39話 都への轍
アステル達は茶屋で腹を満たした後、ラセツの先導で人里の境界へと差し掛かっていた。
門をくぐる直前、アステルはシルヴィの背に乗るヒスイを抱き上げ、地面へと降ろし、優しく頭を撫でた。
「ありがとうね」
アステルが優しい声音で言うと、ヒスイは短く鳴き、光り輝き、その姿を消した。
「都ってどのぐらい距離があるの?」
その様子を見つめながら、フェリスがラセツに聞いた。
「ここからだと歩いて七日程だ」
「七日かぁ……、めんどくさいなぁ」
ラセツの言葉にフェリスが肩を落とした。
そんなフェリスを見て、フッと笑った後、一つの方向を指差した。
「馬車を使えば四日で着く」
「おお、気が利くんだねぇ」
ラセツが指を差した場所には、馬車があった。要人用なのか、しっかりとした作りの馬車だ。
馬車の傍には先ほど、食い逃げ犯を連行していった鬼が二人。
ラセツが近付くと、鬼達は深々と頭を下げ、客室の扉を開けた。
しかし、ラセツは先に乗り込む事はしなかった。扉の横へ僅かに身体を引き、アステル達へ向けて、静かに室内へ促すように手を差し出した。
「へえ、レディーファーストって奴?」
フェリスがからかい気味に尋ねると、ラセツは表情を崩すことなく、短く応じた。
「紳士の嗜みだからな」
「ごくろうさまぁ」
そう言いながらフェリスは車内へと入っていった。
アステルはシルヴィを見て、シルヴィに先に入るように促した。
「ありがとうございます」
車内へ入る直前、ラセツを見て。礼を伝え、足を踏み入れた。
最後にラセツが乗り込むと、扉が閉まる。
御者席からの短い合図と共に、馬車がゆっくりと動き出した。
規則的な蹄の音と、車輪の振動を感じる。
隣に座るフェリスは、流れていく景色を眺め、シルヴィはアステルの足元で丸まっていた。
「私達を城に連行してどうするんですか?」
アステルは単刀直入に目的を聞いた。
故意ではないにしろ、黒龍をこの世界に紛れ込ませた。
その罪人の連行としては、拘束もされていなければ、扱いも客人を持て成すようなものだ。
「さあな……。俺は鈴鹿様からのご命令で動いているだけだ」
「スズカ様ねぇ……、どんな人なの?」
「どんな人……?」
フェリスからの質問に、ラセツが喉を唸らせながら悩みだした。
「一言で言うのは難しいな。俺が最も尊敬する人でもあり、苦手な人でもある」
「苦手?」
アステルが首を傾げた。
「ああ……。カグラの統治者になる程の器を持ち、剣の腕前も今のカグラの中では最上位に値するだろう。しかし、自由奔放でな。よく城から姿を消し、町で子供達に混じって遊んでる事が多い」
アステルはある人物を思い出した。そう、彼女の師。ライラだ。
最も尊敬する人物であり、性格はおちゃらけているが、彼女が知る。最も強い人間。
よく振り回せ、困らされた記憶が蘇り、同情の気持ちが沸き上がる。
「へえ……。なんか先生みたいだね」
同じことを思ったのか、フェリスが零した。
「先生? お前達のか?」
「そうそう、魔術の腕前とかはめちゃくちゃ凄いし、町の人達から凄い頼りにされてるけど、性格が何ていうか適当で、アステルを困らせてよくエドナや酒童に怒られてたんだよ」
「そうか……。お前達も大変だったんだな。しかし、酒童とはどんな人物だ?」
フェリスの言葉に同情しながらも、ラセツは酒童という名に引っ掛かる。
「え? 私達の剣術の先生のおじいちゃんだよ」
「おじいちゃん?」
「うん、修行終わった後お菓子とかくれたよ。修行中は厳しいけど、それ以外の時はおじいちゃんって感じだった」
ラセツはムムっと眉を顰めて考え出した。
「違うのか……?」
小さくそう呟き、悩むラセツを見て。アステルとフェリスは首を傾げた。
「どうしたんですか?」
「いや、すまない。その酒童という名のご老人を知っている気がしたんだ。ちなみに人か?」
「鬼の亜人です」
その言葉を聞いて再びラセツは唸り出した。
「いや、しかし。おじいちゃん等と呼ばれる事を許す訳もないし……。修行後にお菓子など……」
ラセツは腕を組み、ぶつぶつと独り言を漏らした。
そして、しばらくした後顔を上げた。
「すまない。恐らく人違いだろう。俺の知っているお方とかけ離れている」
「そうですか?」
「どんな人と間違えたの?」
「かつては鬼神と恐れられたお方だ。スズカ様の剣術指南役でもあったが、数百年か前に姿を消したんだ」
鬼神。河童の里でナガレから聞いた。
刀一本で幾千の鬼を切った鬼だ。
「確かに怒ると怖いけど、鬼神って感じしなかったから違うんじゃないかなぁ?」
「そうか……。しかし、鬼から剣術指南を受けたという事は、剣の腕は相当なものなのだろう。是非とも、手合わせを願いたいものだな」
「いやいや、私は魔術師だし。剣はそこまでだから」
「私も剣士じゃないので、遠慮しておきます」
顔を輝かせ、グッと拳を握っていたラセツだったが、二人から断られ、肩を落とした。
「そうか……。残念だ」
残念そうなラセツを見て、少しだけ申し訳なくなるが、鬼であるラセツの期待に応えられるとは到底思えない。断っておいて正解だろう。
アステルは車内で揺られながら、窓から外を眺めた。
目に映る景色は全て目新しく、見ているだけで楽しめる。
意図せず、この世界に来た。しかし、異なる文化や食事。全てが楽しいと感じていた。




