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21話 貫かれた星

 レーシェの門近く。雨が近いせいか、人通りが奇妙なほどに少ない。

 しかし、アステルたちの前を阻む、黒いフードの『ナニカ』が二人。異質な雰囲気を醸し出し、ただアステルたちを見据えている。


「今、貴女に出て行かれると困るんですよねえ」


 背の高い男が大袈裟な身振りで話し出す。

 アステルは彼らの格好を見たことがあった。七年前、ダアトが巻き込まれた戦争時に、執拗に追ってきた黒いフードの者たちと同じだ。


「そーそー、出て行くならぁ情報を置いて行くかぁ……死んでもらわないと」


 背の小さな女が無邪気な声で口にする。


「意味がわからない」


 アステルたちは身構えた。


「貴女が理解する必要はありませんよ。ですが、選ぶ権利をあげましょう。貴女の両親が残した研究結果の在り処を教えるか、死ぬか。どちらにします?」

「……そんなの知らない」

「そっかぁ……。ざんねぇん」


 がっくりと肩を落とす女。

 そして、女は顔を上げた。

 一瞬――たった一瞬だけ時間が止まったかのような速度で距離を詰め、シリウスの腹部に蹴りを入れた。


「どぉん!」


 反応することすらできず、衝撃を和らげる余裕もなく、シリウスは後方へと吹き飛ばされていく。


「おやおや……」


 男はわざとらしく手を上げ、首を振る。


「シリウス!」


 アステルが名を呼ぶと、彼は腹部を押さえ、よろめきながら立ち上がった。その顔は苦痛で歪み、微かに口から血が漏れ出ている。


「もういっちょ!」


 今度は身体を翻し、フェリスに蹴りを入れた。

 咄嗟に防御の姿勢を取るが、その腕ごと少女の蹴りが彼女を弾き飛ばす。


「フェリス……!」

「さらにさらにぃ……」


 少女は笑いながらアステルへと拳を振り上げようとした。

 その瞬間、フードの男がそれを制止する。


「ガギエル、ちょっと待ってください」

「もぉー、なにぃ?」


 ガギエルと呼ばれた少女は、振り上げた拳をだらんと落とした。


「いえ、彼女の身に纏う衣に見覚えがありましてね」


 そう言うと、男は大袈裟に考える素振りを見せ始めた。

 アステルが身に纏う衣――。師であるライラから旅の餞別に譲り受けた、漆黒のローブを凝視する。


「そうだ、そのローブ……。思い出すだけでも腹が立ちますね」

「え、なに。もしかして前にサタリエルがボコられた人間が着てたやつに似てるの?」

「失礼ですね。ボコられてなんかいませんよ」

「うっそだぁ! あの女の人、笑いながらボコボコにしてたじゃん!」


 キャッキャとガギエルが楽しげに笑う。


「されてませんよ。というか、貴女、見ていたのですか?」

「うん! 楽しそうだなぁ、混ざりたいなぁって思いながら見てたよ」


 サタリエルがやれやれと溜息をつく。


「とにかく、そこの少女が着ている衣を見ているとむしゃくしゃしてきます。なので、この者の相手は私がします。貴女は下がっていてください」

「えー……」


 ガギエルは肩を落としたが、すぐに持ち直した。


「まあ、いいよ。弱いのと戦っても楽しくないし。サタリエルと違って、弱い者いじめも好きじゃないからね」


 そう言うと、ガギエルを黒い魔力が包み込んでいく。「ばいばーい」と手を振りながら、彼女はその姿を消した。


「失礼ですね。私も弱い者いじめは好きじゃないのですが……。まあ、いいでしょう」


 雨がポツポツと降り始める。

 サタリエルは手の平を下に向け、腕を伸ばした。手の平から黒い魔力が滴り落ち、地面へと吸われていく。

 そして、何百とも言えるほどの、顔のない『傀儡くぐつ』が姿を現した。


「アステル……」


 よろよろと頼りない足取りで、シリウスとフェリスが傍まで来る。シリウスは痛みで震える手で刀の柄を掴み、フェリスもまたナイフを抜いた。


 圧倒的な数量差。痛みによる震え。強くなり続ける雨による視界不良。

 シルヴィによって呼び出されたアージェントウルフの群れ七匹と、三人が呼び出した三匹の支援によって何とか戦えているが、状況は最悪だった。


 切り伏せた傀儡はたちまち再生され、幾度もアステルたちへと刃を向けてくる。一匹、また一匹とアージェントウルフが切られ、瀕死になった個体は送還されていく。気づけば群れは消え、狼たちは三人が呼び出した個体のみになっていた。


「アステル……! ここじゃ、こいつら全員を吹き飛ばすような魔術は使えない!」


 フェリスが叫んだ。市街地での戦闘。何百もの敵を吹き飛ばせば、建物ごと巻き込むことになる。

 もっとも、場所がどこであろうと、詠唱の邪魔が入る以上、大規模魔術の使用は困難だ。獣の亜人で多少の近接訓練をしているとはいえ、フェリスは三名の中で一番接近戦が苦手だった。


 シリウスがカバーすることで何とか耐えているが、三人とも体力は限界に近かった。


「サタリエルをどうにかしないと……終わらない……っ!」


 アステルは視線を上空へと向けた。

 この世界に、空を浮遊する術なんて存在しない。だが、サタリエルは宙に浮き、退屈そうにこちらを見下ろしていた。魔力を固めて足場にしているのだ。どちらにせよ、人間にできる芸当ではない。


「ツヴァイ! アステルをあいつの所まで運んで!」


 シリウスがアステルの支援をしていたアージェントウルフへ指示を出した。

 ツヴァイはアステルを無理やりその背に乗せると、風のように傀儡の隙間を走り抜ける。


「なっ! 何を――」


 三人と三匹で耐えるのが限界だったのだ。その状態でアステルとツヴァイが抜ければ、均衡が崩れるのは時間の問題。

 いや、どちらにせよ、サタリエルを討たなければいずれ全滅していた。早いか遅いか、その程度の違いだ。


 ツヴァイは壁を駆け上がり、屋根の上を走っていく。

 アステルは魔力で生成したナイフを一本投げた。まっすぐサタリエルの頭部へと飛んだ刃を、彼は首を傾けて避ける。


 傀儡の群れを抜けた今なら、詠唱でサタリエルを直接狙える。

 駆けるツヴァイの背の上で、アステルは詠唱を開始した。敵を切り裂く刃のような風をイメージする。サタリエルの周囲に、緑色の魔法陣が展開された。


「ほう……」


 魔法陣から幾つもの風が刃となり、降り頻る雨を切り裂きながら放たれる。

 その刃を回避するため、サタリエルは空中の足場を消し、屋根へと降り立った。


 アステルとサタリエルが相対する。


「なかなかの魔術の使い手とお見受けする。名は?」

「……アステル」


 ツヴァイの背から降りながら答えた。


アステルですか。いい名前をお持ちですね。是非ともご両親の顔が見てみたい……いえ、私が殺したのでしたね」


 雨の音が静かに響き渡る。

 雨と血にまみれた手が、力強く握られた。薄まった血が屋根を伝っていく。

 男の表情は笑い、少女の顔は憎悪に染まっていた。


「その蒼い目、あの男に似ている。その灰色の髪、あの女に似ている。きっと母親に似た、美しい女性になるでしょう――訪れることはないでしょうが」


 憎悪で胸が、吐き気を催すほどに張り裂けそうになる。

 アステルは漆黒のローブの胸元を握り、そして手をゆっくりと下ろした。

 蒼白い魔力の剣を生成する。


「見事な魔力操作です。人間で行えるのは数少ないでしょう。しかし、所詮は『偽物』です」


 サタリエルは真似をするかのように、手本を見せるかのように、黒い魔力で剣を生成してみせた。


「知っていますか? 魔力は元々この世界には存在しない。魔力は我々のものなんです。そうしたルーツを辿ることで、彼らは真理へと近づいた。故に、死んだのです」

「真理とか世界とか、どうでもいい……」


 アステルの絞り出すような声は、雨音に消えそうなほど細かった。

 だが、サタリエルはそれを聞き逃さず、冷笑を深く刻む。


「どうでもいい? 貴女のご両親は何れ来る崩壊の為に行動を起こした。それを、どうでもいいだなんて。親不孝者なんですね、貴女」


 怒りか力みのせいか、アステルの腕が小刻みに震える。


「うるさい……、うるさい!」


 痛みで力が入らない足で、雨に滑る屋根の上を走る。滴る血が、アステルの痕跡を残していく。

 何度も切りかかり、何度も刃を振り下ろしても、蒼白い刃は黒い刃によって阻まれる。


 互いの剣が押し合う鍔迫り合いの中、アステルは指を静かにスナップした。乾いた音が雨の中で鳴り響く。

 その瞬間、アステルの目の前に緑色の魔法陣が生成され、風の刃がサタリエルの身体を裂いた。


 魔術のストック。先ほどサタリエルへ放った魔術を、事前に保存していたのだ。

 避けられない攻撃を受けたサタリエルが、距離を取る。


「なるほど。少し甘く見すぎていたのかもしれませんね」


 埃を払うように手を振りながら、サタリエルは言った。しかし、その声音は依然として変わらない。


「私はガギエルみたいに武闘派ではないのです。ですが、手を抜いていたとはいえ、貴女に遅れをとったのも事実。……終わりにしましょう」


 サタリエルが一気に距離を詰める。その速度は、彼の言う通りガギエルに比べれば遅い。しかし、身体が限界だったアステルにとっては、あまりにも速すぎた。


 サタリエルはアステルの首を鷲掴みにすると、再び上空へと歩いていく。


「……っ!」


 視線を下ろすと、眼に映ったのは、血だらけの状態で組み伏せられ、自分を見上げるシリウスとフェリスの姿だった。


「力及ばず、大切な主を守ることができずに目の前で失う。その絶望を見せてあげましょう」


 サタリエルの指が、アステルの細い喉をさらに締め上げる。指が食い込んでいく。

 朦朧とする意識を何とか保とうと唇を噛み締めると、鉄の味が広がった。


 そして。

 サタリエルは黒い剣を、ゆっくりとアステルの腹部へと突き立てた。


「ぐっ……」


 自身の肉を裂き、浸食してくる刃が、アステルを貫いた。

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