25話 黎明の萌芽
夜が明け、太陽が昇り。アステル達はすでに洞穴を出てから数時間が経っていた。
目指していた場所、栄光の地と呼ばれるホドはもう間もなくだった。
草原をアージェントウルフのツヴァイ達の背に乗り、風のように駆けていく。灰色の髪と、漆黒のローブが青空の下で靡く。
そしてアステル達は森の手前に辿り着く、その森を越えた先にホドがある。
「夕方までには森を抜けられるといいけど」
目の前の深い森を見つめ、アステルが呟いた。
ホドへ来た目的は、ライラから託されたパンドラの扉の調査。
パンドラの扉からは常に魔界の魔力が流入し続けている。おそらく、ホド近郊の魔物はこの魔力を得ている。
他の地域よりも強力であるだろう。
アステル達は森の中へと足を踏み入れて行った。
暫く森の中を進むと、予想とは違い、魔物の姿を見ることはなく、滞りなく進んでいく事が出来た。
「魔物いないね?」
「魔力濃度は確かに濃いし、数が多かったり、強い魔物がいてもおかしくないんだけどねぇ」
シリウスとフェリスが周りを見渡しながら話していた。
森の中は静かで、風が吹いた際に揺れる木々等の自然のものだけだ。
「アステル、あれ」
シリウスに呼ばれ、振り向くと一つの方向へ指を差していた。
その方向へ顔を向けると、一人の血塗れの少年が倒れていた。
「え、死体?」
「やめなよ」
倒れている少年に近づき、真っ先にフェリスが口を開き、それをシリウスが窘めた。
「まだ生きてるみたい」
アステルは屈み、少年の状態を見始めた。
「ホドの子かな? 。どうしてここにいるんだろう?」
「ここまで魔物見てないのにねぇ」
彼が手に持つ剣は血に染まり、その刃は刃こぼれをしていて、ボロボロ。ずっと使い続けているものだろう。
そして、身体も血塗れで傷も酷い。魔力の量も異常なまでに少ない。
地面には血痕が残っていて、彼が歩いて来ただろう道を示している。
「息は安定してるし。取り合えず、血の跡辿ってみようか」
アステルは立ち上がり、血の跡を辿って進み始めた。
進んでいく道には、先ほどまでは居なかった魔物達の死体が転がっていた。
魔物の死体に刻まれている傷跡は、切れ味の悪い刃物で切られたように断ち切られている。
「さっきの子が狩ったのかな?」
「そうだと思う」
森の中を進み続ける。相変わらず死体が転がっている。
進めば進む程、倒れている魔物の中に中位以上の物が混じり始める。
そして、一体だけ生きている魔物が、アステル達の目の前に姿を現した。
「アークゴブリン……」
ゴブリン種の上位存在。下位のゴブリンと違い、知能が優れ、魔術を使う個体もいる。しかし、この個体は大振りな剣を持っている為、剣士タイプのアークゴブリンだ。
アステルは魔力の剣を生成した。だが、それは以前とは様子が異なっていた。
「色が……」
アステルは手に持つ魔力の剣を見つめた。
それは透き通るような刀身。夜明け前の空のように、深い青色に陽が昇り行く、赤み掛ったピンク。黎明を告げる色、黎明色をしていた。
以前は蒼白い色をしていた、アステルの魔力は変色していた。それは三人の目を奪う程に美しかった。
「なんで……。いや、後で考えよう」
アステルは目の前に立ちはだかるアークゴブリンへと意識を戻した。
アークゴブリンは森を揺らす程の咆哮をし、地を揺るがす程の力強い足取りでアステル達へと駆け出した。それに応じるようにアステルもまた、駆け出した。
交差するその刹那、アステルは黎明色の剣をアークゴブリンの足に向かって振り抜いた。
それは、切った感覚すら残らない程の切れ味で、骨毎断ち切り、足を切断した。
そして、地を揺らしながら倒れたアークゴブリンを、シリウスが手に持つ刀で、フェリスが風の魔術で止めを刺した。
アステルが手に持つ黎明色の剣を見ていると、シリウスとフェリスが歩み寄って来た。
「それ、綺麗だね」
「なんで色変わってるんだろうねぇ」
アステルは、自身の魔力の器に傷が入った際にグノーシスとセレーネが、魔界の黒い魔力で直したという事を二人から聞いたのを思い出した。
そして、その手に持つ剣をぎゅっと。力強く握った。
「グノーシスさんと、セレーネさんの贈り物かな」
「そっか」
三人は顔を合わせ、微笑んだ。
三人は倒れている少年の元へと戻った。
依然、その場で倒れている。
アステルが屈むと、一つの異変に気付いた。
「傷が治ってる……」
治癒魔術をまだ施していないのに、先ほどまであった傷がなくなっていた。
しかし、傷が癒えているのにも関わらず、魔力は異常に少ないままだ。
「どうする?」
「置いては行けないし、ホドまで連れて行くよ」
アステルがツヴァイを呼び出し、その背に乗せようとするが。少女一人の力では持ち上げる事が出来ない。
「私がやるよ」
そうシリウスが言うと、軽々と持ち上げ、ツヴァイの背に乗せる。
同じ少女とは言え、獣の亜人。人間よりも遥かに筋力もあり、力もある事を改めて実感する。
「ありがと」
シリウスの頭を撫でると、尻尾が左右に激しく揺れ動いた。
それを羨ましそうに見ているフェリスの頭も撫でる。同じく、尻尾が激しく揺れ動いていた。
そして、三人は歩き始めて数時間程。夕暮れと共に、森を抜け。丘からホドが見えた。
一時間もしない程、歩く事でようやくホドへと入る。
「田舎だねぇ」
「うん、なにもないね」
三人は町の中を見渡しながら歩いていた。
辺境の田舎らしく、町を歩く人は少ない。
「カイン!?」
そう大きな声を上げた、一人の中年の男性が三人に駆け寄ってくる。
「お嬢ちゃんたち、こいつをどこで?」
「森の中で倒れていました」
「また森へ行っていたのか……」
男は頭を抱え、深くため息を吐いた。
「あの……」
「ああ、すまない。俺はこの町で町長をやってるマーカスって言うんだ。町と言っても、人は殆ど住んでいないんだけどな」
「私はアステルです。この子達は、シリウスとフェリスです」
「そうかい。ようこそ。と言いたい所だが、まずはこいつを運ぼうか」
そういうとマーカスは「ついてきてくれ」と、アステル達の前を歩きだした。
そして、案内された場所は町から少し離れた所にある一軒家だった。
「ここは?」
「こいつ、カインの家だよ」
家の中にある一室、寝室にあるベッドにカインを寝かせながらマーカスは答えた。
「ご家族なんですか?」
「いや、親代わりみたいなものだよ。こいつの親父さんは五年前のパンドラの夜で行方不明になってな、それから面倒を見てるんだ」
「五年前……」
アステル達はその話を聞いて思った。
五年前のパンドラの夜、アステルが瀕死になった際にライラが拾い上げ、親代わりとして育ててくれた。
そんな自分たちと境遇が似ていると。
「ここら辺は魔物が強くてな、こいつの親父さんが狩ってくれていたんだ。だが、行方を晦ましてからはこいつが狩りに出てるんだ。いつも傷だらけだからやめろと言っても聞かなくてな」
「そうですか……」
アステルはアサイラムから旅立つ時に言われたライラの言葉を思い出した。
「弟子を取ってみるのもありかもねぇ」と彼女は言っていた。
「マーカスさん。私達は暫くこの町に滞在する予定なので、カインの事任せて貰ってもいいですか?」
「どうするつもりなの?」
アステルの言葉に三人が首を傾げ、シリウスが聞いた。
「私達の弟子に迎え入れようかなって」
「え、本気?」
「うん、先生が言ってたでしょ? 弟子を取ってみるのもありだって。弟子を取ることで自分たちも強くなれるって」
フェリスの驚いた声にアステルは答えた。
「構いませんか?」
真っすぐな瞳でマーカスを見つめた。
「俺は別に構わないが……。アステルちゃん達が?」
カインとさほど年が離れていないであろうアステル達。彼にとってはカインと同じく、子供。不安を感じるのだろう。
「私達は五年間修業をして、王都近くの町からここまで来ました」
「王都近くから? であれば、実力は申し分なさそうだな。あとはカインの意思次第だが、目覚めるまではまだ掛かるだろう」
先ほどまでの不安を拭うかのようにマーカスは微笑んだ。
「それで、君たちは暫く滞在する予定と言っていたが。寝泊りする場所の充てはあるのか?」
「宿に泊まろうとは思っていますが、いつまで居るかは分からないので、資金に少しだけ不安がありますね」
「そうか……」
マーカスは少しだけ考える素振りを見せた。
「良ければ空き家を安く提供しようか」
「いいんですか?」
アステル達には願ってもいない提案だった。
「ああ、ここは元々辺境で人も少なかったのが、五年前のパンドラの夜で更に減った。空き家なら沢山あるんだ」
「ぜひ、お願いします」
アステルがそういうと、彼は微笑み。案内をしてくれた。
場所はカインの家から少しだけ離れた、町外れ。しかし、庭もあり、三人で住むには十分過ぎる程の家だ。
「こんな良い家いいんですか?」
「カインを弟子にするなら、近い方が便利だろうからな。好きに使うといい」
マーカスがそう言い差し出した鍵を、アステルは受け取った。
「ありがとうございます」
三人が頭を下げ、礼を言うとマーカスは頷く。
「じゃあ、何かあれば遠慮なく言ってくれ」
マーカスはそう言い残し、立ち去っていく。その背を見送った後、アステル達は家の鍵を開け、中へと入っていく。
前に住んでいたであろう人が残していった。机等の家具は、暫く使われていない為か埃が被っている。
アステルが古い空気の中を歩いて行き、窓を開けると。新鮮な空気が室内へと入る。
「まずは、掃除からしようか」
「はい」
「はぁい」
三人は新しい土地で暮らす為の準備を始めた。




