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16話 澱む都

 アステルたち三人は、契約を果たしたアージェントウルフの背に乗り、大地を駆けていた。

 風に煽られ、アステルの灰色の髪と漆黒のローブが大きくなびく。狼の子供、シルヴィはフードの中に収まり、前足をアステルの頭に乗せて前方を凝視していた。


 シルヴィとの契約が済み、彼の毛から『チャーム』を作ったことで、いつでも呼び出せるようになった。本来なら彼を置いて森を出るつもりだったが、群れの狼たちが「この子も連れて行け」と言わんばかりに服を引っ張るため、仕方なく連れ歩いている。


 しかし、結果としてそれは正解だった。

 アステルが契約したのはシルヴィ単体だったが、実質的な契約は群れ全体。リーダーの子供であるシルヴィは、群れの仲間を呼び出す媒介の役割を果たしてくれたのだ。


 アステルたちを乗せてくれている狼たちにも名前を付けた。

 アステルを乗せ、群れのリーダー役を担う『ツヴァイ』。シリウスを乗せる『ドライ』。フェリスを乗せる『フィア』。

 この三匹はシルヴィなしでも呼び出せるよう、それぞれの毛からチャームを作り、各自が所有している。


 大地を駆け抜けること数時間。

 大きな湖の傍らに築かれた、巨大な街が見えてきた。マルクト王国王都と、アステルたちが目指す『ホド』の中間に位置する都市――『イェソド』だ。

 アステルたちはイェソドの手前で狼たちから降り、「ありがとう」とお礼を伝えて送還した。


 街へと近づき、門兵の鋭い視線を浴びながら大きな城壁の門をくぐり抜ける。

「綺麗な街だねぇ……」

 フェリスが周囲を見渡しながら、感嘆の声を漏らした。

 イェソドは『水の都』と呼ばれる街だ。至る所に水路が設けられ、絶えず流れる水の音が静かに響いている。


「行程もツヴァイたちのお陰で順調だし、この街に泊まろうか」

 本来、アサイラムからここまで三日はかかる予定だったが、二日目の夕暮れには到着していた。

 依頼をこなした時間を差し引けば、本来ならもっと遅くなっていたはずだ。

 彼らには感謝の念しかなかった。


 宿を探すために街を散策する。この規模の街なら、ギルドが運営する冒険者向けの宿があるはずだ。

 しかし、アステルは微かな違和感を覚えた。衛兵の数が多い。

 そして、その衛兵たちに「監視されている」ような感覚があった。


「外の者を歓迎してないのかなぁ?」

「んー、イェソドって観光地として有名だよね?」

 背後でそんな会話が交わされる中、アステルは街のメインストリートを歩き続ける。

 表向きは観光地らしく美麗だ。しかし、一歩路地に視線を向ければ、召喚獣たちが『奴隷』の商品として並べられている。


 微かな嫌悪感を抱きつつ、アステルたちはギルド運営の宿へと辿り着いた。

「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」

「はい、三人部屋を」

「では、こちらに代表者のお名前をお願いします」

 カウンターの女性に渡された宿泊名簿へ、自身の名を記入する。


「アステル・セーフェル様ですね。こちらがお部屋の鍵です」

「ありがとうございます」

「……夜の外出は、できれば控えてくださいね」

 鍵を受け取ろうとしたアステルへ、受付の女性が三人の顔を交互に見ながらそう告げた。意図が分からず、アステルは首を傾げる。


「最近、この街と近隣の町で行方不明者が続出しているんです。若い女性や子供、それに召喚獣まで」

 彼女は隣の掲示板へと視線を向けた。

 そこには『探し人』の依頼が所狭しと貼られている。しかし、召喚獣の捜索依頼は見当たらない。「代わりはいくらでもいる」ということなのだろう。

 街の衛兵の多さと、彼らの刺すような視線の理由が、ようやく腑に落ちた。


「わかりました。夜間の外出は控えることにします」

 幸い、この宿は酒場を兼ねているため食事には困らない。

 三人は部屋で荷を下ろし、一息ついた。


「行方不明だなんて物騒だねぇ」

「うん、ちょっと街を歩けないのは残念かな」

 日が落ちるまで残り一時間。明日の早朝には補給を済ませて出発することを考えれば、どのみち街を観光する余裕はない。


 アステルはフードからシルヴィを降ろし、優しい手つきで撫でる。暫しの休息の後、三人は夕食を摂るために酒場へと降りた。


 酒場は先ほどよりも人が増え、賑わいを見せていた。幸い空いていたテーブル席に座り、料理を注文する。

 届いたパンを隣の床で待つシルヴィに与え、アステルも自身の食事を始めた。


「すまない、相席いいか?」


 食事が進む中、冒険者風の若い男が声をかけてきた。

「……どうぞ」

 シリウスとフェリスに視線をやるが、二人は興味なさそうに食事を続けている。アステルは特に問題ないと判断し、許可を出した。

「悪いな」


 男は椅子を引き、腰掛けると同時に注文を済ませた。

「あんたたちは冒険者か? この辺りでは見ない顔だ」

「まあ、そんなところです」

「そうか。しかし、今この街に来るなんて運が悪いな」


 やはり例の事件のことだろう。

 確かに不運かもしれないが、アステルたちにとってここは通過点に過ぎない。街を歩けないのは惜しいが、旅に支障はないのだ。

「そうですね」

 素っ気ないアステルの返答に、男はフッと力なく笑った。


 男の料理が運ばれてくる。

「あんたたちは腕が立ちそうだ。亜人を二人、それに中位魔物であるアージェントウルフの子供。そんな連中を従える奴を狙う馬鹿はいないと思うが……気をつけるんだな」

「狙う奴がいる……誘拐だと考えているんですね」


「実は……俺の妹も、一週間前から行方不明なんだ」

「……そうですか」

 アステルは構わず食事を続ける。

「妹は、ちょうどあんたたちと同じくらいの年でな。依頼でちょっとした怪我を負っただけで泣きそうな顔して心配してくれたり、毎日、俺が冒険者として成功するために家事を全部引き受けてくれて。……いい子なんだ」


 男の声に、徐々に震えが混じり始める。

 心配でたまらないのだろう。どんな小さな手がかりでも欲しいはずだ。

 しかし、アステルはこの街に来たばかりで何も知らない。そして、どうにかしてやるつもりも一切なかった。

 それを察したのか、あるいはただ縋りたいのか。男は両手を机につき、深く頭を下げた。


「あんたたちに、協力してほしい」


 男――グレイブは、縋るように言った。

 だが、淡々と料理を口に運び続けるアステルの返答は、残酷なものだった。

「お断りします」

 たとえ正式な依頼であっても、行方不明者の捜索や犯人特定は一日で片付くような仕事ではない。

 ツヴァイたちのおかげ得られた時間の余裕を、ここで浪費するわけにはいかなかった。


「なぜだ!?」

 グレイブが声を荒らげ、喧騒に包まれていた酒場が一瞬にして静まり返る。

「ちょっと、グレイブどうしたの?」

 声を聞きつけ、宿泊を受け付けてくれた女性――カレンが駆け寄ってきた。

 一瞬の静寂の後、酒場はまた元の騒がしさを取り戻していく。


「カレン……」

 カレンがグレイブに何があったのかを問い質す。

 その間もアステルたちは食事を止めず、二人の話が終わる頃には全ての皿を空にしていた。

「はあ……。あなたが切羽詰まっているのは分かるけれど、妹と同じ年頃の子たちに無理な助けを求めなくてもいいでしょ?」

 カレンはため息交じりにグレイブを諭した。


 アステルは膝の上にシルヴィを乗せ、二人の会話を静かに聞いている。フェリスは机に顔を伏せ、シリウスがそれを黙って見つめていた。

 興味も関心も示さない三人の様子に、グレイブは絞り出すように言った。

「アステル、と言ったな?」

「はい」

 カレンとのやり取りで名前が漏れていたため、彼はそれを把握していた。


「あんたは俺よりも、きっと強い召喚術師だ。同年代の冒険者よりも、はるかに実力があるはずだ」

 亜人二人と、アージェントウルフの子供。その構成だけで、実力が突出しているのは明白だと言いたいのだろう。


「そんなあんただから、頼みたいんだ。――作戦ならある」

 グレイブは真っ直ぐな瞳でアステルたちを射抜いた。

 妹を探し出す唯一の希望、千載一遇の好機を、彼は逃すつもりはなかった。

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