107話 過程の証明
ライラの背を追い、イェソドを歩き回る。
気付けば昼を過ぎていて、メインストリートは人で溢れ返り、賑やかさを見せている。
マルクトの王都に次ぐ、二番目の都市としての威厳が、アステル達の目の前に広がる。
「先生」
「んー?」
アステルが声を掛けると、ライラは振り返ることもなく、気の抜けた返事だけが返ってきた。
「ギルドハウスに戻らなくていいんですか?」
「大丈夫じゃない?」
適当に答えるライラの後ろで、アステル達は顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。
それに。とライラが振り返った。
「二年振りの綺麗なライラお姉さんと水入らずの時間だよ? 四人だけで久し振りに過ごす時間が、仕事だけだなんてつまらないでしょ?」
人が行き交う中、アステル達は立ち止まり、自信に満ち溢れたライラの顔を見つめた。
「エドナさんに怒られないの?」
フェリスが首を傾げ聞いた。
「っふ……フェリスちゃん。例え大真面目エドナであろうと、私達の邪魔なんてできないよ」
ちっちっちっと人差し指を立てて左右に振った。
そして、その手を腰へと当てた。
「甘いもの食べたいでしょ?」
「た、食べたい!」
ライラの言葉を聞き、フェリスは獣耳を立て、顔をパッと明るく輝かせた。
「うんうん。相変わらず甘いものが好きみたいだね。んじゃ、いくぞー!」
「おー!」
ライラが拳を突き上げると、同調したようにフェリスも拳を突き上げた。
そんな二人を、アステルとシリウスは苦笑いを浮かべ見つめていた。
「どうするの?」
「まあ、乗り気になったフェリスを折るのも可哀そうだし。……行こうか」
「そっか。うん、そうだね」
シリウスは頷いた。
メインストリートから一本外れ、落ち着いた通りにあるカフェ。
アステルとシリウスの目の前にはパンケーキが置かれ、フェリスの前には大きなパフェが運ばれてくる。
そのパフェを前に、フェリスは再び獣耳を立て、目を輝かせる。
その様子を見て、ライラは頬杖を突きながら微笑み、目の前のクッキーを口の中へ放り投げ、コーヒーを飲む。
アステルは裏商人の拠点で拾った資料を見つめていた。
銃器のリストは恐らく、この商人が密輸したリスト。じゃあ、名簿はなんだろうか?
顧客リスト、従業員リスト。または、イェソドから失踪した人達のリスト。
名前だけがこの紙を幾ら見た所で、なにも分からない。それでも、アステルは考える事をやめなかった。
そんなアステルを見つめながら、ライラは静かにコーヒーを飲む。
失踪はアステル達がこの街に訪れた二年前の時点で起きていた。その時はまだ、イェソド。ましては、マルクト全土に銃器の流通はなかった。
昨日一発だけ売られていた金貨千枚の弾丸。魔力を殺す弾も二年前は存在しなかった。
銃器の流通と魔力を殺す弾。それこそが、二年前との最も異なる点だった。
「アステルちゃん」
「は、——んぐっ!?」
ライラに呼ばれ、顔を上げるとアステルの口にパンケーキが詰め込まれた。
口いっぱいのパンケーキを何とか噛んでいく。
「アステルちゃん。こんな綺麗で美人なお姉さんと一緒なのに、お仕事に夢中なのは感心しないなー」
ジトっとライラを見つめながら、アステルは口を抑え噛み続ける。
「おいしい? ライラお姉さんに食べさせて貰って更においしいでしょ?」
アステルは何とかパンケーキを飲み込み、お茶を流し込んだ。
「……やめてください」
「お仕事の前に、沢山お話しする事あるでしょ? それにさ、情報が足りない状態で考えても無意味じゃない? 行き着いた答えが正解でも、過程が正しくないと意味ないよ」
「過程ですか?」
ライラは頷き、コーヒーを飲んだ。
「そ、過程。正しい答えを出せても、過程が正しくないと意味がない。逆に言ってしまえば、答えが間違ってても過程があってたらいいんだよ」
「過程が正しければ、答えが違っても同じ過程を辿れば何れ答えに行き着くからですか?」
「そうそう。それとは関係ないかも知れないけどね。数学や科学において途中式を重大視されるのは、それが理由だよね。正しい答えよりも、正しい過程だよ」
ライラはクッキーを一枚摘み、口の中へと放り込んだ。
「それにさ。さっきも言ったけど、綺麗なお姉さんとお茶会してるんだよ? 何れ来たる正解を焦るよりも、今は休まないと。ほら、周りが「あの顔面偏差値の高いグループは何!?」「あの人綺麗!」「わあ!美人!」って見てるよ」
アステルはその言葉を聞き、周りを見た。
しかし、誰一人見てはおらず、各々が話したり本を読んだりしていた。
「……誰も見てませんよ」
「ふっ。……大事なのは過程だよ」
「どんな過程ですか……」
「私が美人で綺麗なお姉さんって事。そして、アステルちゃん達も可愛いって事が事実な事」
ため息混じりで聞いたアステルの言葉に、ライラはニヤッと口角を上げて答えた。
「……そうですか」
アステルは深い溜息を吐き、ライラを見つめる視線を伏せた。
そして、フォークとナイフを手に取り、パンケーキを切り分け口へと運んでいく。
その様子をライラは頬杖を突き見つめていた。
「おいしい?」
「はい」
「そっか。……んじゃ、まあ。聞かせてよ。アステルちゃん達が歩いてきた。二年間の過程を」
アステルは顔をパンケーキに向けながら、切り分けつつ視線だけをライラヘと向けた。
「別に、先生が好きそうな面白い話は何もないですよ」
切り分けたパンケーキを口に運んだ。
「面白い話なんていらないよ。何時に起きて、何を食べた。そんな些細な事でもいい。私が知りたいのは、アステルちゃん達が経験した事、やってきた事。……弟子の経験した事を知りたい。そう思うのは、師匠として当然じゃない?」
「そういうものなんですか?」
口の中の甘く、柔らかいパンケーキを飲み込み。アステルが首を傾げた。
「なに? アステルちゃんは、自分のお弟子さん。あの少年、カインくんの事はあんまり気にしてない感じ?」
アステルはパンケーキを切り分ける手を止め、ジッとバターが溶けて落ちていく様子を見つめた。
カインを弟子にしたのは事実だ。それでも、パンドラの調査というライラに任された仕事を優先してきた。多くの事はフェリスとシリウスが交互に教えていた。
弟子と言っていいのか、正直分からない。
だけど、カインは自身との訓練の時が一番気合が入ると言ってくれた。
そんな彼の成長は気にはなる。
何が出来るようになって、何を克服したのか。
日々の訓練の様子は毎日その日に担当した二人から聞きもした。
「どうしたの? パンケーキなんか見つめちゃって。ライラお姉さんの方が目の保養になるよ?」
「……いえ。時々、カインの訓練の成果を見るって約束。最近果せてないなと」
「別にいいんじゃない?」
ライラはヒョイっとクッキーを口に放り込んだ。
「でも、先生は毎日私達の事見てくれてました」
「そりゃ、まあ。私は何にも縛られない謎の美女だからね。それに、エドナとシュドウも居たしね。例え、私が仕事で忙しかったとしても、別にアステルちゃんは不出来な師匠だなんて思わないでしょ?」
「……確かに、そうかも知れないですね」
でしょー? とライラはニッと笑った。
「じゃ、話してよ。少年との劇的な出会いを含めた。アステルちゃん達の二年間の全てを」
「私達の旅の始まりは、正直言って衝撃でした。……フェリスとシリウスには、直接指導する事が多かった師匠が選別をくれたのですが、私の先生は何も用意してなかったんです」
「……あ、アステルちゃん?」
おもむろに話し出したアステルを見つめ、ライラが言葉を詰まらせる。
しかし、そんなライラを置いて、アステルは言葉を紡ぎ続ける。
「その人が私に差し出したのは、その人が見に纏った漆黒のローブ。……サイズが合わない、急ごしらえのものです」
「アステルちゃん! それ、私の話だよね!?」
「はい。そうです。……ですが、先生がくれたローブが私達を助け、私の支えです。それは、今でも変わりません」
「そ、そっか……よかったよ」
それから、アステルは起こった事を話し続けた。
訪れた小さな町で、依頼を請け負った時、身に纏った漆黒のローブが信頼の証として、報酬を前払いしてくれた事。
アージェントウルフ、シルヴィ達の出会い。
今いる街。イェソドで二年前に起こった事。
そして、死者蘇生を謳う町レーシェで、傀儡となりアステル達の前に現れた両親の事。
パンドラの扉が存在する町ホド。カインとの出会いを。
フェリスとシリウスの言葉も挟みつつ、アステルはライラへと話した。
「そっか。……ごめんね。辛い話させたかも」
「辛い話ですか?」
アステルは首を傾げた。
「ご両親の事だよ」
「辛くはない。……と言えば、嘘にはなりますが。私にとって、大切な記憶なんです。私を逃がす為に身を挺し死んだ両親が、目の前に現れた時。喜べなかったんです。……死者蘇生なんて奇跡は存在しない。いま、目の前にいるお父さんとお母さんは偽物。頭ではわかっていても、私はすぐにその場から離れる事が出来なかった」
ライラは何も言葉にすることなく、静かにアステルの言葉を聞き続ける。
「一緒に過ごした日々は楽しかった。……お父さん、お母さんとは呼べなかったけど。偽物でも、私の事を愛してくれて。シリウスとフェリス。そして、シルヴィの事を家族のように接してくれました。自分達の事を偽物だと理解した上で、私達を愛してくれた」
「そっか」
「私達がレーシェで敵と出会い、沢山の傀儡に囲まれ窮地に陥った時、お父さんとお母さんが助けてくれました。私達の傷を治し、……私達を逃がす為に、身を挺してくれました。……二度目。二度目は偽物だったけど、あそこにいた両親は紛れもなく、私の。私達の両親でした」
アステルは腕を前に出し、手の平を上に向けた。そして、黎明色の魔力の塊を生み出した。
「この魔力は、父と母が私の傷を治した事で変色したものだと思います」
傀儡だった彼らの魔力は星の無い夜のように、どこまでも黒色だった。魔界由来の魔力がアステルが持っていた、本来蒼白い魔力が混ざり合い夜明けのような色へと変わった。
「そうなんだね。……お父さんとお母さんからの贈り物だね」
「はい、私もそう思っています」
アステルはギュッと手を握ると、魔力は霧散して消えて行った。
ライラはその言葉を聞き、頷いた。
「それからは、二年間カインくんの修行をしながら、パンドラの扉を調査をして。パンドラの夜の日に、カグラへ転移してスズカちゃん達と出会って。今。って感じ?」
「はい」
「そかそか」
ライラは何度も頷き、コーヒーを飲んだ。
すっかりぬるくなったコーヒーを飲み干し、静かにカップをテーブルの上に置いた。
「お疲れ様、三人とも。よく頑張ったね」
ライラはテーブルの上を見渡した。皿やパフェグラスが空になったのを確認し、よーし。と両手をテーブルの上に乗せた。
「戻ろうか。……流石に、エドナが怒りそうだしね」
ライラが両手を付いたまま、窓を見た。アステル達もその視線を追っていくと、窓からはオレンジ色の光がカフェの中へと差し込んでいた。
そして、ライラが会計を済まし、カフェを出る。
空が夜に近付き、街路灯がぽつり、ぽつりと灯り始める街を四人は歩き出した。




