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18話 青みゆく空、酷い陽光

 アステルたちはイェソドから数時間、草原をツヴァイたちの背に乗って駆け抜け、現在は山の麓まで来ていた。

 この山を越えた先に、イェソドとホドの中間に位置する町「レーシェ」がある。


「レーシェって聞いたところによると、やばい宗教がいるらしいねぇ」


 山の勾配が激しいため、ゆっくりと登る一行。その中でフェリスが口を開いた。


「みたいだね。……ヘルメス教団だっけ?」


 イェソドでの買い出しの途中で聞いた話。太陽の町レーシェでは、死者蘇生の魔術を行うことができる教団があるらしい。

 この世界には輪廻転生の概念はある。現に、何千年前の記憶を保持している人間が存在したという記録もある。しかし、死者蘇生の記録は存在しない。


「死人が生き返るなんて奇跡、あるわけないのにね」

「だよねぇ……」


 そう、そんな奇跡なんて存在しない。

 だけど、そんな世迷言を信じ、入信して高額のお布施をする信者がいるのも事実だ。


 ――そんな奇跡なんてあったら、この世界に苦しみなんてないはずだ。


 アステルだってきっと、ライラのもとで修行をしていなければ。魔術の知識を得ていなければ、そんな世迷言を信じてしまったかもしれない。目の前で、戦争により惨殺された両親にもう一度会えるのなら、どんな高額のお布施だって払えるだろう。


 山を登り続けて山頂までたどり着いた。気が付けば日が落ち始め、山頂から見える景色をオレンジ色に染めている。


「今日はここで野営にしようか」


 アステルがここから見えるレーシェの町を見下ろしながら言った。大きな教会には、鐘が揺れ動いていた。


「はい」

「はぁい」


 シリウスとフェリスは返事をして、各々野営の準備を始める。

 日が落ちきる前に火を起こし、腹を満たした。気が付けば、アステルは眠りについていた。


 ―― 夢の中、遠い記憶

 目の前には、父グノーシスと母セレーネの姿。

 決して裕福な家庭ではなかった。だけど、温かく優しい両親が大好きだった。家族三人で過ごした街「ダアト」は、二大国であるケテルとマルクトどちらにも属さない中立の街。召喚獣に対しても奴隷的な認識を持たず、共に過ごす隣人として接してきた。


 だからこそ、アステルは召喚獣に対しての偏見なんてなかった。

 両親は学者をしていた。魔力やパンドラの夜、そして「世界の意思」。研究は忙しいらしく、家族で過ごす時間はさほど多くはなかったが、休みの日は必ず三人で過ごしていた。


 そんな日がずっと続くと思っていた。


 突如としてダアト近隣でケテルとマルクト両国の戦争が勃発し、その戦火はダアトまで延びた。そして、その日の夜は魔力が活性化する「パンドラの夜」だった。


 街の衛兵や召喚獣は街のために戦っていた。しかし、父が開発した魔力制御の魔道具を使ってもなお、制御を失った両軍の召喚獣たちに人々は惨殺されていく。


 両親に連れられ、アステルは身を隠しながら街を抜けるために走っていた。

 聞こえてくるのは耳を塞ぎたくなるような悲鳴と爆発の音。両親は震える声で「大丈夫」と繰り返し、震える手でアステルの頭を撫でる。


 再び街を走り出す。遠くでは、使役していたはずの召喚獣に殺されていく兵士たち。その中には、犬耳が生えた小さな亜人の女の子と、猫耳が生えた小さな亜人の女の子がいた。


「いたぞ!」


 男の声が響く。最初から狙っていたかのような口ぶりで、兵士ではない「黒いフードを被った男たち」が追ってくる。アステルたちは身を隠すが、男たちの足音は真っ直ぐに近づいてくる。


「アステル……」


 震える小さな少女の名をグノーシスが呼ぶ。

 グノーシスとセレーネは互いに顔を見合わせ、意を決したようにアステルを見つめた。二人はアステルを優しく抱きしめ、頭を撫でた。たった数秒のこと。だけどアステルの心は休まるようだった。


「ここが収まり、成長したときにもう一度この街に来るんだ」

「奴らの狙いは恐らく私達の研究成果。それを回収して、信頼できる人に託してほしいの」

「なにを、言ってるの……?」


 戸惑うアステルの頭を、汚れ、傷ついた手で二人は優しく撫でた。


「お前は生きるんだ」


 二人は優しく微笑み、アステルを置いて去っていく。

 二人の足音が遠くなっていき、男たちの足音も追うように遠ざかる。


 少女は涙を拭い、震える足で何とか立ち上がった。街を隠れながら進み、フェンスが壊れた地下水路へと入り、暗い道を歩き続けた。

 聞こえてくるのは自身の足音と水が流れる音だけ。その音が、一人しかいないと主張するように響き渡る。


 地下水路を抜けると、陽が上り始めていた。赤かった空は青みがかっていく。


 アステルは何日間も一人で草原と森を歩いた。その先で出会ったのは、血を流しボロボロな状態で威嚇をする、二人の犬耳と猫耳の亜人の少女。


 アステルは震える手を差し伸べた。


「大丈夫だよ」


 ―― 現在

 眠りから覚めると、心配するようにシリウスとフェリスが顔を覗き込んでいた。


「大丈夫?」

 シリウスが優しく言った。

「うなされてたよ?」

 フェリスが言葉を続ける。


「ごめん、大丈夫」


 アステルが身体を起こし、二人の頭を撫でた。

 いつもだったら激しく左右に揺れる尻尾だが、今は心配の方が勝つのか、揺れがおとなしい。


 立ち上がり、山からの景色を見た。

 青い空に、太陽が酷く眩しかった。

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