19話 七年目の食卓
山を下り、アステルたちはレーシェを訪れていた。
街行く人々の中には、ヘルメス教団の信者らしき修道服を纏った者も多い。
しばらく歩いていると、山から見えた大きな鐘を携えた教会へとたどり着いた。
「アステル様ですね?」
教会から出てきた司祭の男が声を掛けてくる。
「……。だれ?」
見知らぬ男。なぜ自身の名前を知っているのかという疑問が生まれていた。
「私はこの教会で司祭を務めさせていただいている、エドワードと申します」
名乗った男は丁寧に頭を下げる。
「どうして私の名前を知っているんですか?」
「あなたを見守る魂が教えてくださいました」
「魂……?」
エドワードは「こちらへ」と教会の方へと手を伸ばした。
ステンドグラスから差し込む光が、七色に教会内部を照らす。
奥の祭壇までたどり着くと、そこに置かれていた二つの男女の遺体にアステルは言葉を失った。
女性の遺体は、アステルとよく似た灰色の髪をしている。
「な、んで……」
困惑するアステルの後ろで、シリウスとフェリスにはそれが誰なのかは分からなかった。だが、アステルはその正体をよく知っている。
「あなた様のご両親です」
エドワードの言葉にシリウスとフェリスは目を見開き、そしてその遺体を凝視する。
アステルからは、七年前の戦争時に自分を逃がす時間を稼ぐために立ち向かったと聞いていた。
そう、立ち向かって戦ったはずだ。それなのに、遺体には傷一つなく、あまりに綺麗だった。
「どうして、ここに?」
「あなたがここに来ることを予見していた主が、回収していたのです」
動揺し、何も考えられなくなり呆然と遺体を見つめるアステルに代わり、シリウスとフェリスが周囲を警戒するように見渡す。
「なんのために……?」
「ここでは死者を蘇生できるのです。ご存じでしょう?」
ヘルメス教団は死者蘇生の魔術を使える。それは、イェソドで聞いた話。
だけど、そんな奇跡は存在しない。存在するわけがない。
「どうやら疑っているようですね。……では、お見せしましょう」
男が一歩前に踏み出し、アステルの両親――父グノーシスと母セレーネへと身体を向け、手を広げて見せた。
次第に、二人の身体が光り輝いていく。
そんな中で、シリウスが一つの異変に気づく。
祭壇の近くにある陶器に映る両親の姿は、人ではなく、無機物の何かの姿をしていた。
「アステ――」
アステルへ知らせようとするが、二つの遺体から強い光が放たれ、言葉を遮られる。
そうして、ゆっくりと。グノーシスとセレーネの瞳が開けられた。
立ち上がった二人は、呆然と立ち尽くすアステルを見て、すぐに駆け寄り抱きしめた。
「アステル!」
「アステル! それは――」
真実を告げようとするシリウスを、フェリスが止める。
「なに?」
「アステルはきっと分かってる。だけど……」
死者蘇生なんて奇跡はない。これはきっと幻術か何かによるもの。目の前にいる二人は間違いなく偽物だ。
だが、アステルにとってその姿を見るのは七年ぶりなのだ。
偽物だとしても、その姿はきっと全く同じで。だからこそ言葉を失い、呆然としている。それを邪魔することが、フェリスにはできなかった。
「さあ、長旅でお疲れでしょう。住む場所はこちらで用意してあります」
エドワードは「こちらへ」と手招きをして歩き出した。
「いきましょう?」
セレーネはアステルの手を優しく包み込み、手を引いてエドワードの後へとついていく。
シリウスとフェリスは、三人並んで歩く偽りの親子の後を追った。
用意されていたのは、町の中にある至って普通の住居。
道案内を終えたエドワードはどこかへと立ち去り、アステルたちは家の中で座っていた。
グノーシスとセレーネは感動の再会に言葉を続けるが、アステルの頭の中には何も入っていなかった。
「そういえば、そちらの子たちは?」
グノーシスがシリウスたちに視線を向け、問いかける。
「この子たちは……」
「私はフェリス。こっちがシリウスで、その子がシルヴィだよ」
アステルの代わりにフェリスがグノーシスの質問に淡々と答えた。
「そうか。どういう関係なんだい?」
「家族です」
シリウスが凛として答える。
その返答を聞いた二人は、静かに微笑んだ。
「じゃあ、私たちの家族ね」
セレーネが手を合わせて言った。
やがて、鐘が鳴り響く。
「お昼ね。お母さんたちは買い物に行ってくるから、アステルたちは休んでいてね」
そう言うと、グノーシスとセレーネは外へと出ていった。
「アステル、あの人たちは……」
「……。わかってる。わかってるから。大丈夫」
アステルの膝に置かれた手がぎゅっと、強く握りしめられる。
「だけど……。もう少しだけ、このままでいさせてほしい」
シリウスとフェリスは顔を見合わせ、静かに頷いた。
「「わかった」」
優しい声音で、そう答えた。
二人が帰ってくると、セレーネが料理を作ってくれた。
シリウスとフェリス、そしてシルヴィの分も用意され、みんなで食卓を囲む。
昔、母が作ってくれた料理と同じ。 温かくて、美味しくて、優しい料理だった。




