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38話 ラセツ

 シリウスと別れて次の日、アステル達は人里へとたどり着いていた。

 身に纏っている服はアステル達と全然違う。

 確か、和服。酒童が来ていた服と同類のものだろう。


「私達の世界と建物とか全然違うねぇ」

 きょろきょろと周りを見ながらフェリスが呟いた。

 急勾配な瓦屋根、繊細に組まれた木の柱、扉や窓には白い紙が丁寧に貼られている。

 

 こういう建築様式は、フォレスティの小さな国でもあると言われているが、実際に目にするのは初めてだ。

 異国情緒という奴だろうか。それを感じる。


 行き交う人々はアステルと同じような、人間も多い。しかし、その中には鬼もいる。鬼幻界カグラに来たのだと、改めて実感する。

 そして、彼等の腰には反り返った剣。刀を携えてる人達もいた。


「どうする?」

 フェリスが首を傾げた。

 情報を求めるなら、店を訪ねるべきだろう。しかし、アステル達はこの世界のお金を持っていない。となれば、仕事を紹介してくれる場所で情報を得た方が、反感は買わない。


 だが、どれがその建物なのか見当もつかない。

「見て回ろうか」

 立っていた所でなにも解決はしない為、歩く事にした。


 すれ違う度に物珍しそうに見られる。漆黒のローブを着ているアステルがよほど目立つらしい。

 茶屋と書かれた建物を通ろうとしたとき、一人の男が勢いよく飛び出し、走り去っていく。

「食い逃げ! 捕まえて!」

 女性が慌てて飛び出し、そう叫んだ。


 鬼属性による身体能力強化を受けている食い逃げ犯の姿が、どんどん小さくなっていく。


「丁度いいね」

「なにが?」

 アステルが甲羅の欠片を握り、魔力を込め。ヒスイを召喚した。

 キュッ。と鳴くヒスイを抱え上げ、自身のフードに入れた。


「捕まっててね」

 朱色の魔力がアステルを包み、やがて。ドッと土煙を上げ。フェリスの前からアステルの姿が消えるような速さで遠くなっていく。

「はや……」


 灰色の長髪と、漆黒のローブを靡かせ。人混みを縫うように駆けていく。

 鬼属性の身体能力強化。思っていた以上に強力だ。これが、まだ子供の魔力で大した効果ではないというのが信じられない。

 

 確かに、これがもっと強大な魔力を持つ物と契約し、その鬼属性の魔力を使えば、人の身体は持たないだろう。

 しかし、食い逃げ犯も鬼属性で強化されいる。中々、追いつけないうえに、筋肉が軋むのを感じる。


 アステルは脚に力を入れ、高く飛び上がる。通常よりも遥かに高い跳躍、それに合わせ、指をスナップさせ。風の魔力を爆発させた。

 弾丸のように人々の頭上を飛び、そして、食い逃げ犯を押し倒すように着地した。

「捕まえた」


 アステルは魔力で作ったナイフを男の首元に突き付けた。

 鬼属性の身体能力強化を解くと、身体に重りを括りつけられたかのような気怠さを感じた。

「は、はなせ!」

「う、動かないで!」


 無属性の魔力による身体能力強化が常にあるとはいえ、鬼の強化を受けた男に力負けしそうになる。

「そこまでだ」

 一人の鬼が近寄り、刀を抜き、男へと突きつけた。


「な!? くそ……」

 男はその鬼の姿を見るや否や、諦めたようにうなだれた。

 その鬼の姿は、周囲の鬼よりも上位といえる。酒童と同じ、人に限りなく近しい姿をした鬼の亜人。


「この男を捕らえろ」

 鬼の亜人がそういうと、鬼が二人程近寄り、アステルの代わりに拘束した。

 アステルは立ち上がり、ナイフを消し。服を払った。


「見事な身のこなしだった」

「え? ……ありがとうございます」

 不意に褒められ、困惑しながら礼を言う。


「アステルー」

 振り向くと、人込みの中を小走りしながらフェリスとシルヴィの姿が見えた。

「うへぇ、つかれたぁ……。お、誰?」

 ようやく辿り着いた彼女は、膝に手をついて大袈裟に肩を上下させながら、目の前にいる鬼の亜人を見て首を傾げた。


「俺は鈴鹿様にお仕えする、羅刹だ」

「私はアステル、この子はフェリスです」


 鈴鹿、鬼の姫様だ。

「その恰好……。異邦人か?」

 ラセツの鋭い眼光が、アステルとフェリスを見定めるように見た。

 間違いなく、この男は強いと。アステルの本能が察している。


「その男を屯所へ運んでおけ」

 ラセツが鬼たちへそう告げると、「はっ」と短く返事をし、男を連れて行った。


「思わぬ所で探し人に出会った。先ほどの茶屋で少し話を聞きたい」

「探し人?」

 アステルは首を傾げた。

 先ほどの茶屋。男が食い逃げした店の事だろう。あの場所に、ラセツも居たということだ。


「私達お金ないです」

 アステルが素直に言うと、フッと静かに笑った。

「あの男を捕らえた礼だ。代金は出そう」

「お、本当? いいことはするもんだねぇ」


 パッと顔を輝かせるフェリスを見て、アステルは微笑んだ。そして、歩き出したラセツの後ろを追っていく。


 先ほどの茶屋に戻り、入ってすぐに店主の女性へとラセツが近づいた。

「食い逃げ犯は捕らえた。後日、代金が支払われるだろう」

「ありがとうございます! ラセツ様」

 ラセツ様、地位が高いのか。


「礼はその娘にするといい。捕まえたのはその娘だ」

「ありがとうございます! サービスしますので、ぜひ食べて行ってください」

「おお! やっぱりいいことするもんだねぇ」

 フェリスが再び顔を輝かせた。


 案内された席に座り、しばらくすると沢山の団子が運ばれてきた。

 ラセツのお礼の分と、店主からのお礼の分だろう。

 しかし、多すぎる。

 積みあがった団子を見て、困惑するアステルと、隣で喜ぶフェリス。


 何本かの団子を手に取り、串から抜き、別皿に乗せシルヴィに与え。団子一つをシルヴィの背中に乗るヒスイへと与えた。

「詰らせないように食べてね」

 キュッ。ワフッ。と鳴き。団子を食べ始めた。


 そして、それをラセツが鋭い眼光で見つめていた。

「その者どもはお前にとってなんだ?」

「え? ……。仲間……家族です」

 その言葉にラセツは微笑んだ。


「そうか、召喚術師というのは好かんが、お前みたいなのもいるのだな」

 きっと、隷属契約をする召喚術師の事だろう。

 奴隷として扱う現代の召喚術師に対し、良い印象を持たないのは当然の事だ。

「しかし、探し人がお前みたいな召喚術師だったとはな。少し考えが違ったようだ」


 そういえばと、さっきも探し人と言っていた事を思い出した。

 ラセツが探していた。いうならば、この世界の姫。鈴鹿が探しているということだ。


「あの、なんで私達を探していたんですか?」

 隣で団子を頬張るフェリスを置いて、アステルは尋ねた。

 そして、ラセツが湯呑に入れられたお茶を呑んだ。


「数日前に、この世界に何かが迷い込んだ。それはお前達だな?」

「はい」

 アステルが頷くのを確認して、ラセツは言葉を続けた。

「それでは、同時期にこの世界に出現した黒龍との関係は?」


 アステルは息を飲み、フェリスの団子を食べる手も止まった。

 考えてみればそうだ。

 パンドラの扉に現れた黒龍を強制送還する為に、アステル達は強制送還術を使い、それに巻き込まれこの世界に来た。


 本来、その送還術は魔力が最も高い存在の帰る場所に送られる。

 黒龍に使った事で、黒龍の世界。魔界に送られると思っていたが、フォレスティの世界の意思。ミュトスが介入した。

 

 その時点で、最も魔力が高い存在はミュトスになり、魔界ではなく、鬼幻界カグラに転移した。そうすると、黒龍もこの世界に来ていておかしくはない。

 しかし、どうしてミュトスが介入した事によって、カグラに送られたのだろうか?

 ミュトスはカグラ出身なのだろうか?


「関係はない。ということはなさそうだな」

 考え込むアステルと、手が止まったフェリスを見てラセツが言った。

 そして、ため息を一つ吐いた。

「悪いが、城までご同行願おうか」


 抵抗する理由もない、都まで行けるならばついていくべきだ。

 それに、カイン達にもおそらく、同じように近づく人物がいるはず。

 逆に利用させてもらおう。


「わかりました」

「そうか。抵抗しないなら、手荒な真似はしないで済む」


 そしてラセツは団子を一つ手に取り、頬張る。

「気にせず食べると良い。別に敵対しようって訳じゃない」

 アステルとフェリスが見つめ合う。

 そして、アステルが団子を取り、フェリスもまた。団子を食べ始めた。

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