20話 幻想の安息
アステルたちがレーシェを訪れてから、既に三日が経っていた。
頭の中では偽物だと理解していながら、町を出ることができずにいた。
陽が落ち、皆で囲む幾度目かの食卓。セレーネの作った料理を、シリウスとフェリスはグノーシスとセレーネと会話をしながら楽しんでいる。その中で、アステルだけはただ黙々と食べ進めていた。
旅路が停滞しているのに、二人はアステルに文句ひとつ言わない。
「アステル」
下を向いていたアステルをグノーシスが呼び、彼女は顔を上げた。
「君は、僕たちが偽物だと……わかっているんだろう?」
「……はい」
優しい声音で告げられたその言葉に、アステルは短く頷いた。
「自分たちが偽物だってわかってたの?」
フェリスが驚いて聞く。
「もちろん。この世に死者蘇生なんて無いからね。他の同じような人たちが気付いているかは分からないけれど、僕たちは学者だ。それなりに魔術についても知識があるからね」
「……なんで私が気付いてるって、分かったんですか?」
アステルの問いに、グノーシスとセレーネは顔を見合わせた。そして、悲しげな笑みを浮かべてセレーネが答える。
「一度もお父さん、お母さんって、呼んでくれていないでしょう?」
この三日間、アステルは彼らのことを一度もそう呼んでいなかった。名前で呼び、敬語で接してきた。
「ごめん、なさい……」
「謝らないでいいのよ」
「そう、君はそのままでいいんだ。幻想になんて飲まれず、真実だけを見るんだ」
二人はアステルを真っ直ぐな瞳で見つめていた。
学者である彼らは生前、常に答えを、真実を求め続けていた。
――こんな所で足を止めるべきではない。
そう言われた気がした。
アステルは瞳を閉じ、深く息を吸い、そして吐いた。
「はい」
その返事に、二人は優しく微笑んだ。
「さあ、冷める前に食べましょう」
張り詰めた空気を和らげるように、セレーネが明るく言う。
それからは、今まで何があったのかを二人は聞いた。
シリウスとフェリスに出会い、そしてライラに出会い、五年の修行の日々を過ごしたこと。
食事が終わり、下げられた食器を洗うセレーネにアステルは近付いた。
「セレーネさん、手伝います」
「あら、ありがとう。良い子に育ったみたいで嬉しいな」
灰色の長髪が二つ並ぶ姿を三人が眺め、微笑む。
こんな時間が続けばいいと誰もが思い、けれど、終わらせないといけないと誰もが思っていた。
食後の会話を楽しみ、皆が寝室で眠る中、アステルはリビングの椅子に腰掛け、グラスに入った水を静かに眺めていた。
「グノーシスさんとセレーネさんって、良い人たちだよね」
シリウスの声がして顔を上げると、そこには彼女とフェリスがいた。
「流石はアステルの両親って感じだよねぇ」
「二人とも……。ごめんね」
「えっ、急になに?」
突然の謝罪に戸惑いながら、二人は椅子へと腰を下ろした。
「ホドに行かないといけないのに、時間を使っちゃって」
本当だったら、既にホドに着いていたはずだった。
それなのに、自分たちはまだここにいる。
「別にいいよ。私たちが合流してからのアステルはずっと頑張ってきた。これは休息だと思えばいいんだよ」
「そうそう。別にいつまでに着け、なんて言われてないんだし」
「……うん」
静かな時間が流れる。けれど居心地の悪さは一切なく、穏やかな時間だった。
アステルはグラスの水を飲み干す。
「寝ようか」
三人は寝室に戻り、各々のベッドへと潜り込む。
そして口を揃えて「おやすみ」と告げ、その瞳を閉じた。
朝になり、アステルは目を覚ます。
リビングに出ると、既に椅子に座り寛ぐグノーシスと、朝食を作るセレーネがいた。
「おはようございます」
アステルが言うと、二人は微笑んで「おはよう」と返した。
アステルは身支度を整え、セレーネの隣に立って朝食の準備を手伝う。朝食が出来上がる頃に、シリウスとフェリスも姿を現した。
皆で囲む、最後の食事。
四人が会話する姿を見つめていると、やはり名残惜しさが込み上げてくる。
けれど、既にアステルの迷いは払われていた。
「アステル、約束を覚えているかい?」
「約束?」
グノーシスの問いに、セレーネが言葉を継いだ。
「いつかダアトに戻ったら、私たちの研究資料を探して、信頼できる人に託すという約束よ」
「はい、覚えています。ですが、それはダアトのどこにあるんですか?」
「それは、教えることはできないんだ」
「教えることができない?」
アステルは首を傾げた。
「僕たちは君の記憶から再現された存在なんだ。君が生まれてから僕たちと別れるまでの八年間で、君が見て、君が僕たちに抱いたイメージの結晶だ」
「アステルは私たちのことを凄い学者だと思ってくれていたから、知識自体はあるわ。けれど、アステルの知らない私たちが行った事象については、知りようがないの」
「それに、それを知るのが奴らの目的だからね。尚更言えない。奴らは手掛かりを得るために僕たちを生み出したんだ」
「奴ら……?」
二人は静かに頷いた。
「でも、アステル。君にならわかるはずだ。本物の僕たちはきっと、君にならわかる場所に隠しているはずだから」
「わかりました。ダアトを訪れる際に探してみます」
「よろしくね」
再び食事を続ける。食べ終えた食器を下げ、セレーネと一緒に洗う。
それが終わると、アステルたちは昨夜のうちに済ませておいた旅の支度を整えた。
振り返ると、整えられたベッドと荷物がなくなった寂しさが残る寝室。
「みんな、これ」
リビングに戻ると、四つの包みをセレーネが手渡してきた。
「これは?」
シリウスが受け取りながら聞いた。
「お弁当よ。お昼に食べてね」
アステル、シリウス、フェリス。そして、アステルのフードの中でちょこんと前足を頭の上に乗せているアージェントウルフの子供、シルヴィの分。
「ありがとうございます」
三人が礼を言うと、セレーネは優しく微笑んだ。
扉を開け、外へと出る。
曇天。今にも雨が降り出しそうな空だ。
「みんな、体調には気をつけるんだよ」
「元気でね」
「はい。お世話になりました」
アステルたちは深く頭を下げ、そして背を向けた。
止まっていた足を、一歩、踏み出し始めた。




