に、カチ、カチ、と宿の古い柱時計が時を刻む音だけが響く。
隣で歩くフェリスの猫の耳が一瞬ピクッと動き、立ち止まった。
「どうしたの?」
アステルも足を止め、フェリスを見た。
「なんか、聞こえない?」
そう言われ、アステルも耳を澄ませるが、聞こえてくるのは時計の音のみ。
「なにも……?」
アステルは首を傾げた。
フェリスは獣の亜人だ。純粋な人間である、アステルよりも聴覚が優れている。
「なんか歌? ……子供みたいな、でも。大人みたいな声。だけど、なんか雑音が混じってる感じがする」
「雑音? ……どんな歌?」
「んー、……かーごめ、かーごめ……?」
しかし、アステルに聞こえるのは時計が時を刻む音だけだ。
夜も更けている、外で子供が歌っているとは思えない。だとするならば、宿の中が音の発信源のはず、だが、アステルには何も聞こえていない。
フェリスがずっと、んー。っと唸っている。
「気になるなら探してみようか。外?」
雑音混じりの歌が聞こえ続けるのは不愉快な筈。できれば解消してあげたい。
「多分、外かなぁ……?」
そうして、アステル達は宿から出て、夜の町を歩きだした。
月明りに照らされ、灰色の長髪が風で靡く。普段はローブを着ているせいか、浴衣だと風をよく感じる。
フェリスが前を歩き、音が聞こえる方へとアステルを導く。
「んー……、聞こえない?」
「なにも……」
フェリスは歩き続け、気付けば、町の外へと続く門まで来ていた。
「結構近いと思うんだけどなぁ……」
フェリスがそう呟き、首を傾げた。
カラン、カラン、と乾いた木のような音が響いた。
―― かごめ、かごめ
「聞こえたけど……」
アステルが門の奥を見つめた。
カラン、カラン、と下駄を鳴らし、傘等の道具に目が付いた魔物が徐々に近づいて来ていた。
破れた傘、古びた提灯。多様な道具。しかし、ただの道具ではなく、意思を持った生き物かのように、ゆっくりと、下駄を鳴らし近づいてくる。
―― 籠の中の鳥は、いついつ出やる
子供とも大人とも取れる、雑音混じりの歌声。
しかし、はっきりと聞こえる。不気味な歌声。
カラン、カラン。
下駄の音が止まる。
魔物たちの群れが、ピタリと動きを止め、ギョロリと、その目をアステル達へ向けた。
―― 後ろの正面、だあれ?
「アステル!」
月明りを遮る巨大な影に反応し、二人は振り返ると、巨大な何かが大太刀を振りかぶっていた。
振り下ろされた大太刀は大地を揺るがし、轟音を響かせた。
「ぐっ……!?」
間一髪で魔力で防御壁を作り防いだが、強烈な不意打ちによってアステルとフェリスは吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられた。
「フェリス、大丈夫?」
「う、うん……」
ゆっくりと立ち上がる。
土煙が晴れ、現れるのは巨大な骸の武者。その身体には幾つもの血塗れの刀、砕けた鎧、破れた旗。
カラン、カラン、と魔物達が門を潜り。町へと足を踏み入れる。
アステルは黎明色の魔力で剣を生成し、フェリスはナイフを抜いた。
「……行こうか」
骸の武者を囲うように、魔物が町へと雪崩れ込んでくる。
幾多の魔物をアステルが切り伏せ、フェリスが町に被害が出ない、最小限の出力で魔術を放ち一掃していく。
しかし、数が減るどころか増え続けていた。
「キリがない……!」
恐らく中央に鎮座する骸の武者が核だ。しかし、近づけない。
数の多さに苦戦をするアステル達の耳に、一つの声が響いた。
ワンッ。
振り向くとそこには、アージェントウルフのシルヴィ、そして。ラセツだ。
「シルヴィとラセツさん」
シルヴィの牙と爪が魔物を切り裂き、ラセツが刀を抜き、鬼属性の魔力で強化された身体能力で一網打尽にしていく。
「ええ……、すご……」
フェリスがラセツを見て引いた。
改めて対戦の申し出を断っておいて正解だった。アステルは思った。
それほどに、ラセツの力は強大だ。
数の劣勢は変わらない。しかし、シルヴィとラセツの加勢は状況を一変させた。
「雑魚は任せろ。がしゃどくろを狙え!」
「が、がしゃどくろ?」
「あの中央にいる骸骨だ」
ああ……。とフェリスが頷いた。
アステルとフェリス、シルヴィは魔物の群れを駆けて行った。
ラセツが魔物を引き付けてくれているおかげで、分散され突き進むことが出来るようになっていた。
「シルヴィ!」
アステルはシルヴィの背に飛び乗り、詠唱を始めた。
イメージは町への被害が出ない、必要最小限且つ、巨体を貫く物。
迫りくる魔物の群れをフェリスとシルヴィが倒していく。
そうして、がしゃどくろの目の前までたどり着いた。
大太刀を振り上げ、勢いよく振り下ろされた一撃を掻い潜り、シルヴィはがしゃどくろの背後を取った。
アステルはおもむろに右手をその背に伸ばした。
「お返ししないとね。……後ろの正面、誰?」
指をスナップさせ、乾いた音が響いた。
その瞬間、黎明色の魔法陣ががしゃどくろの足元に生成され。巨大な剣が突き刺さった。
がしゃどくろは灰のように崩れていく。
それと同時に、町へ雪崩込もうとしていた魔物の群れも、糸が切れた人形のように、転がり、次々と霧散していった。
「付喪神とはな……」
刀を鞘に仕舞い、ラセツが歩み寄ってくる。
「付喪神?」
アステルとフェリスが首を傾げた。
「ああ、俺も初めてみたが……。まずいかも知れない」
「どうまずいの?」
考え込むラセツにフェリスが聞いた。
「付喪神は大昔の妖怪なんだ。そして、それの出現は百鬼夜行の前触れを意味する」
月明りに照らされたアステルの灰色の長髪が、静けさを戻した町の中で、静かな風によって靡いた。




