14話 銀の群れ
夕焼けに照らされる森の中を、アステルたちは駆け抜けていた。ギルドからの依頼で指定された魔物を討伐するためだ。
倒木を軽やかに飛び越え、襲い来るフェラル化した魔物――フェラルゴブリンを切り伏せていく。アステルは蒼白い魔力の剣を振るい、シリウスは刀を使い、フェリスは風の魔術で一網打尽にした。
森の奥へと進んでいくほど、フェラルゴブリンの数が増えていく。
「アステル、おかしくない?」
「……うん。わかってる」
フェリスの疑問にアステルは頷いた。
『パンドラの夜』による魔力活性化の影響を受け、フェラル化。狂暴化するのは本来、下位の魔物だけだ。魔力の器が小さい魔物ほど、その影響を強く受ける。人間で言えば、魔術が使えなくなる程度の障害で済む。そしてそれらは基本、夜が過ぎて魔力が安定すれば、フェラル化は解除されるはずだ。
だが、今現在までアステルたちが狩ってきたのは、すべてフェラル化したゴブリンだった。
違和感を抱きながら森を走り続けていると、数体の魔物の死体を見つけた。
銀色の体毛を持つウルフ種の中位魔物。
「アージェントウルフ……?」
アステルは死体へと近づいていく。損傷が激しく、周囲の状況からも凄惨な戦闘があったことが示唆されていた。
「アージェントウルフって中位魔物だよね? 人間に狩られたとか?」
シリウスは死体を見ながら首を傾げた。
アステルがそっと死体に触れると、まだほんのり温かい。死んでから、それほど時間は経過していなかった。
「……まだ温かいから、違うと思う。フェラルゴブリンがこれだけ溢れている森で、人が狩りをしているとは思えない」
そもそも、アージェントウルフは人間を無闇に襲わないとライラから教わっている。
誇り高く、群れのリーダーが認めた人間に対しては忠誠を尽くすことすらある魔物だ。こちらから危害を加えない限り襲ってこない彼らを、わざわざ複数を相手にしてまで狩る人間がいるとは思えない。
もしいたとしても、それは相当な手練れだ。そして、そんな実力者が彼らを狩る理由もない。
アステルは周囲を見渡した。しかし、視界に入るのは激しい戦闘の痕跡と、狼の死体のみ。
脳裏に一つの可能性がよぎる。それは、あまり考えたくない可能性だった。
「……とりあえず、進んでみよう」
アステルは立ち上がり、さらに森の奥へと足を踏み入れた。
しばらく進むと、そこにいたのは一際大きな身体を持つアージェントウルフだった。
しかし、その身体は傷だらけで、今にもその命を終えようとしている。そしてその傍らには、小さく震えながらアステルたちへ唸り声をあげる狼の子供がいた。
アステルが倒れている狼に近づこうとすると、それを阻むように小さな狼が立ちはだかり、必死に威嚇する。
「大丈夫だよ」
目線を合わせるようにしゃがみ、手を差し伸べる。狼の子供はゆっくりとその手に近づき、くんくんと匂いを嗅いだ。
その隙を見て、フェリスが大きな狼へと近づき治療魔術を掛ける。
しばらく匂いを嗅ぎ、緊張が解けた子供の狼の頭を、アステルは優しく撫でた。
「アステル……」
フェリスに呼ばれ、アステルは立ち上がり、親狼の状態を確認する。
治療魔術で幾分か傷は癒えているものの、その命の灯火は今にも消えようとしていた。
「そっか……」
この世界に、奇跡なんてない。
死者が蘇る奇跡なんてない。今にも消えゆく命を救えるような、そんな便利な魔術は存在しない。
魔術はあくまで魔力を扱う技術。術者のイメージと技量に依存するものだ。ゆえに、治せる傷にも限度があり、消える命を元に戻すことなんてできない。
奇跡なんて、ない。
フェリスが治療魔術を止め、立ち上がる。入れ替わるようにアステルがしゃがみ込んだ。
そして、優しくその銀色の毛並みを撫でる。
アージェントウルフは、今にも消えそうな瞳でアステルを見つめた。子供の狼は寂しそうに、アステルの横で親を見つめている。……きっと、親子なのだろう。
やがて狼は、最後にその視線を自分の子供へと向け――その光は、ゆっくりと消えていった。
アステルが立ち上がると、周囲から複数の木々が折れる音が響いた。森の中から現れたのは、傷だらけのアージェントウルフの群れだった。
狼たちは自分たちのリーダーの亡骸を見つめ、ゆっくりとアステルの前へ歩み寄ると、その場に静かに座り込んだ。
「群れのリーダーだねぇ」
「……どういうこと?」
アステルはフェリスの言葉に首を傾げた。
「託されたんじゃないかな。その子と、群れを」
シリウスがアステルの疑問に答える。
「そう、なんだ……」
「んー。とりあえず野営の準備しない? 日没も近いしさ」
突然のことに戸惑うアステルに、フェリスが提案した。
「そうだね。私は食料を調達してくるよ」
シリウスが森へ入ろうとすると、何匹かの狼が後を追おうとする。しかし、シリウスは「君たちは休んでて!」と制止した。
「みんなはこっちだよー」
フェリスが狼たちを集め、治療魔術で傷を癒やし始める。
その光景を見たアステルは、静かに微笑んだ。
「焚き木、集めてくるね」
アステルも森の中へと入っていく。その後ろには、子供の狼がぴったりとついてきていた。
夜が訪れ、日が落ちきる前に火を起こした。
シリウスは多めに食材を調達し、怪我を負っていた狼たちに分け与えていた。
パチパチと目の前で燃える火を見つめながら、アステルは顔を膝に埋める。その横では、狼の子供がうずくまって寝ていた。
アステルは、先ほど見た死体のことを考えていた。
群れのリーダーを倒すほどの存在。
狂暴化したフェラルゴブリンの仕業だとしても、そのゴブリンの死体がひとつも転がっていないのは、あまりに不自然だ。
「さっきから何考えてるの?」
配給を終えたシリウスが、焚き火の傍に座った。
「アージェントウルフの死体のこと」
「あれ、なんだろうねぇ……」
フェリスが焚き木を投げ込みながら言う。
「……。多分だけど」
それは、あまり考えたくない答えだった。
ライラから聞いた、『パンドラの夜』に起こる異常現象の一つ。
「突然変異、だと思う」




