34話 星の歩む道
アステル達は準備を整えて、家の前に居た。
時刻は昼前。パンドラの扉に辿り着くのは、丁度日暮れ頃だろう。
扉に鍵を掛け、アステルは振り向き、カインを見た。
「カイン、これ」
懐から白い毛で作られたチャームをカインに渡した。
「なんすか、これ」
チャームは召喚獣を呼び出す為の道具だ。
「チャームだよ」
カインはおもむろに匂いを嗅いだ。
「フュンフの時は獣臭がちょっとあったけど、これはしないですね。お日様みたいな良い匂いする」
「まあ、アージェントウルフの毛と比べたらね」
「で、どんな召喚獣なんですか?」
カインは首を傾げた。
「ここにいるよ」
カインは白い毛のチャームを見て、アステルを見た。そして、シリウス、フェリスと順に視線を移した後、瞬時にシリウスへと視線は戻った。
白い長髪、白い犬耳、白い尻尾。どことなく、チャームの毛色と似ている。しかし、髪とは質感が違う。
シリウスとカインの目が合うと、シリウスが微笑んだ。
「シリウスさんですか?」
「うん、シリウスの尻尾の毛で作ったチャーム。何があるか分からないからね。召喚できる様に持っておいて」
「いやいや、女性の尻尾の毛嗅いで良い匂いするとか変態じゃないですか!? 早く言ってくださいよ」
「匂いを嗅ぐとは思ってなかったから」
アステルとカインがシリウスの方を見た。
すると、彼女は微笑み。
「気にしないで大丈夫だよ。変な臭いじゃなくてよかった」
「す、すみません、他意は本当にないんです」
「カインって変態なんだねぇ」
フェリスがカインを揶揄う。
「ぬぅわぁ!? 硬派で誠実なアステルさんみたいな人を目指してるんだ! 変態じゃない!」
「いや、カインにはもう無理だよ」
フェリスが呆れながら言った。そんな、言い合う二人を見て、アステルは苦笑いをした。
そんなアステルに近寄る三人の影。
「おい、女」
振り向くと、エイブル達三人だ。
「見送りに来たの?」
アステルが首を傾げた。
「ばっ、馬鹿! 見送りに来たわけじゃない!」
「うわぁ、すごいテンプレツンデレ」
ティアが口を漏らした。
「実際、町を見て回ってた時に偶々、アステルさん達が見えたから来ただけだしな」
テラが言った。
「確かに、兄さんの言う通りだけど、エイブルの首がねじ切れそうなくらいアステルさんを凝視してたから、見送りはしたかったんじゃないかな」
「それだと俺がこの女を意識してるみたいじゃないか!?」
ビシッとエイブルの指がアステルを差した。
「ええ? 違うの?」
ティアがわざとらしく聞いた。
「違う! 断じて違う! 眼中になさ過ぎて、あの女が姿が見えんわ! 行くぞ!」
一人どすどすと力強く立ち去っていく。
その姿を見て、ティアとテラは苦笑いをしていた。
「悪いなアステルさん。あいつに悪気はないんだ」
「アステルさんはあいつの家が結構有名だって知ってますか?」
ティアの問いに、アステルは考え始め、そして。思い出す
「確か、国で一番強いギルドの弟って言ってた気がします」
初めて出会ったときに、そう言っていたのを思い出した。
「はい、ですが。七年前に絶縁状態らしいんです」
「詳しくは話してくれないが、ワイバーンを勝手に持ち出した事、そして、召喚して暴走状態にした事。なにより、同い年の少女、アステルさんに敵わなかった事。それが反感を買ったらしい」
「そうですか」
興味がなかったとはいえ、自分のせいで家族から絶縁されているとは思いもしなかった。
「だけど、それで吹っ切れたのか。アステルさんを見た事による影響か。隷属契約で地位を築いた家族と真逆、友愛の契約で強くなろうとしてるんです。常にアステルさんを意識して、日々鍛錬してるんですよ」
「あいつの事はガキの頃から知ってはいたが、アステルさんが当時見たように良い印象がない。言ってしまえばクソガキだ。召喚獣に対する態度も他よりも酷かった」
「そうそう、冒険者学校で見た時びっくりしました。常に上を目指して、成績は主席。だけど、子供の頃を知っていたみんなは、誰もエイブルには近づかなかったんです」
「だけど、あなた達兄妹はあいつとパーティーを組んでるんですよね?」
ティアとテラは苦笑いをした。
「私達兄妹は成績が下の方だったので、訓練の際、誰も組んでくれなかったんです」
「それであまりものだった俺たちは組む事になった」
アステルは首を傾げた。
二人が成績が悪い方だとは到底思えなかったからだ。
「私達は隷属契約を良く思ってなくて、そのせいで契約が出来なく、成績が伸び悩んでいたんです。だけど、エイブルは分からないことは教えてくれたりで結構いいやつなんですよ」
「意外ですね。あいつが教え上手とは思えないです」
そうアステルが言うと、二人は笑い出した。
「あいつがああなるのはアステルさんの前だけだ」
「絶対に負けられないライバルなんですよ、あいつにとってのアステルさんは」
「おい! 何してんだ! そんな女放っておけ!」
遠くでエイブルが大声を出している。
三人は苦笑いをした。
「それじゃあ、お互い頑張りましょうね」
ティアが手を振りながら去っていく。
「アステルさんの事眼中になくて、見えないって言ってなかった?」
「うるせぇ!」
アステルはため息を吐き、シリウス達三人の方へ身体を向ける。
気付けば、彼女達は真っすぐ、アステルを見つめていた。
「行こうか」
パンドラの扉へと向かう森の中。既に陽が落ち始め、赤い月が徐々に姿を現していた。
魔力の活性化により、狂暴化した魔物達がアステル達の道を阻むが、容赦なく切り捨てて行く。
そうして、幾多の屍を作り、アステル達は辿り着く。
パンドラの扉。魔界への転移門がある、寂れた神殿へ。
神殿の中から微かに、黒い光が漏れ出していた。
間違いなく、パンドラの扉が作用している。
神殿の重い扉を開け、アステル達は中へと踏み込んだ。
転移の紋章が黒く、光り輝き、その中央には人のような黒い影が二つ。
「あれ? この世界の人? 来るの早いね」
一人が軽々しい口調で言った。
「……誰?」
「ああ、僕達は――」
軽々しい口調の男の隣に立つ、仮面を付けた人物が、静かに剣を抜き。その剣先を、カインへと向けた。
そして、勢いよく走りだし、突如としてカインに切り掛かった。
「おわぁ! な、なんだよ!? いきなり!?」
咄嗟に剣を抜き、カインはそれを防いだ。
「あ、ああ。まあ、いいや」
もう一人の男は頭を掻いた。
仮面の猛攻は続き、カインは防戦している。
いきなり敵意を見せられたアステルは、左手で黎明色の魔力の剣を生成した。
「え!? すげぇ!?」
男はアステルの魔力の剣に驚愕した。
アステルは右手の指を鳴らし、風のブーストで一気に男との距離を詰め、切り掛かる。
「ちょ、ちょっと!? 僕はそういうのはちょっと!?」
「いきなり切りかかってきておいて、何言ってるの?」
「それはあいつが勝手に、おわぁ!」
男は悲鳴を上げながらアステルの斬撃を、何とか躱し続ける。
「しょうがない、時間稼ぎだ」
男が地面に手を着き、黒い魔力を流し込むと、転移の紋章から幾多の魔物が出現した。
「フェリス!」
「はぁい」
シリウスとフェリスはカインの援護をしていた。
しかし、魔物を呼び出されたのならばと、魔術師のフェリスを呼んだ。
フェリスの風の魔術が召喚された魔物を蹴散らしていく。
「ちょ、まじぃ? 時間稼ぎにもならないじゃん」
紋章からは絶えず、魔物が召喚され続けているが、フェリスが即時倒していく。
その光景をみて、男はため息を吐き。「しょうがない」と剣を抜いた。
「手加減してよね。お嬢さん」
アステルを見つめ、男は軽口を言う。しかし、アステルは無言を貫き、ただ。じっと見つめている。
そして、再びアステルが動き出した。
左手に持つ黎明色の魔力の剣を振るい、時々形を変化させた。
時には槍、時には斧、時には大剣。
「冗談きついって!?」
男は躱し、時には手にも剣で受け止めた。
変幻自在のアステルの前に、男は防戦一方だ。
そして、召喚される魔物の数も減り、気付けば仮面の男とこの男のみ。
「お、準備ができたみたいだ」
男はにやりと笑い、大きく後ろへと下がった。
そして、転移の紋章の中央に立つ。
「全てを燃やしつくす、怒りし龍よ! ってね」
その瞬間、紋章が強く光り輝き、徐々にその姿を現す。
禍々しい空気を纏う、黒い龍。
龍は咆哮と共に、黒い火炎を放った。それは、天井を焼き、崩壊させた。
「うはぁ、すげえ」
「龍……」
アステルが目の前に立ちはだかる龍を見つめた。
ライラが言っていた。龍種は相手にするなと、もし現れたらすぐに強制送還術の魔道具を使えと。
そして、強制送還術の注意点も言っていた。一定の距離内全ての生物を、その範囲内の最も魔力が高い生物の帰る場所へ送ると。
つまり、龍種に使った際は、即時に撤退。撤退しなければ、龍種の帰る場所。魔界へ送られる。
アステルは懐に入れていた、魔道具のナイフを握った。
「アステル! 出口が!?」
フェリスの声に反応し、アステルが神殿の出入り口を見た。
先程の龍の火炎によって、天井が崩落し、塞いでいた。
逃げ道はない。
「おーい、もう帰るよー」
男が仮面の男を呼んだ。
すると、仮面の男はカインを蹴り飛ばし男の元へ寄った。カインが吹っ飛ばされた先には、シリウスが居て、カインを受け止める。
やはり、一人で来るべきだった。
アステルはナイフを強く握った。
「残念だけど、お嬢さんたちはここまでだね」
私が一人で来れば、龍共々魔界に――
ここで龍を送還しなければ、アステル達はここで死に、龍は世界に解き放たれる。
龍を送還すれば、ここにいるみんな、魔界へ送られ。そこで、龍に殺される。
退避出来ない最悪を予見して、一人で来る事を強行していれば――
「一人で来ればよかったって思ってる?」
俯くアステルに優しい声でシリウスが問いかけた。
「私達は運命共同体でしょ? もちろん、カインもね」
「え? 俺も?」
「当たり前でしょ!」
フェリスとカインがアステルの隣でそんなやり取りをする。
「ま、まぁ。どこまでもついていきますよ。それが、魔界だろうと」
アステルのナイフを握る力が、少しだけ和らぎ、微かに微笑んだ。
「そっか」
アステルは懐からナイフを抜いた。
そのナイフには紋章が刻まれている。
「その、ナイフ……。強制送還術? そんな、アーティファクトなんで持ってんの!?」
わざとらしく驚いた後、「ちょっと待てよ?」と男は少し考えだした。
「それ使ったら確かに龍は送還される。けど、君たちも道連れだよね?」
「そうだよ、だから何?」
アステルが勢いよく、ナイフを地面に突き刺した。
その瞬間、ナイフに描かれていた紋章と同様の物が、神殿全体を蒼白く包んだ。
やがて、最も魔力が強い存在。龍に呼応するように、黒く澱んでいく。
魔界へと繋がる。
だが、アステルを中心に赤い花、彼岸花が咲き乱れ、アステルの中から一つの魔力の塊が零れ落ち。姿を変容した。
「約束を果たしましょうか」
九本の尻尾を持つ、女性。
「だれ?」
「お久しぶりです。アステル、そして。カインも」
「え? 誰だよ」
「私たちは確かに会っています。しかし、その記憶はないでしょうね。だけど、今回は覚えておいてください。我が名はミュトス」
「ミュトス……、世界の意思?」
「冗談だろ!? なんで世界の意思が介入してくんのさ!?」
先ほどまでの軽々しい口調を消え去り、男は叫んだ。
「アステルと約束しましたからね。この先に訪れる、一度の死は私が回避すると」
そんな約束全く覚えていない。
それどころか、ミュトスに会った記憶なんて一切ない。
困惑するアステルを置いて、ミュトスは手を広げた。
すると、黒く変容していた、光が朱色へと変化する。
「これから先、様々な困難が待ち受けるでしょう。しかし、貴女達なら乗り越えられますよ」
優しく、ミュトスが言った。
朱色の光はやがて、アステル達を吸い込み。
輝きが収まった神殿には、誰もいなかった。




