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17話 不純物

 グレイブが提示した作戦は単純明快。おとり作戦だった。


「子供をおとりにするなんて、正気とは思えない」


 当然、そんなものをカレンが許すはずもなく、真っ向から反対した。

 おまけにアステル側には、何の得も一切ない。


 交渉は決裂した。

 これ以上の会話には意味がないと判断したアステルは、膝に座るシルヴィを抱き上げ、立ち上がった。それに従うように、シリウスとフェリスも静かに立ち上がる。


「申し訳ないですが、私達は正義のヒーローでもなければ、英雄願望もありません」


 そう切り捨てるように、アステルは立ち去った。

 グレイブが落とした肩に、そっと、優しくカレンの手が乗せられた。


 部屋に戻ると、「うへぇ」とフェリスがベッドに倒れ込んだ。

 それを見たシリウスが「ちゃんとシャワー入りなよ」と一言。

 まるでさっきの重たい会話など存在しなかったかのような、いつもの平常運転。


 アステルは窓に近付き、カーテンの隙間から夜の街並みを眺める。

 街灯に照らされ、水路の水が煌びやかに光る。綺麗な街だ。


 しかし、それは表面上だけに過ぎない。

 実際は、路地で奴隷として召喚獣の売買が行われ、今は失踪事件が起きている。

 グレイブの言う通り、失踪事件が他意によるものだとしたら、それはきっと奴隷として売るためのものだろう。


 妹が誘拐されたのが一週間ほど前の出来事。つまり、それよりも前からこの事件は起きている。

 最初がいつかは定かではないが、長期間行われているにもかかわらず、手掛かりが一つもない。


 アステルの見る街並みには、若い女性や子供は歩いていない。見えるのは衛兵ばかりだ。

 これほど衛兵が蔓延る中で、手掛かり一つ残さずに誘拐などできるだろうか?

 誘拐した『商品』で稼いだ資金で、賄賂を払っている――。

 そんな推測をしてみる。


 もしそれが事実だとしたら、この街はアステル自身が思っている以上に歪んでいる。

 この件に関わるつもりなど到底なかったが、朝に助言程度はしておくべきだろう。


 そうして一夜を過ごし、アサイラムを出てから三日目の朝を迎えた。

 枕元では、シルヴィが静かな寝息を立てている。


 身支度を整え、カーテンの隙間から入り込む朝陽を背に、アステル達は部屋を後にした。

 酒場で朝食をとり、受付にいるカレンに部屋の鍵を返す。


「昨日はごめんなさいね。彼も必死なのよ」

「大丈夫です。家族が行方不明で、冷静でいられないのは仕方がないので」


「ありがとう」と彼女は小さく呟いた。

 そんな彼女に、アステルは一つだけ伝える。


「この街は、あんまり信用しない方がいいと思いますよ」

「……どういうこと?」


 首を傾げる彼女に、アステルは昨夜辿り着いた一つの推測を言葉にして伝えた。

 もちろん、それが真実とは限らない。

 だとしても、手掛かりがないという異常がある以上、捨てられない可能性。


「王都ギルド本部に、クレアというギルド職員がいます。彼女に、信頼できる職員と冒険者を派遣してもらってください。私の名前を使って構いませんので」


 本部に所属しているクレアは、アステルが信頼できる人物。そして、本部にはデュラハンを討伐した際の貸しがある。無下にはしないはずだ。


「貴女って、凄い子なのね……」

「いえ、たまたま貸しがあるだけなので。この際、返してもらおうかと」


「お世話になりました」

 アステル達は軽く会釈をして、宿を後にした。


 その後、アステル達は街を出る前に食料の買い出しを済ませ、門口までやってきた。

 そこにはグレイブが待っていて、アステル達の姿を認めるとゆっくりと近づいてきた。


「昨日は悪かったな。……カレンに『もし、妹が優秀な冒険者だったとして、おとりなんて頼むのか』と言われて、気が付いたんだ。自分が言っていたことに」


「気にしないでください。気持ちはわかるので」


 もしシリウスやフェリス、シルヴィが誘拐されたとしたら、アステルも冷静ではいられないだろう。

 しかし、人間と違って彼女たちは召喚獣だ。召喚で取り返すことができる。


 もっとも、シリウスとフェリスは魂自体が繋がっているため、チャームを必要としない。

 シルヴィはチャームを奪われてしまえば呼び出すことはできないが、『友愛の契約』は契約主、あるいは契約者が認めなければ他人が召喚することはできないため、他者にとっての価値は低いだろう。


「それでは、私達は失礼します。妹さんが見つかることを願っていますね」

「ああ、気をつけてな」

「はい。お元気で」


 そう言い、アステル達は会釈をしてその場を後にした。


 街からしばらく離れ、アステル達はツヴァイ達を召喚してその背に跨る。


「今日もよろしくね」


 優しくツヴァイの背中を撫でる。


 アステル達は澱んだ街を背に、青空の下、灰色の長髪と漆黒のローブをなびかせ、頭の上にちょこんと乗せられたシルヴィの重さを感じつつ、風のように駆けていった。

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