32話 夜の予兆
アステル達三人が、ホドに訪れてから二年の歳月が経っていた。
毎日の半日を掛け、パンドラの扉へと赴き。
毎日を修行や依頼に励み。
気付けば二年。時間の経過は早い。
町の人達との関係も良好で、半日が潰れる事以外、順風な生活を送れていると言ってもいいだろう。
パンドラの扉から戻ってきて、夕暮れ。
庭から聞こえてくる、木剣を打ち付ける音を耳にしながら、アステルは椅子で寛いでいた。
二年前はアステルの着ているローブのフードに入る程の大きさだった、アージェントウルフの子供、シルヴィも大分成長をしていて、今はアステルの腰ほどの大きさになっていた。
膝に上半身を乗せながら、尻尾を振るシルヴィの銀色の体毛をした身体を撫でる。
ふわふわな毛並み、ちゃんとお風呂に入れている為、匂いも良い。数少ないアステルの癒しの一つだ。
キィっと音を鳴らしながら扉が開かれる。
シリウスとフェリスが家の中に入ってくる。その後ろにはカインもいる。
「お疲れ様」
チラッと三人を見る。
三人とも二年の経過によって背が伸びた。もちろん、アステルだって伸びていた。
十七歳になった。アステル、シリウス、フェリスの顔つきも大人に近づいた。
三人はアステルの言葉に返事をして、それぞれ定位置となった椅子に座る。
そして、どんな修行をしたとか、どんな依頼をこなしたとか。そんな話をして、カインは帰る。
それが、アステル達の日常だ。
「それじゃ、俺は帰りますね」
「うん、また明日ね」
カインの敬語は二年前より良くなった。これも修行の賜物だろう。
カインが立ち上がり、扉へと歩いて行く。ドアノブに手を伸ばした時、何かを思い出したように振り向いた。
「おじさんが、明日アステルさんにお客さんが来るって言ってました」
「お客さん?」
アステルがシリウスとフェリスに目を向けても、二人とも思い当たる人物はいないらしく、首を傾げた。
「先生……。はないか。名前は聞いてるの?」
ライラがわざわざこんな所まで来るとは思えない。そうすると、ますます予想がつかない。
カインはその人物名を思い出そうとする。
そして、手をポンッと叩いた。
「確かサクソフォーンって名前だった気がします」
「サクソフォーン……?」
シリウスとフェリスに視線を向けても、首を傾げる。
そんな楽器みたいな名前の知り合いなんていただろうか?
「本当にそんな名前?」
「えっ。……マラカスかも知れないです」
「さっきと全然違うじゃん」
フェリスが呆れながら突っ込んだ。
「あれぇ……?」とカインが頭を抱えた。
そんなカインを見て、アステルが溜息を一つ吐いた。
「明日になればわかると思うけど。人の名前はちゃんと覚えないと、失礼だよ?」
「す、すみません」
シリウスは苦笑いをし、フェリスは呆れていた。
「じゃ、じゃあ。明日迎えに来るんで。失礼します」
「うん、じゃあね」
カインは頭を軽く下げ、出て行った。
「誰だろうね?」
カインを見送り、三人だけの空間になり。シリウスが口を開いた。
「サクソフォーンとかマラカスとか。そんな間違いするかねぇ」
フェリスが机に突っ伏しながらぼやいた。
「まあ、明日になればわかるよ。ごはんにしようか」
「今日の当番はフェリスだよね?」
「はぁい……」
フェリスは気怠そうに身体を起こし立ち上がり、キッチンへと歩いて行った。
そして、時が過ぎ。朝陽が昇ると、カインがやってきて、アステル達を町の広場へと案内した。
そこにはホドの町長をしているマーカスが居た。
「おじさん、連れてきたぞ」
「おお、みんなおはよう」
アステル、シリウス、フェリスは丁寧に「おはようございます」と頭を下げた。
「それで、客人って誰ですか?」
アステルがマーカスへと尋ねた。すると、彼は首を傾げる。
「カインから聞いてないのか?」
「サクソフォーンとかマラカスとか言ってましたが、そんな知り合いはいません」
「サクソフォーン……? マラカス……?」
マーカスは眉をひそめ、カインの方へ視線を向けた。カインは咄嗟に顔を逸らした。
「そんな名前ではない筈だが……。確か……」
マーカスは懐から封筒を取り出した。その封筒には、ギルドからの書状を意味するハンコが押されていた。
そして、封筒から一枚の紙を取り出した時。一つの声が響いた。
「探したぞ! 女ぁ!」
声のした方を見ると、そこには金髪の青年一人と少女と青年。そして、何人かの冒険者。
その姿を見て、アステルはため息を吐いた。
ドスドスと音が鳴りそうな程に力強く地を踏み、金髪の青年は近づいてくる。
「久しぶりだね。トロンボーンくん」
「だっ!お前はいつになったら俺の名前を覚えるんだよ!?」
あれ、違ったっけ?とアステルは首を傾げた。
青年の後ろの方では、申し訳なさそうにしている少女と青年。
「ティアさんとテラさんも、お久しぶりです」
アステルが軽く会釈すると、名前を覚えてもらえてたのが嬉しかったのか、パッと顔が明るくなり、会釈を返す。
「なんでそっちは覚えてんの!?」
「あまり、お話した事ないのに覚えててもらい光栄です」
ティアが丁寧に再び頭を下げた。
「俺らの世代でアステルさんは群を抜いていたからな。覚えてくれてるなんて思ってもいなかったよ」
テラが照れくさそうに頭を掻いた。
「おい!」
「群を抜いてたなんて買い被りすぎですよ」
アステルは喧しい金髪を放っておき、ティアとテラの元へ歩み寄って手を差し出した。
「ようこそ、ホドへ」
差し出された手を、ティアが握った。
「おい! 何無視してるんだよ!」
「まだ居たんだ。アコーディオンくん」
アステルはため息をまた吐いた。
そんな光景を見るカインとマーカスは呆気に取られている。
「エイブルだっていつも言ってるだろ!」
「そうだったね。エコベルくん」
「おお……? おい!」
一瞬、自身の名前を初めて呼んでくれたと思ったが、すぐに違う事に気付いた。
「それで、何しに来たの?」
その言葉を聞き、エイブルは咳払いをし、気を引き締めた。
「イェソドの報告と、女宛てにライラから伝言だ」
「イェソドと先生から伝言?」
イェソド。二年前に、ホドへ来る途中で通った街。
そこでは、子供や若い女性の行方不明事件が起きていた。ホドへ行くために、調査をできる程の滞在期間がなかった為、アステルはイェソドにあるギルド支部の女性、カレンにギルド本部に調査依頼を出す事を促していた。
その事件の報告という事だろう。
「イェソドの報告は?」
「二年間捜査した結果。わかった事は一つだ。街の衛兵はほぼ全てが傀儡だった」
「傀儡……か」
ホドとイェソドの中間に位置する町、レーシェ。そこでは死者蘇生を謳う宗教団体。ヘルメス教団がある。しかし、その実態は無機物の傀儡を幻術で操るというもの。
レーシェを訪れた際に、もしかして。と思っていたが、繋がっているのは確実だ。
「それで、解決はしたの? 行方不明者は?」
そう聞くとエイブルは首を横に振った。
「傀儡の衛兵達を尋問しても、口がないみたいに喋らないんです。生身の衛兵に聞いても、彼らがどこから来て、どこへ帰っているのか把握している人も居なくて」
ティアが答えた。それに、続くようにテラも口を開いた。
「だけど、それを不自然に思っていなかったみたいだ」
「幻術による認識阻害かな……。それ以外に何も進展はないんだよね?」
そうアステルが聞くと、ティアとテラが頷いた。
「そっか、それで。先生からの伝言って?」
何も情報がないのなら、これ以上話しても無意味だ。
早々に話題を切り、ライラからの伝言を聞く。
エイブルが重い口をゆっくりと開いた。
「パンドラの夜が来る」
全ての音が消え失せ、静寂と化した。




