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29話 写真の空白

 カインの家。パンドラの扉についての記録がないかを、アステル達は探していた。

 書斎には本がたくさんあり、探すのに苦労していた。

「カインって一人っ子なんだよね?」

 本棚を探しているアステルの後ろで、フェリスがカインに質問をしていた。


「ああ、兄弟とかいない……はず」

「なんでそんな自信なさ気なのさ」

「いや……」と、カインは言葉に詰まる。


「ちょっと、アステルさん達に見て欲しいんすけど」

 そういうと、カインは棚に飾られていた写真を持ってきた。

「家族写真?」

 それは幼いカインと両親の写真だった。しかし、その写真には違和感がある。


「どう思うすか?」

「なんか不自然、かな?」

 シリウスが言った。

 

 家族三人での写真。本来ならば、子供であるカインが真ん中に来るはずだ。しかし、この写真は父親、カイン、そして不自然な距離を空けて母親の三人。

「この頃の記憶はないの?」

 アステルが聞いてもカインは首を傾げるだけ。


「写真は撮った記憶はあるんすよ。だけど、なんでここに隙間があるのかは思い出せなくて」

「兄弟は?」

「兄弟を忘れるなんて事あるんすか?」

 沈黙が生まれる。


「あと、もう一つ見てほしくて。こっちっす」

 書斎を出ていくカインにアステル達はついていく。

 案内されたのは、カインの寝室とは別の部屋。そこは、カインの趣味とは思えない、可愛いぬいぐるみや雑貨が置かれた部屋だ。


「この部屋は?」

「いつからあるのか、いつからこれが当たり前だったのか。覚えてないんすよ」

「ええ……。なにそれ」

 フェリスが少しだけ引き気味に困惑する。


「町の人に聞いてみたりした?」

「はい、聞いても誰もが何か思い出しそうで、思い出せないって感じで」


 カインの父親は赤黒い魔力を持っていて、カインが思い出せない人物も赤黒い魔力を持っていた。そうすると、赤黒い魔力は遺伝なのだとしたら、思い出せない人物はカインの血縁か。

 だけど、何の為に存在毎消えたんだろうか。


「カインのお父さんが消えたのは、五年前のパンドラの夜だよね?」

「え、そうっすけど。知ってたんすか?」

「うん、マーカスさんから聞いてた」

「何があったの?」


「ああ……」とカインは言葉を詰まらせる。

 父親が消えた日の事だ。あまり話したくないのも仕方がない。

「ごめん、無理して話さなくていいよ」


「いや、みんなに知っといて欲しいんで。話します」

 そして、カインは一呼吸を置き。五年前に何があったのかを話始めた。


「五年前のパンドラの夜は、俺は親父と一緒に、町に迫る魔物を狩ってた。戦える人間がこの町には俺の家しかいなかったから、八歳の俺も出てたんすよ」


「その時は、二人だったの?」


「いや……。もう一人、いた気が……するんすけど。思い出せなくて」


 ということは、五年前に父親と一緒に消えたということだ。

 だけど、なぜ父親の記憶はあってその人物の記憶がないのだろうか。

「そっか、続けて」


「親父と一緒に魔物を狩っている時に、パンドラの扉の方からすごい咆哮が聞こえてきて。親父と一緒に急いで向かった。パンドラの扉に向かう最中の草原で、頭上から黒い龍が降りて来たんだ」

「黒い龍……」


 アステルは思い出す。アサイラム出立前、ライラから再々忠告された存在。

 龍種の事を。

 魔族や魔人、魔界に存在する種族の頂点に君臨する種族。


「俺はその龍が放った黒い炎に焼かれました」

「え、よく生きてたね」

 フェリスが驚いた。そんなフェリスをシリウスが肘で軽く小突いた。

 

「熱くて息をする度に身体の内側から、燃えるような痛みがあったのを覚えてる。死ぬんだと思った。そんな俺を見て、泣いてる誰かが居た」

「お父さんじゃなくて?」

「親父は龍を相手にしてたから、親父じゃないと思う」


「お父さんじゃない。誰か……」

「再生能力は生まれつき高い方だったけど、その日を境に傷がすぐ治る様になったんすよ」


 カインはアステル達が見つけた時は、死体と思うような大怪我をしていた。しかし、それは半日も経てば完治していた。

 再生能力自体はカインが元々持っていた特性だ。それが、その日を境に強化された。


 これには心当たりがあった。

 それは、アステル達三人の事だ。


 アステル、シリウス、フェリスが成している契約は、彼岸契約。

 三人が契約を成したその日は、正しくパンドラの夜の事。そして、契約主のアステルもその時、死の淵を彷徨っていた。

 

 彼岸契約を果たした結果、アステルは通常よりも高い身体能力の強化と、魔力操作の技能を得た。魔力操作自体はアステルが本来持っていた物。

 高い身体能力強化の付与と魔力の剣を作れる程の、高次元の魔力操作。これ等は、シリウスとフェリスと契約によるものだとしたら、カインも誰かと契約を成している可能性がある。


「……。そのあとお父さんは行方不明に?」

「はい。すごい光を放ったと思ったら、龍と共に消えました」

「龍と消えた?」


 ライラはアステル達がもし、龍種と遭遇してしまった場合の為にある道具を持たしてくれた。

 それは強制送還の道具。

 それはある一定の距離内に生息する生物を含めて、最も魔力が高い生物の世界へと強制的に送る道具だ。


 カインは何らかの理由によって、送還術から免れ、龍と父親、そしてもう一人の誰かは魔界に行ったと考えるべきか。

 だが、召喚者以外が召喚獣を送り返す術等存在しない。ライラから受け取った道具も、ライラが開発したものではなく、古代の遺物だと言われた。


「カインはこのナイフの紋章に見覚えはある?」

 アステルはナイフ一本、懐から出した。それは、ライラから授けられた強制送還の道具。

 刃には紋章が描かれている。


「パンドラの扉の紋章と似てるっすね」

 言われてみれば確かに、とアステルはナイフを見た。

「そういえば」とカインが書斎の方へ歩き出し、本棚から一つの本を取り出し、アステルに渡す。


「栄光の地?」

 渡された本の表紙にはそう書かれていた。

 栄光。この町、ホドの事だ。

 一ページだけ捲ると、そこにはパンドラの扉に描かれている転移門の紋章。


「よく、思い出したね」

「ナイフの紋章見て思い出しました」

「この本借りてもいいかな?」

「もちろん、大丈夫すよ」


 そして、アステルは自室に戻り。カイン達は庭で稽古を始めた。

 打ち付ける木々の音を聞きながら、アステルは本を読んでいく。


 本に書かれているのは、ホドの歴史等ではなく、原初の召喚術師がこの地で魔族と対峙した話。

 魔界を繋ぐ転移門を封じたのは、原初の召喚術師が契約していた三体の召喚獣。アイン、ソフ、オウル。この三体の魔力によって封印は構成されている。


 アインは龍の属性を持ち、ソフは四元素を持ち、オウルは聖なる龍の属性を持っていた。

 そして、この地で封印を守り続けていたのはアインだ。


 そうなると、カインは龍の末裔ということだろうか。

 高い身体能力と再生能力もこれが由来だろう。


 だが、肝心の封印を直す術が書かれていない。

 封印を掛けなおすとしたら龍属性、四元素、聖龍属性が必要だ。どう考えても現実的ではない。


 アステルはため息を吐き、天井を見上げた。

 打つ手なし。見守る他ない。


 椅子から立ち上がり、庭へと出た。

「どうだったの?」

 フェリスの横に座ると、彼女が聞いてきた。


「見守るしかないかな。取り合えず、定期的に見て、仮修復しながら最悪に備えるしかなさそう」

「そうなんだ」

 シリウスとカインの試合を見つめる。


 カインのお父さんが使っていた赤黒い魔力は龍属性によるものだろう。

 しかし、黒い魔力は魔界由来。なぜ、魔界を封じる手伝いをしたんだろうか。


「グェッ……」とカインがシリウスから打撃を受け倒れた。

「あ、ごめん」

 シリウスは咄嗟に謝り、「強く打ちすぎたかな……」と心配を始める。しかし、カインはすぐに立ち上がった。


「油断してると怪我しちゃうよー?」

 隣で座るフェリスは楽しそうに尻尾をパタパタさせている。

「ふっ……。すぐ治るんで大丈夫だ」

 何故かカインはドヤ顔で言った。


「ダメだよ」

「アステルさん!?」

 アステルがそういうと、居たことに気付いていなかった様で驚きを見せる。


「カイン、再生能力が高いからって、防御を疎かにするなって。いつも言ってるよね? 能力を活かして攻撃を受けるのは良いけど、致命傷は避けて。木剣じゃなかったら今のは致命傷だよ」


「う……」

 アステルの至極真っ当な正論に言葉が出ない。

 カインは明らかに落ち込み始めた。それを見て、アステルはため息を一つ。


「だけど、動きは悪くないよ。今のは致命傷ギリギリのラインで受けてたらカウンターに派生出来てたかも知れないね」

 

「ほ、本当すか?」

 パァっとカインの表情が明るくなる。

「うん。攻撃を受けるなって言ってるんじゃない。再生能力が高いなら、すぐに回復出来るラインまでは、受けて良いよ」


「はい!」

 言葉一つで表情をコロコロと変えるカインを不思議に思いつつ、アステルは彼を見つめていた。


「私はパンドラの扉に掛かり切りになるけど、ちゃんとやってね。明日はフェリスも連れて行くから、シリウスに迷惑掛けないでね」


「まあ、仕事が始まったらアステルさんに相手して貰える時間は減るって言われてたんで、大丈夫すけど。シリウスさんと二人すか?」


「私だけじゃ不満?」

 シリウスは首を傾げた。

「いやいや、不満なんてないすよ。ただ、フェリスやアステルさんみたいな術者との稽古が減るのかと」

 近接戦闘主体との稽古は問題ないけど、中遠距離相手の稽古が心配って事だろう。


「大丈夫だよ。フェリスとシリウスは交代で連れて行くから」

「あ、そうなんすね」

「たまに私も相手するから。前私に言った通り、ちゃんと成果見せてね」


 シリウスとフェリス相手だと身が入る、しかし。一番身が入るのはアステル相手であり。それは、成果を見せることが出来るから。

 その言葉をアステルは忘れていなかった。


「はい!」

 と元気よくカインは返事をした。

 そんなカインを見ながら、フェリスは一つ質問をした。


「ずっと気になってたけどなんでカインは、アステルとシリウスはさん付けで敬語なのに、私は呼び捨てでタメ口なの?」

「なんでって……。アステルさんとシリウスさんは年上で先生だからだろ」


「私達は全員15歳だし、私も先生だよね?」

 パタパタと動かす尻尾を止めて言う。

「そうなのか? 二人に比べて小さいから俺と同じか下かと……」

「何が小さいって?」


 確かにフェリスは三人の中で一番小柄だ。だからこそ、近接メインではなく、魔術メインで戦っている。


「何がって……。何が?」

「シリウスに比べたら小さいけど、アステルと同じくらいでしょ」

「……? アステルさんより小さいだろ」


 突然巻き込まれ、アステルとシリウスは互いに目を合わせ、互いに首を傾げた。


「どういう見方したらそう見えるのさ!」

 いつも気だるげなフェリスの目がクワっと見開いた。

 よくわからないけど、頑張れと心の中でフェリスを応援するアステル。


「普通に見てだよ、逆になんでアステルさんと同じだと言えるんだよ。頭一つ分違うだろ」

「頭?」

 見開いた瞳は徐々に元の気だるげなものになっていく。


「背の事言ってるの?」

「他に何があるんだよ」


「背か……。背なら別にいいけど。いいけど、やっぱり下に見られたのはムカつく。立ちなよがきんちょ。格の違いを見せてあげるよ」

 座りながらフェリスがそう啖呵を切った。

 しかし、カインは立っている。


「いや……」

 立ってるけど。と言いかけたが、反感を買いそうだからカインはその言葉を飲んだ。


「明日、私が稽古してあげるよ」

「え? アステルさんの手伝いがあるだろ」

 二人がアステルの方へと視線を向けた。


「そういう事なら、明日はシリウスを連れて行くよ。シリウスもそれでいいかな」

「うん、大丈夫」

 シリウスが頷いた。


「明日は覚悟しなよ」

「おお……。わかった」


 気だるげな雰囲気はいつも通りだが、いつも以上にやる気を感じられるフェリスを見て、明日帰ってきた時の事が少しだけ楽しみに思う、アステルだった。

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