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31話 遥か先の背中へ

 フェリスとカインの格の違いを見せる為の訓練から、数日が経っていた。

 アステルはフェリスとシリウスを交代で連れ、毎日パンドラの扉へと赴いていた。

 今日もまた、パンドラの扉へと向かうが、その前にカインを自宅に呼び出していた。


「はい、お茶」

 椅子に座るカインにお茶を淹れたマグカップを差し出すと、軽く頭を下げてくる。

 フェリスは相変わらず、机に突っ伏していて、それをシリウスがじっと見つめている。

「それで、なんか用すか?」


 お茶を飲み、カインが質問した。

「うん、まあね」と、アステルもまた椅子に座る。


「最近修行をちゃんと見てあげられてないけど、いい感じなの?」

 行き来するだけで半日が掛かるため、殆ど見られていないのが現状。シリウスやフェリスから、多少は話を聞いているが、本人から聞いておこうと思っていた。


「多分いい感じじゃないすか? いつもシリウスさんやフェリスにぼこぼこにされてるすけど」

「そっか」


 格の違いを数日前に見せられたというのに、フェリスに対しての接し方は変わっていないようだ。しかし、すでに一回見せた事によってすっきりしたのか、フェリスは気にしていない様子。


「それだけっすか?」

「まだあるよ。カインに依頼を受けて貰おうかと思って」

「依頼?」

 カインは首を傾げた。


「うん、依頼。私達もね、生活する為に稼がないといけないんだけど。私は毎日半日は時間取られるから厳しいんだ」

「え、俺が稼ぐんすか? な、なぜ……」

 当然の反応だろう。


 自分の為にじゃなく、血の繋がらない他人に対して稼ぐ。そんなの誰だって抵抗がある。

 だが、ちゃんと頷かせる理屈を幾つか持ってきた。


「カインがもし、町の外に出ることになれば冒険者として稼ぐ事になる。依頼を請け負って、それを達成するのがメインの稼ぎになるだろうね。基本は、ギルドに依頼が集まるけど、個人から請け負うこともある。その練習だね」

「まあ……。確かに」


「この町の依頼をやった事ないけど、日常の手伝いや、魔物の狩りとかきっとあると思う。魔物の狩りは実践訓練になっていいでしょ?」

「確かに、シリウスさんやフェリス相手の訓練は結構したけど、訓練をしてからの魔物狩りはまだしたことないな……」


 カインは元々魔物を狩っていた為、魔物に対しての訓練はしていない。

 以前の彼は、魔物相手に傷だらけになりながら戦っていたが、今ならそうはならないだろう。

 どれ程の力が身に着いたのかの指標になる。


「そしてね、カイン。これが一番重要なんだけど」

 そうアステルが口にすると、カインは固唾を呑んだ。

「私達が生活できないとなると、この町を出ないといけない。そうなると、修行はもう見れないね」

「それは、確かにまずいっすね……」


 カインは今までで一番神妙な顔つきになる。

 単純でよかった。とホッとするアステル。


「もちろん、一人でやれって言ってる訳じゃないよ。シリウスとフェリス、その日訓練をしてくれている方と二人でやっていい。報酬も半分、カインの分け前として取っていいよ」

「半分? アステルさん達の生活費すよね? 三人分となれば、半分じゃ足りなくないすか?」


 素直に喜ぶ提案だと思っていたが、思ってもいなかった返答をされ、アステルは少しだけ驚いた。

「だけど、君も働くんだし。報酬は半分にするのが対等でしょ?」

「いや、まあ……。そうっすけど。今までタダで教えて貰えてる訳だし、授業料だと思えば別に全額取られても問題ないっすよ」

 

「全額は駄目だよ、カインの生活もあるでしょ」

「それはそうっすけど……」


 納得できないという表情だ。

 カインも食費等の生活費が掛かる以上、素直に提案を受けて貰ってもいいのだが。

 

「……わかった。授業料は貰う事にする。だけど、カインも報酬の半分を受け取って。授業料はカインが貯めた報酬から月に一回貰う。それでいいかな?」

「まあ、……それなら」


 渋々といった感じでカインはその提案を受け入れた。彼の未来が少しだけ心配になる。


「カイン、働いたら正当な報酬を貰い受ける。それは、当然の権利だよ。相手がどんな人物であろうと、タダ働きをしないで」

「わかったっす」


「うん、じゃあ。月々の授業料を払って貰う時は、私と手合わせをしようか」

「いいんすか!?」

 

「授業料を貰うならちゃんと見ないとだしね。元々不定期で見る予定だったけど、日を決めた方がわかりやすいでしょ?」

「頑張ります!」


「あ、うん」

 凄いやる気を見せつけるカインに少しだけ、気後れする。

 これで生活費はどうにかなりそうだ。と一安心。

 この後は、パンドラの扉に向かわなければならないのが、非常に億劫に感じる。


「折角だし、一戦だけ手合わせしようか」

 たまには違う事もやりたい。それが、本心だ。

 毎日往復半日を掛けての作業。アステルだって、十五の少女だ。


「いいんすか!?」

 今まで一番大きな声を上げる。

 その声に驚き、机に顔を伏せていたフェリスがビクッと震えて、ゆっくりと顔を上げた。


「うん。やろうか」

「準備してくる!」

 と言い残し、カインが家を飛び出した。


「元気だねぇ……」

 フェリスが気だるそうな瞳で、扉を見つめている。

 シリウスは静かに立ち上がり、カインが使っていたマグカップをシンクへと運んでいく。


「こんなにやる気になるとは思ってなかったな」

「アステルがカインの相手するのって、初めてあった時以来だよね? 一ヶ月満たないくらい?」

 アステルがボソっと放った言葉に続けて、シリウスが言った。


「んー。パンドラの扉向かう前日にやってなかった?」

 フェリスが言うが、如何せんその記憶がない。

「そうだっけ?」

 アステルが首を傾げながら言い、同様にシリウスも傾げる。


「アステルが左手で剣の扱う練習がてらやってたでしょ。初めて左手で戦うアステル相手に、歯が立たなくて、めちゃくちゃ落ち込んでた記憶あるよ」


 確かに最近は魔物と戦う際に左手で剣を持つ様にしている。しかし、初戦がカインとは。全く覚えていなかった。


「それにしても、もうここに来てから一月が経ちそうなんだ……」

 毎日同じことの繰り返し、半日を潰して来たからそんなに経っているとは思いもしなかった。


 時間が経つのが早いのか、同じ作業で半日過ごしてるせいで早く感じるのか。このまま、こんな日々が続くのだろうかと。少しだけ、不安になる。


 同じ年頃の少年少女達はきっと、毎日が楽しく、新鮮な日々なはず。劣等感すら感じてしまう。


「アステル?」

 机に置かれた自身の手を、ぼーっと見つめるアステルに、シリウスは声を掛けられ、ハッとする。


 同じ年頃といえば、シリウスやフェリス。それに、カインだって同じだ。

 他の召喚獣が奴隷の様な扱いを受ける中、自由に動けているシリウスとフェリスは、他の召喚獣に比べればマシ。だけど、中身はアステルと同じ十五歳。

 カインだってまだ十三歳だ。そんな彼らが文句一つ言わないのに、ここで思い悩んでいる暇はない。


「カインの相手、してあげないとね」

 アステルは立ち上がった。そして、遅れてフェリスも立ち上がり、三人は外へと出た。


 庭に出ると、カインが素振りをしていた。

「遅いっすよ」

「ごめんね」


 アステルは謝りながら、地面に置かれていた木剣を拾い上げる。

「一本勝負にする?」

 そうアステルが聞くと、カインは少しだけ考えて言った。

「二本先取の三本勝負で」

 

「三本勝負?」

「ああ、それなら最高三回。アステルさんとやれる」

「へえ……。一本、取れると思ってるんだね」

 そうアステルが言うと、カインは苦笑いをした。


「まさか、取れるなんて思ってないっすよ。だけど、最低二回やれる」

 その言葉を聞いたアステルは、少しだけ微笑んだ。

 一回でも多く、アステルと剣を交えたい。そんな気持ちがダイレクトに伝わる。


「そっか、うん。じゃあ、三本勝負でいいよ」


 そして、二人は向き合う。

 シリウスとフェリスは地面に座り、これから始まる打ち合いを見ようとしていた。


 カインは木剣を中段で構えた。対し、アステルは左手に木剣を持つが、その腕を上げようとはせず。だらんとさせたままだ。

「相変わらずっすね」

「まあね」


「一見隙だらけに見える。バカだったら突っ込むけど、生憎俺はバカじゃないんすよ」

「そうなんだ。意外だね」

 アステルの言葉を聞き、カインの表情が一瞬だけ、スンとした。

 

 一瞬自身の事をバカだと思っているように聞こえたが、きっと気のせいだろうと。カインは首を振り、表情を戻した。


 そして、一歩踏み出した。シリウスに比べれば遅い速度、しかし。魔力で身体能力を強化していない人間とは思えない速度で、一瞬にしてアステルとの距離を縮めた。


 武器から一番遠い距離、右斜め上から振り下ろされる刃を、じっとアステルは見つめている。

 左手で持つ木剣で防ごうとしたら間に合わないだろう。

 アステルは右手上げ、迫りくる木剣を受け止めた。

 

 しかし、ただ右手で受け止めたのではなかった。その手には黎明色の魔力で生成された、篭手のようなものがあった。


「まあ、そうだよな」

 カインは後ろへと下がった。どうやら、予想はしていたらしい。

 アステルは魔力で武具を生成して戦う。構えなくても、最短で防御をする術を持っている。


「相変わらずの身体能力だね。反応遅れるかと思った」

「お世辞はいいっすよ。目でずっと剣を追ってたのを知ってる。反応しなかっただけでしょ」

「んー、そんな事ないんだけどな……」

 と、アステルは苦笑いをした。


 実際、アステルが思っていた以上に、以前に比べカインの速度は上がっていた。

 ちゃんと、シリウスとフェリスに鍛えられている。

 

「じゃあ。次はこっちから行こうかな」

 アステルは一歩、踏み出すと同時に、右手の指をスナップさせ、乾いた音を鳴り響かせた。

 それはアステルが、魔術のストックを撃つ際の動作。

 そして、放たれた魔術はアステルの足元で爆発し、一気にカインとの距離を詰めた。


 それは、シリウスがよく敵との距離を詰める際に扱う。風の魔力を爆発させ、推進力を得るブースト。

 アステルは何度も木剣を振るうが、カインは何とか食らいつき、全てを木剣で受け止めた。

 そして、アステルは再び、指を鳴らした。


 その瞬間、アステルの目の前に緑色の魔法陣が出現し、強風がカインに直撃した。

 以前であれば、魔術のストックは事前詠唱が必要だった。そして、詠唱は動きながらは出来ない。


 しかし、黎明色の魔力は以前の蒼白い魔力よりも、扱いやすく、簡単な魔術ならば動きながらでも詠唱が出来るようになっていた。


 風に弾け飛ばされたカインが地面を転がる。

 そして、アステルはゆっくりと歩みより、剣先をスッと突き付けた。

「まずは一本だね」

 

 圧倒的な力の差、多少は強くなったと思っていた。

 目の前にいるのに、その背中は遥か先に見える。

 だけど、絶望や悲観はなく。カインの口角は不思議と上がっていた。


 こんな人達が自身の為に修行をしてくれている。

 そんな幸運を噛みしめながら、カインは再び立ち上がった。

 いつか、その背中に手が届くように。

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