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22話 星のない夜

 アステルを貫いた黒い剣からは赤い血が滴り、雨と共に地面に落ちていく。

 蒼い目が曇り、視界がぼやけ――シリウスとフェリスの声にならない音さえも聞こえない。

 力の抜けた手足は、だらんと力なく落ちていた。


 アステルの意識が失われかけた、その瞬間。

 目の前のサタリエルが爆ぜる。


「なっ……!」


 一瞬よろめき、アステルの首を掴む力が抜けた。

 アステルは力なく、地面へと落ちていく。


 その身体を空中でツヴァイが受け止め、爆発の発信源へと走って駆け寄った。

 薄れゆく視界の中に映るのは、いつだって真実を追い求めていた蒼い瞳。


「おと、うさん……」

「酷い怪我だね。今は治療が先だ。セレーネ!」


「いま、そっちに行くから! 先に行ってて!」


「君もアステルの友達、いや……家族かい?」

 グノーシスがツヴァイにそう聞くと、「わふ」と短く答えが返ってきた。

 その返答に、グノーシスは微笑みながら頷いた。


「よし、ついてくるんだ」


 サタリエルの周りは爆発の影響で黒煙に覆われていた。

 その隙に、グノーシスは移動を開始した。


「まさか、飼い犬に噛まれるとは……。やはり、聡い者の記憶で傀儡は作るものではありませんね」


 黒煙が晴れ、傀儡しかいなくなった地上を見下ろし、サタリエルは服を払いながら呟いた。




 ステンドグラスから光が差し込む教会。屋根を打ち付ける激しい雨の音が響いていた。

 椅子に寝かせ介抱するグノーシスの元に、遅れてシリウスたちを連れたセレーネが入ってくる。


「状況は!」

 セレーネが駆け寄り、アステルの傷口を見る。

 

「止血と傷は僕の治癒魔術である程度治した。だけど、内部は僕じゃ無理だ」


 血塗れで横たわるアステルを、亜人の少女二人はただ茫然と見続けていた。

 そんな二人に歩み寄り、グノーシスの手が震える肩にそっと置かれた。

 

「君たちの怪我は僕が見る」

「アステルは……?」


 シリウスが力なく、声を震わせながら呟いた。


「脈はある。死者蘇生の奇跡なんてないが、まだ生きているよ」

 

 その言葉を聞いてもなお、二人はアステルを茫然と見つめている。自身の身体の傷、流れ落ちる血など気にも留めずに、ただ見つめていた。


「シリウス、フェリス。アステルはセレーネに任せておけば大丈夫だ。彼女は僕よりも人体に詳しいからね。治癒魔術で必ず治せる。それよりも、君たちの怪我を治さないと……アステルが目を覚ました時に悲しむよ」


 降りしきる雨の音、微かに聞こえる弱々しいアステルの呼吸。

 それを聞きながら、二人は瞳をぎゅっと力強く閉じ、拳を握りしめる。

 自身の不甲斐なさ、大切な人を救えない悔しさが積もっていく。


 そして静かに頷き、アステルから少し離れた場所でグノーシスによる治療を受けた。


「どうして、教会なの……?」


 フェリスがグノーシスに問いかけた。

 教会はヘルメス教団が所持している建物。死者蘇生の奇跡を謳う彼らの背後には、恐らくサタリエルがいる。言ってしまえば、敵の本拠地だ。


「確かにここはあいつらの拠点だ。でも、それと同時に神聖な場所でもあるんだ。魔族であるサタリエルは、ここには入れない」

「そうなんだ……」


 グノーシスが扱う黒い魔力の治癒魔術で、徐々に傷が治っていく。


「魔力の色……」

「僕たちは傀儡で、サタリエルの魔力で動かされている。嫌かもしれないが、我慢してほしいな」


 苦笑いしながら答えるグノーシスに対し、フェリスは首を横に振る。


「嫌じゃないよ。あいつらとは違う……優しい感じがする」


 フェリスの傷が完全に癒えると、グノーシスは立ち上がり、彼女の頭を撫でた。


「治ったよ。次はシリウスだ」


 グノーシスが視線をアステルたちの方へ向けると、そこには真剣な眼差しで治療にあたるセレーネの姿があった。

 彼女の治癒魔術もまた、グノーシス同様に黒い魔力で行われていた。

 子供たちの前では平然を装ってはいるが、グノーシスも内心は気が気ではなかった。


「グノーシスさん?……」

 シリウスに名前を呼ばれ、グノーシスは視線を戻した。


「ごめん、すぐに治すね」

 そう言うと、シリウスにも治癒魔術をかけ始めた。


「グノーシスさんたちって、魔術を使えたんですね」

「学者だったから治癒魔術の心得はあったけど、攻撃魔術は本物の僕たちには使えないよ」

「でも、さっき……」

 

 サタリエルへ放たれた魔術は、間違いなくグノーシスのものだった。

 治癒魔術自体は医者が使うこともあって、簡易的なものは勉強で習得できる。しかし、本来の攻撃魔術は召喚獣との契約をし、属性魔力を借りることで初めて使えるものだ。


「魔族が扱う魔力は純度が高いからね。そのまま魔術として撃ち出せるんだ」


 そう答えながらシリウスの治療を終えたグノーシスは、再びアステルの下へ歩み寄った。

 依然として意識は戻っていない。


「怪我の治療は終わった。だけど、魔力が……」

 セレーネが呟いた。


 アステルの腹部。消えることのない傷痕は、しっかりと治癒されている。

「うん、わかってる」


 魔力の器に傷が入っている。

 意識が戻っても、以前のように魔力を扱うことはできないだろう。魔力量の低下、魔力操作への弊害。


「僕たちの魔力を分けよう」


 寝そべるアステルを真っ直ぐな瞳で見つめる。

 ステンドグラスから注がれる七色の光が、少女の透き通るような白い肌に映し出され、神々しさすら感じさせた。

 そんな彼女なら、きっと扱えると確信した。


「そんなことしたら……!」


 純度の高い魔力は人間にとっては毒に等しい。そんなことは分かっている。

 現にアステルは意識を失い、器に傷まで負っているのだ。

 けれど、大丈夫だと言い切れる根拠があった。


「アステルとシリウス、フェリスは魂の契約――『彼岸契約』が成立している。彼岸契約には世界の意思である『ミュトス』が立ち会う。その時に加護を受けているはずだ」


 グノーシスはシリウスたちの方へと視線を向けた。

 今にも泣き出しそうな不安な表情、垂れ下がった耳と尻尾。

 けれど彼らは、これからもアステルと共に歩んでいく家族なのだ。


「わかった……やりましょう」


 セレーネはそう答え、グノーシスの隣に立つ。

 二人はアステルへと手を伸ばし、黒い魔力を放出した。


 その黒い魔力には禍々しさなど微塵もなかった。

 そこにあったのは優しさ、そして「星のない夜」。


 ステンドグラスの七色の光が反射し、魔力はオーロラのようにアステルを包み込んでいく。

 やがてその光輝はアステルの中へと吸い込まれ、輝きは収まった。


「上手くいってるといいけど……」

「大丈夫、きっとこの子の力になってくれるよ」


 グノーシスはそっと、セレーネの肩に手を置いた。

 そして、シリウスとフェリスの元へとゆっくり歩み寄った。


「アステルは……?」

 不安そうな声でシリウスが口を開いた。


「傷の手当てはセレーネが完璧に施してくれた。じきに目覚めるよ」

「本当!?」


 その返答を聞いた二人の耳が、少しだけ起き上がる。

 グノーシスは微笑みながら頷いた。


「さて、君たちを町から出さないとね」


 雨が降り続ける教会の外では、サタリエルが操る傀儡の群れが自分たちを探し続けている。

 町を抜け出すのは、容易ではないだろう。


 だが、既にグノーシスとセレーネの決心はついていた。


「僕たちが時間を稼ぐ。君たちはその間に町を出て、できるだけ遠くまで行くんだ」

「一緒に行かないの?」


 フェリスが首を傾げる。

 グノーシスとセレーネもまた、サタリエルが操る傀儡の一つ。この町にいればいずれ消されることを理解した上で、自分たちに同行することを望んでくれている。


 グノーシスは、そんな少女の頭を優しく撫でた。


「サタリエルはきっと執拗に狙うだろうからね。誰かが足止めをしないと」

「だけど、そしたらグノーシスさんたちが……」


 ――死ぬ。

 そう、シリウスは言いたいのだろう。

 サタリエルには敵わないと、ここにいる全員が理解していた。それでも、やらなければいけない。


「既に死んでいる身だ。もう一度、娘……いや、娘たちを助けて死ねるなら本望さ」

「アステルがきっと悲しむよ」

「それでも、本物の君たちが傍にいてくれるだろう?」


 グノーシスがそう問うと、二人は静かに、だが力強く頷いた。

 それを見たグノーシスとセレーネは、身を寄せ合い微笑む。

 この子たちがいてくれれば大丈夫だと。


 グノーシスはアステルを抱き上げ、ツヴァイの背に乗せた。


「ツヴァイ、アステルを落とさないでね」

 フェリスと共にツヴァイの頭を撫でながら、シリウスが言った。


「ここを出る前に……。シリウス、フェリス。君たちの魔力を少しだけ貰ってもいいかな?」

「魔力を?」

 二人は首を傾げた。


「うん、僕たちは自分では魔力を回復できないからね」


 人間や召喚獣は、世界に溢れる魔力を吸収して回復できるが、傀儡である彼らにはそれができなかった。アステルの魔力の器を修復する際に使い果たした分の補充が必要だった。


「わかった」

「ありがとう」


 グノーシスはシリウスへ、セレーネはフェリスへと手を伸ばし、魔力を受け取る。

 シリウスからは緑と赤、風と火の魔力を。フェリスからは緑と水色、風と水の魔力を。

 

「よし、行こうか」


 グノーシスが教会の重苦しい扉をゆっくりと開けていく。

 雨雲から微かに差す光が教会へと入り込み、ツヴァイの背で眠るアステルの頬を白く照らした。


 そして。

 彼は迷うことなく、雨降る外へ一歩踏み出した。

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