35.5話 白夜
目が覚めると、雪原だった。
「ええ……。どこだよ……」
周りを見渡しても、誰もいない。
アステルやシリウス、フェリスもいない。完全なる孤独。
吐き出す息が白く、あまりの寒さに身が勝手に震えだす。
「アステルさーん、シリウスさーん。フェリスー?」
静かに木霊する。
死んでいると思われて置いて行かれたのだろうか?
そんな不安が過るが、そんな訳ない。とカインは頭を左右に激しく振った。
周りを見ても雪、右を見ても、左を見ても雪。下も雪で、上も雪……。空だ。
澄み渡るような青空だ。
「ハックション! ……さみぃ」
さて、どうしたものか。
完全に知らない土地。ずっと住んできた町ホドと、その周りにある森にしか出た事がないカインにとって、ここからどうするべきか中々思いつかない。
「とりあえず、歩いてみるか」
ギュっと、雪を踏みしめた。
暫く何もない雪原を歩いていると、桜が生い茂る森へと辿り着いた。
「おお、綺麗だな」
ぼそっと驚嘆の声が漏れる。
しかし、綺麗な景色を見たところで、体温が上がったりはしない。
カインは桜を見上げながら身を震わせた。
森の中を歩き続ける。雪に吸音されているのか、怖さを感じる程に静寂が広がり、カインが踏みしめる雪の音だけが、世界に取り残される。
「夜になったらもっと寒いよな……?」
とすればだ、どうにか火を起こすべきだ。
場所と乾いた木を見つける事を優先しよう。
周囲をよく見渡しながら森の中を歩いていくと、運がいいことに洞穴を見つけた。
「お、ラッキー」
雪を踏みしめ、近付いていき、洞穴の中へと入る。
しかし、そこには先客。大きな熊がいた。
「うおぉおお、熊ぁ!?」
洞穴の中にカインの声が響き、同時に熊の咆哮が響く。
巨体を四本脚で支え、全速力で走ってくる熊。
カインは腰に携えた剣を抜いた。
熊はカインの目の前で二本の脚で立ち上がり、鋭い爪が生えた前足を振り上げ、そして勢いよく振り下ろし、地面を揺るがした。
間一髪のところでカインは横に飛び、その爪を回避した。
寒さで身体が凍ったかのように、思うように動けない。
「くそっ、何がラッキーだよ」
先ほどまでの能天気な自分をぶん殴ってやりたい。
だが、カインはアステル達三人に二年間も鍛えてもらった。
そして、この熊はアステル達よりも比べる間もなく愚鈍だ。
「良いハンデって所だな」
カインは起き上がり、雪を払い、固まった肩を回した。
幾分か、柔らかくなったような気がする。……知らないけど。
熊はカインへと身体を向け、再びその爪を振り上げ、振り下ろす。
振り下ろされた脚は、飛ばされ。血飛沫を上げていた。
「同じ行動は連続でするなって。アステルさんが言ってたぞ」
カインの手に持つ剣から血が滴り落ちる。
熊は身を悶え、後ずさりをした。
追い打ちをかけるように、カインは懐に入り込み、その巨体を支える後ろ足の一本を切断し、胴体に斬撃を入れた。
熊は断末魔をあげ倒れ、やがて。洞穴の静寂が訪れる。
「ふっ……。丁度いい運動だったぜ」
剣を振り、血を払い。どや顔でそう口にした。
剣を鞘へと仕舞い。熊の死体を見つめた。
「食料は確保できたな。一周回ってラッキーだ」
次は火を起こす薪だ。
カインは周囲を探索し、立った枯れ木を探し、拝借した。そして、洞穴の中で石をかき集め、何とか火を起こした。
「はぁ……」
暖かい、身体が溶けていくような感覚。
パチパチと爆ぜる火に手を掲げながら、安堵の息を漏らした。
しかし、何か忘れている気がする。
アステルに何か言われていた気がするが、思い出せない。
火を見つめ、唸りながら考えていると。別の所から音が響く。
グゥー。
「……。飯にするか」
悩むのをやめ、カインは立ち上がり。熊の死体へと近づき、手を合わせた。
「ま、アステルさんが命を頂くなら大切にしろって。言ってたしな」
そして、剣を抜き。熊の解体を始めた。
陽が落ち始め、周囲が暗くなっていく。気温もどんどん低くなっていた。
早めに火を起こしていて、正解だった。
「どうするかなぁ……」
目の前で焼かれている熊肉を見つめながら、ぼやいた。
結局アステルに言われた事を思い出せないまま、時間が過ぎていた。
こんな雪原に人が住んでいるのだろうか。
「本当に、ラッキーなのか……?」
改めて思った。
本当に幸運ならば、もっと過ごしやすく、人が居そうな所で起きるのでは?
そう思う。
「はぁあああ……」
あまりにも大きなため息が、静かな洞穴の中に響いた。
良い具合に焼けた熊肉を一つ持ち上げ、見つめた。
「とりあえず、食うか」
考えるのをやめ、カインは肉を頬張る。
「硬いな……」
食えるだけまし。そもそも、命を頂いている。おいしさとか、柔らかさとか求めはしない。しかし、カインは眉を顰め溜息を吐きながら肉を食べ続けた。
きっと、この姿をアステルに見られたら怒られるだろうな。
そんな事を考え、肉を食べ続けた。




