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23話 無機物の慈愛

 雨の中を駆けていく。

 グノーシスたちはこの町の土地勘はない。故に、町から出るには二つある門のうち、どちらかから出るしかなかった。

 

 アステルたちは西側の門を抜けて出ようとした際に、サタリエルたちの襲撃を受けた。であれば、もう一つの門を目指すべきだが、どちらにせよ傀儡の兵が待ち構えている。その上、アステルたちが目指す「ホド」とは真逆の方向になる。

 

 アステルたちのために時間を稼ぐと決断したのなら、恐らくサタリエルがいるであろう西側の門に行くのが一番良い。

 そう判断したグノーシスたちは、西の門を目指していた。

 

 できるだけ戦闘を避けるため、傀儡たちの目をかいくぐりながら、門へと着実に近づいていく。

 この状況はまさに、自分たちが死んだあの日――ダアトが戦争に巻き込まれた日と酷似していた。

 

「皮肉なものだね……」

 グノーシスは苦笑いをした。

 

 やがて、雨の向こう側に大きな門が見えてくる。

 その上空には、サタリエルが鎮座していた。

 

「お待ちしていましたよ」

 見下ろしながら、彼は口を開いた。

 

「雨が降っているんだから、待っている必要はなかったんだが……熱心なんだね」

「ええ、熱心なんですよ。私は、仕事はきちんとやる人間なのです」

 

 グノーシスの軽口に、サタリエルは静かに笑いながら答えた。

 そして「しかし」と溜息まじりに続ける。

 

「まさか、自分の傀儡に攻撃されるなんて思いもしませんでしたよ。聡い者の記憶から再現された『聡い者の偽物』は、自身を偽物だと認識する。その可能性があることは把握していましたが、牙を剥かれるのは想定外です。自分では私には敵わないと理解しているはずですが……。あなたたちも理解しているんですよね?」

 

「……ああ、理解しているよ。僕たちの目的は君を倒すことじゃない。ただ、この子たちを町から遠ざけるための『時間稼ぎ』さ」

 

「時間稼ぎ? 面白いことを言うのですね。そんなことを私が許すと思いますか。私を数分止めることができたとしても、傀儡はその娘たちを追いますよ」

 

 その言葉に、グノーシスは微かに口角を上げた。

「残念だけど、それはできないよ」

 

 グノーシスの手に黒い魔力が集まり、やがて剣の形へと形成されていく。

 それは、アステルが扱う蒼白い魔力の剣と同じもの。

 続いてセレーネもまた、黒い魔力の剣を生成した。

 

「ほう……。その傀儡の魔力操作能力自体は、そこまで高くないはずですが。あなた方が本来持つ特性が『魔力操作』でしたか。そこの娘の特異な魔力操作能力の高さは、両親からの遺伝でしたか」

 

 サタリエルは分析するように目を細める。

 

「しかし、普通の人間より多少上手い程度。ですが、ちゃんと訓練していれば、それなりに高い実力の魔術師にでもなれたでしょうね」

 

「悪いが、僕たちは知ることが好きだったんだ。戦うためじゃなくて、誰かのために使いたい。誰かの傷を癒すことに使いたいと思っていた。だから、この力に関しては後悔も未練もないよ」

 

「……それで、今更その力を使ってどうするんですか?」

「いい質問だね。だけど、その余裕はそう長くは続かないよ」

 

 グノーシスとセレーネは、右手に持つ黒い剣の刃に左手を添えた。

 グノーシスの左手からは「赤い魔力」が、セレーネの手からは「水色の魔力」が刃へと宿る。

 やがてそれは――黒色を帯びた「炎」を纏う剣、黒色を帯びた「水」を纏う剣へと変容した。

 

 その炎の剣は傀儡の腕を燃やした。

 その水の剣は傀儡の腕を凍てつかせた。

 

 それらの属性魔力は、シリウスとフェリスから借り受けたもの。

 二人が本来持たない「属性魔力」という神秘の力。

 そして、もう一つ。彼らが借り受けた属性魔力がある。

 

 グノーシスが炎の剣を振るうと、「風の魔力」によって起きた風に乗り、炎が舞う。目の前の傀儡の軍勢を焼き尽くしていく。

 セレーネは周囲の建物に被害が及ばないよう、水の剣を地面に突き刺し、風に水を乗せて「水の壁」を生成した。

 

「走るんだ!」

 

 グノーシスが後ろに立つシリウスたちへ声を上げ、炎に飲まれ倒れゆく傀儡の中を駆けていく。

 門まであと少しという所まで来たとき、サタリエルが地上へと降り立ち、立ちはだかった。

 

 しかし、グノーシスは足を止めることはない。

 風の魔力を足に纏わせ、爆発させることで推進力を得る。その力を利用した重い一撃をサタリエルへと振り下ろした。

 

 その爆発は、普段シリウスが使う「ブースト」と同様のもの。

 だが、その身体は傀儡だ。シリウスよりも遥かに高い加速を得ていた。

 

 重い一撃を、サタリエルは黒い剣で受け止める。だが、彼の行動を止めるには十分だった。

 シリウスたちは既に門を潜り抜け、セレーネが生成した「水の壁」が追撃を遮断していた。

 

「作戦は、成功だね」

 

 思っていた以上の健闘を見せるグノーシスを見て、サタリエルの表情が微かに歪んだ。

 

 透き通る水の壁の向こうで、シリウスたちが振り向き、こちらを見ていた。

 その表情は今にも泣き出しそうで、足を踏み出すことができない。

 

「アステルを、お願いね」

 

 セレーネの手が壁に触れる。

 その壁は水でできていて、確かに冷たいはずなのに。その手に感じる冷たさは、ごく僅かなものだった。

 

 この場に残り、命を懸けて時間を稼ぐ。

 父と母の願いに、シリウスとフェリスは頷き、雨の中を駆けていった。

 

「っぐ……!?」

 

 力で押さえつけていたグノーシスを弾き飛ばし、サタリエルは雨で濡れた髪を掻き上げ、溜息を吐く。

 

「やはり、あなた方を作るべきではなかった。そもそも情報なんて聞き出そうとせず、あの娘を殺して、誰も真理に触れないようにするだけでよかった。回収なんて考えたのが間違いでした」

 

 そう言い放つと、サタリエルは支配下にある全ての傀儡の動きを止めた。

 

「あなたたちの健闘を祝して、私が相手をしてあげますよ」

「それは、ありがたいね」

 

 町を埋め尽くしていた傀儡たちが、一斉に崩れ落ちる。

 先ほどまでの喧騒が消え、ただ叩きつける雨音だけが町に響く。

 

「しかし、あの娘は。あなたたちが求め、辿り着いた『真理』を、世界を、どうでもいいと言いました。そんな親不孝な子供のために命を懸ける必要があるのですか?」

 

「親不孝者? あの子は家事をよく手伝ってくれる、いい子よ」

 

「確かに僕たちは真理を知ったことで君たちに殺された。だけど、僕たちも真理とか世界とか、どうでもいいんだ。ただ、子供たちが幸せに暮らせる世界になってほしいだけだよ」

 

「幸せに暮らせる世界、ですか。二度も親の死を経験させる『子不孝』な人たちの考えは、よくわかりませんね」

 

 サタリエルが鼻で笑いながら言う。

 

「僕たちが負けるのが確定しているみたいな言い草だね」

「まさか、勝てると思っているのですか。あなた方がどうやって神秘(偽物)の力を得たのかは知りませんが、(本物)の力に神秘が勝つのは『神話』の話です」

 

傀儡(偽物)の僕たちが勝てるだなんて、これっぽっちも思っていないよ。だけど――神話は人が創るものだよ」

 

 グノーシスの返しに、サタリエルは眉を顰めた。

 

「あの娘がそれを創り出すと? あの娘の惨状を見たのでしょう?」

 

「確かにアステルたちは君たちには敵わなかったようだね。だけど、彼女は『星』だ」

「星?」

「星は一つでも輝ける。だけど、たくさんの星が集まることで輝きを増し、闇夜を照らしてくれる。彼女は召喚術師だ。きっとこれから先、たくさんの友や仲間をつくり、夜明けへと導く。夜明け前、黎明の星はよく輝いて見えるんだ。その時、君は同じように余裕を持っていられるのかな」

 

「そうですか、では。あなた方を殺して、その『星』に期待でもしておきましょう」

 

 雨の中、黒い剣を交わし合う。

 傀儡の身体であっても、元々戦闘経験のない二人の刃はサタリエルに届くことはない。

 対して、二人の身体には傷が増えていく。

 いくら斬られても、痛みはなく、血も流れない。

 

 サタリエルの刃がセレーネの腹部へと突き刺さり、切り裂いた。

 

 透明な雨水が溜まる地面へと倒れ、やがて、彼女の姿を成していた魔力が消える。そこには顔のない、無機物の傀儡だけが残った。

 グノーシスの足はすでに破壊されていて、その光景をただ見ていることしかできなかった。

 

 覚悟はしていた。こうなることを分かっていた。

 後悔などはなかった。大切な子供たちを守れたのだから。

 それでも、目の前で妻を殺されるのは、堪え難いと感じてしまう。

 

「最後に言葉を残すことを許してあげますよ」

 

 グノーシスの前に立つサタリエルが言った。

 地べたに這いつくばる者への、情けのつもりか。

 

「そうだな……。君には感謝をしているんだ」

「感謝?」

「本来だったら見ることのできない、娘の成長を見られた。そして、娘たちに出会えた。……感謝するよ」

 

「……。その言葉、素直に受け取っておきますよ」

 

 そして、黒い魔力の剣がグノーシスへと突き立てられた。

 

 彼を象っていた魔力が消え、元の傀儡へと戻った。

 残されたのは幾多の傀儡と、サタリエルのみ。

 

 ただ雨音だけが、町に鳴っていた。

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