26話 弟子
アステル達がホドに到着した翌日の昼頃。
三人はマーカスに貸し与えられた家の掃除をしていると、カインが家から出てきた。
その手にはボロボロに刃こぼれした剣を持っている。
どこかへ向かおうと歩き出した、彼の元へとアステルは歩み寄った。
「こんにちは」
「誰、あんた」
「私はアステル、昨日近くに引っ越して来たんだ」
「アステル? あんたがおじさんが言ってた、俺を運んでくれた人か」
おじさんというのはマーカスの事だろう。
午前中彼がカインの元へ様子を見に行っているのを見た。その時にでも話していたのだろう。
「森の魔物が少ないのは君のおかげ?」
アステルは彼の姿をよく見る。
やはり、怪我は一切ない。あれ程の傷を治癒魔術無しで半日程度で完治している。異常なまでの再生能力だ。しかし、魔力が枯渇している。
半日で怪我が完治しているのに、半日も経っているのに魔力が回復していない。
「そうだけど、そんなにジロジロ見てなんだよ」
カインが怪訝そうな表情をして言う。
「怪我治るの早いなって思って」
「ああ……。昔から早い方だったけど、五年前から更に回復が早くなったんだ。おかげで魔物を何とか狩れてる」
アステルの魔力操作の特性と同じ、再生能力の特性だろう。
「そうなんだ。だけど、その再生能力に頼り切りで魔物を狩るのは感心出来ないかな」
「しょうがないだろ。俺に剣を教えようとしてくれた親父は、俺に教え始めてすぐにどっかに消えたんだ」
「そっか」
カインは拳を力強く握り。俯く。
自身が弱い事は理解している。だけど、消えた父の代わりに町を守ろうとしている。どんな傷を負ってもでも。
「私達が教えてあげるよ」
「は? 私達?」
カインが顔を上げる。
灰色の長髪が風で靡く向こう側、アステルの家でこちらを見ている、犬の亜人と猫の亜人が視界に映る。
「多分君よりは強いから安心しなよ」
カインはアステルの足先から顔まで、ゆっくりと視線を動かした。
土汚れはあるがきちんと整備されたブーツ、少しだけ大きな漆黒のローブ。透き通るような白い肌に成熟していない整った顔と、全てを見透かすような蒼い瞳。
自身とさほど歳の変わらない少女に剣を教わる。正直に言ってしまえば、抵抗がある。
だが、目の前に立つ少女からは余裕を感じる。決して弱者ではない。
「本当に俺より強いのかよ?」
弱者ではない。と理解しながらも彼は挑発を始める。
それを感じたのか、アステルは軽く微笑み返した。
「……。試してみる?」
そして、アステルとカインは、アステル達が住む家の庭まで来た。
「シリウス、木剣か何かあるかな?」
物置を掃除していたシリウスにアステルが尋ねた。
「んー、木剣は一本だけかな。あと使えそうな物は……物干し竿?」
そう言って持ってきたのは、木剣一本と背丈程の細長い棒だ。
「じゃあ、木剣はカインが、物干し竿は私が使うよ」
シリウスから差し出された木剣をカインが受け取り、物干し竿はアステルが受け取った。
「槍か棒でも使ってるのか?」
「いつもは剣だよ。だけど、槍術も棒術も使えるから問題ないよ。逆に言ってしまえば、いいハンデって所かな」
ライラの元で修業した五年間で、アステルは剣術以外も教えられてきた。それは、アステル自身が魔力で武器を作るからだ。様々な武器を使えれば戦術は広がる。その為に、教えられた。
最も、剣術が一番使いやすい為、長物なんて久々だ。
「好きなように攻めてきていいよ」
その言葉に従い、カインは距離を詰め、力強く握られた木剣を振るう。しかし、その刃はアステルが持つ、物干し竿で容易く防がれ、乾いた音が響き渡る。
次へ次へと振るうがどれも簡単に防がれる。
カインの剣は大振りだ。怪我を負ってもすぐ治る。それが故に、大振りの力任せ。防御を考えない剣。
だけど、今まで狩りをしてきた為か、筋や体術自体は悪くない。
だが、大振りだ。
アステルは受け止めるのを止め、その一撃を躱すとカインの木剣は空を切った。
大振りの一撃を躱されたカインは、身体を木剣に持っていかれバランスを崩す。そして、アステルが持つ、物干し竿がそっと目の前に突き出された。
「合格点、貰えるかな?」
アステルは静かに言った。
「あんた達に教えて貰えれば、強くなれるのか?」
体勢を直したカインが聞く、そして、その問いにアステルは真っ直ぐな瞳で見つめ応えた。
「それはわからない」
「なっ……」
強くなれる。そう返ってくると思っていたカインは言葉を失った。
アステルは言葉を続ける。
「強くなれるかどうかは君次第だよ。理由や犠牲も、努力もなく力を得ました。なんてのは、下らない物語だけの話だよ」
「俺次第……」
カインは自身の手を見つめ、ぎゅっと握る。
再生能力があるからと、毎日死に物狂いで狩りを続けていた。このまま続けば、いつかは再生が追い付かず死ぬ事もあり得た。
そんな不安を抱えて来た。だけど、目の前にいる少女は手を差し伸ばしてくれた。
それはカインが思いもしない程の修練と修羅場を越えて来た、圧倒的な経験値の差。
カインは握られた拳を緩め、そっとアステルへと差し出した。
「俺は強くなりたい。強くなって、もっと守れるようになりたいんだ」
「そっか」
アステルは差し出された手を握り、握手を交わした
そうして、アステル達とカインの師弟関係が結ばれた。




