15話 継承される銀の誇り
アサイラムを出てから二日目の朝。
アステル達はアージェントウルフのリーダーの亡骸を埋葬し、その墓標も前で目を閉じ、静かに手を合わせていた。
シリウスとフェリスもアステルの後ろで同様に死を弔い、狼の子供は横で寂しそうに墓標を見つめている。
そして、目を開け。振り向き、二人の召喚獣と、十匹のアージェントウルフを見つめ。
「……。弔い合戦を始めようか」
三人はアージェントウルフ跨り、森の中を駆け抜けていく。
灰色の髪が、漆黒のローブが風で靡く。狼の子供は、アステルのローブのフードの中に居た。
ゴブリンの巣窟へと進めば進む程、フェラルゴブリンとの戦闘は激化していく。きっと、アステル達三人だけでは厳しい戦いになっていた。それはアージェントウルフ達もそうだろう。
アステルとフェリスは詠唱中は移動できないという弱点を、狼に乗るという事で克服し、戦場を駆け抜けながら魔術を行使する。しかし、本来は地に足をつけ、狙いを絞って行使する為若干のズレが生じていた。
元々機動力があったシリウスは問題なく適応できている。
「便利だけど当たらないねぇ」
「うん、ちょっと難しいかも」
フェリスが漏らした言葉にアステルが同意した。
アステルは魔術を使うのをやめ、蒼白い魔力の剣を生成する。
「ごめん、敵に近付いてくれる?」
跨る狼に頼むと、ガウッと小さく返事をし、今まで一定の距離間を保ちながら動いていたのを近接戦闘に適した距離に切り替えてくれる。
そうして、アステル達はゴブリンを屠りながら駆け抜け、ゴブリンの巣窟へと進んでいった。
巣窟と思われる洞窟の前に辿り着く。数多のゴブリンを相手にしたが、アージェントウルフ達のお陰で消耗は最小限に抑えられていた。
三人は狼から降り、フードに居る狼の子供を持ち上げ、地面に降ろす。
ここからは先は何があるか分からない。
「君たちはこの子を守ってあげてね」
心配そうにアステルを見上げる狼の子供を、小さく微笑みながら撫でる。
今はまだ小さく、頼りない子供。だけど、いずれは群れを率いるリーダーになる。
「君もありがとうね。乗せてくれて」
狼の子供を撫でるのをやめ、立ち上がり、今度は自身を送り届けてくれた。狼を撫でた。
亡くなったリーダー程ではないが、周囲より少しだけ身体が大きな個体。おそらく、リーダーの次席だろう。
同じように自分を乗せてくれた狼を撫でるシリウスとフェリスを見る。
「行こうか」
そうアステルが言うと、二人は顔を向け、静かに頷いた。
洞窟の中は異様な空気感が漂っていた。
「なんか臭くない?」
「うん、ちょっときつい」
アステルの後ろで二人がそんな会話をしている。
実際洞窟の中は腐敗臭が満ちていた。
そんな洞窟の中を歩き続ける。外に見張りのゴブリンも居なければ、中に常駐するゴブリンも居ない。
―― 異常。
ただその一言に尽きる。
アステルは立ち止まり、詠唱を始める。念のため、魔術のストックをする為だ。
ライラとの5年間の修行で会得していた技術。魔術のストックは、事前に詠唱を済ませておくことで、好きなタイミングで発動できるもの。事前に詠唱を済ませるという絶対条件があるが、いざという時の切り札になる。
蒼白い魔力がアステルの右手に宿り、それをギュッと握りしめると光が消えていく。
魔術のストックを終えると。三人は再び奥へと歩み始めた。
開けた空間。そこには幾つもの腐肉が点在していて、それを貪り食う。巨大な何かがいる。
三人の足音に気付いたそれは、食事をやめ、ゆっくりと振り向く。
「赤い頭のゴブリン……」
それはゴブリンの上位種にあたるもの。しかし、それはパンドラの夜による魔力活性化のフェラル化に適応した結果、身体を大きく変貌させていた。
「アステルの予想、当たっちゃったねぇ……」
フェリスが気怠そうに呟いた。
ゴブリンでも上位種になれば、パンドラの夜でもフェラル化はしない。
フェラル化した状態で進化して、耐性を得た事で適応し、変異した。
群れのリーダーが変異した事でその群れに属するゴブリン達もまたフェラル化を保ったままだったのだろう。
目の前に立ちはだかり、雄たけびを上げる巨体を前に、三人を深呼吸をする。
シリウスは手に持つ刀の柄を力強く掴み、フェリスが腰のナイフを抜く。そして、アステルは魔力の剣を生成した。
「……。行こう」
アステルの言葉が発せられると同時に、シリウスが風の爆発の推進力で一気に距離を詰め、移動の推進力と抜刀する際に更に爆発させることで生み出される一太刀を足へと切り付ける。
強大な筋肉を持ち、厚い皮脂に阻まれる。しかし、その大きな身体を支える事が困難になる程のダメージを与えた。
シリウスの速度に遅れて、無傷の足に魔力の剣で切りかかる。刃がその肉に食い込む瞬間、フェリスが風の魔術をその剣にぶつけ、威力が増した一撃が肉を断ち切り。ゴブリンはたちまち膝をつく。
そして追い打ちをかけるようにフェリスが生み出した、風の刃を纏う竜巻が巨体を切り刻んでいく。
しかし、依然としてその巨体は息をしていた。
「大きいだけあってタフだね」
シリウスが溜息混じりで言った。
異常活性化した魔力に適応した身体は、受けた傷を猛烈な勢いで修復していく。
「ええ……。うそでしょ」
ゆっくりと立ち上がる巨体を前に、フェリスがぼやいた。
「一撃で仕留めるしかないね」
アステルは静かに告げた。
アージェントウルフとフェラルゴブリンとの争いで、狼の死体はあっても、ゴブリンの死体がなかったのはこの再生能力のせいだろう。
「シリウス。時間を稼いで、フェリスはその援護」
「はい」「はぁい」
シリウスは返事をして、再びゴブリンへと接近して戦闘を始める。フェリスは魔術でそれを援護する。
魔物と言えど生物。心臓を潰せば死ぬし、首を飛ばしても、脳みそも潰せば死ぬ。
しかし、この再生能力。致命傷を与えても再生される可能性もある。
アステルは詠唱を始める。
イメージはあの巨体を押しつぶすもの。
ゴブリンの頭上に緑色の魔法陣が出現し、大気が高密度に圧縮され、巨体目掛けそれを叩きつける。
巨体は地面へと押しつぶされるが、まだ生きている。
当然これで倒せるなんて考えていない。
アステルは、その手を伸ばす。
「再生する前に潰してしまえば、さすがに耐えられないでしょ?」
乾いた指の音が静かに響く。
事前に詠唱して、保存していた魔術。それは、アステルが最も得意とする武器の生成。
一本の生成なら瞬時だが、大量生産となれば話は別だ。
ゴブリンの巨体を押し付けている程の大きな、大気の塊の中で幾つもの蒼白い魔力の剣が生成され、圧力に押さえつけれるその巨体の頭、首、心臓、そして全身へと容赦なく突き刺さる。
やがて、圧力によって押しつぶされ、地面に突き刺しにされたまま蠢く巨体は呻き声をあげながら徐々に、その生命活動を停止した。
「すごいじゃんアステル。あんな事出来たんだ」
二人が歩み寄り、フェリスが感嘆の声を上げる。
「詠唱時間が長いから、事前にやっておかないと使えないけどね」
「それでもすごいよ」
シリウスも同意した。
「でも、倒せたのは二人が居たからだよ。おつかれさま」
アステルが二人の頭を撫でると。尻尾が激しく左右に揺れ動いた。
その二人を見てアステルは微笑む。
「戻ろうか」
洞窟から出ると、アージェントウルフ達が出迎えてくれた。
狼の子供はアステルの姿が見えるや否や、駆け寄り、足へとじゃれつく。
そんな子を抱きかかえ、空を見る。眩しい程の太陽が大地を照らす。
「お昼にしようか」
アステル達は野営地まで戻り、食事を取り、出立の準備を終えた。
最後にもう一度だけ、かつての群れのリーダーが眠る墓標へと手を合わせる。
「じゃあ、元気でね」
アステルは振り向き、整列している狼たちにさよならを告げる。
すると、次の群れのリーダーになる狼が、狼の子供を鼻先でそっと押した。
押されて前に出てきた狼の子供は、アステルの前で静かに座り、その顔を見つめる。
「多分だけど、契約を求めてるんじゃない?」
「まあ、群れのリーダーは実質アステルだしね」
フェリスの言葉にシリウスが同調する。
「え、なったつもりないよ?」
「なったつもりはなくても、この子達にとってはそうなんだよ。契約してあげなよ」
「……。この子達がそれでいいならいいけど……」
アステルはしゃがみ、小さな狼に問いかける。
「いいのかな?」
その問いかけに「ワンッ」と短い返事。
それを見たアステルは、「そっか」と優しく微笑んだ。
召喚獣との契約は主に二つ、その内の一つは友愛の契約と呼ばれる。
両者の同意のもとに成立し、時に召喚獣から契約を持ち掛ける事もある。
アステルは小さな狼へと手を翳し、目を閉じる。
アージェントウルフ達の蒼白い魔力が、優しくアステルを包み込んだ。
「で、その子の名前どうするの?」
「んー、どうしようか」
フェリスの問い、アステルは悩みながら彼らを見た。
やはり目立つのは銀色の体毛。
「シルヴィ……ってのはどうかな?」
それを聞いた小さな狼は吠え、喜びを爆発させるようにアステルの周りを走り回る。
「気に入ったみたいだね」
シリウスはその光景を見て、微笑みながら言った。
こうして、亡きリーダーの血を引く小さな狼の名はシルヴィとなり。
アステルは群れ全体と契約を果たした。




