106話 ウーパーイーツ
奥へと進むライラの後ろを着いて行き、扉の前で立ち止まる。
白く細い人差し指が顎に添えられ、何かを考えるように斜め上を見つめている。
そんな後ろ姿を見て、アステル達三人は顔を見合わせ首を傾げる。
そして、ライラはおもむろに扉へ腕を伸ばし、あろうことか、コンコンと。普通にノックをした。
「誰だ?」
扉の向こうから太い、男の声が返ってくる。
「ウーパーイーツでーす」
「ウ、ウーパーイーツ?」
扉の向こうから困惑の声が返ってくる。
複数人いるらしく、誰が頼んだのか等の話が聞こえてくる。
「あのー、おでんが冷めちゃいま―す」
「お、おでん!? ……なんたって、こんな季節におでんを……ていうか、さっきそっちの方で騒がしかったが、本当にウーパーイーツなんだろうな?」
「あはは。なんか熱々のたまごを誰が食べるか揉めてまして。それじゃないですか?」
「……そこに置いとけ」
「えー? でも、麺が伸びちゃいますよ?」
「麺!? おでんに麺は入らないだろ!?」
「あ、すみません。おでんじゃなくて、ラーメンでしたー」
「どういう間違いだよ……おい、お前受け取ってやれ」
ライラは振り返り、アステル達に向かってピースをした。
その姿を見て、三人は苦笑いを浮かべた。
そして、カチャと鍵が開く音がし、ドアノブが回りドアが開かれる。
その瞬間、ライラが男の襟を思いっきり引っ張り開いた扉で二回程殴打し、最後は力一杯に扉を叩きつけた。
崩れ落ちた男の襟からライラの手が離れると、力なく倒れていく。その男を踏み締め、ライラは中へと入っていく。
「な、なんだ! おまえらは!?」
男の一人が言った。
「扉の修理に来ましたー」
「てめえ!? さっきから出鱈目ほざいてるな!?」
「やだなぁ。人を嘘つきみたいに言って、失礼しちゃうよね?」
ライラは笑い混じりに言い、アステル達を見て同意を求めた。
「……巻き込まないでください」
アステルはため息を吐いた。
「嘘つきじゃねぇか!? おでんも、ラーメンも。そもそもウーパーイーツさえも!! 全部!」
「まあまあ。落ち着きなよ。本当の事教えてあげるからさ」
「ほ、本当の事?」
男達が顔を見合わせ首を傾げた。
ライラはわざとらしく咳払いをし、喉の調整をする。
「少しだけお茶目で可憐な見た目で行き交う人の目を奪い、あの人は誰!? モデル!? そんな事を言われてしまうような謎の美女は誰? ……そう、私です」
「て、て……てめえ!? 舐めてんのか!?」
男は怒声を上げ、懐から銃を取り出した。
「ええ……本当の事言っただけなんだけど」
「死にたくなかったら手を挙げて、本当の事を言え!」
男達の銃口がライラ、そして、アステル達へと向けられた。
ライラはその言葉に応え、手を挙げる。しかし、それは右手のみ。
そして、左下に顔を向け、瞳を閉じた。
「ヤンマーニ、ヤンマーニ、ヤンマーニ、ヤイーヤ……」
口角を微かに上げ、呟くように口ずさんだ。
「最後までふざけやがって!?」
男達の指が引き金を引いた。
アステルは手を翳し、自身とシリウス達を黎明色の魔力障壁で包み込んだ。
極限まで魔力で身体能力を強化したライラは、目に留まらぬ速さで駆け弾丸の雨を掻い潜り、ソファを男たちに向けて蹴り飛ばした。
黎明色の壁の向こうでは、銃弾が跳ね返り四方へ弾痕を残していく中、ライラは止まる事無く動き続ける。
靡く黒髪の隙間を縫うように、弾丸が通り抜けていく。
その躍動の最中、花瓶を手に取り、クルッと身体を回し男の一人へと投げつけた。
花瓶は男の顔面へと直撃し、粉々に砕け散った。
「おお!? 当たった!?」
鳴り響く銃声が減り、やがて、止まる。
「く、くそ!」
残された男達は震えた手でリロードをしようとするも、中々マガジンが入らない。
「やっぱり、銃って駄目だね。魔術が発展した今の時代に合ってないよ」
ライラは急接近し、男達を殴り、そして蹴り飛ばした。
そして、銃声が鳴り響いた部屋が静かになる。
「魔術、使ってないじゃないですか」
アステルは呆れた声音で言い、ライラへと近づいた。
「いつも言ってるでしょ? 魔術は――」
「魔術は魔力を扱う術。……わかってますよ」
「流石、一番弟子だね」
ライラはニッと笑い、アステルの頭を撫でた。
顔を僅かに俯かせ、その暖かい手を受け入れる。
「で。アステルちゃん、シリウスちゃん、フェリスちゃん。どうだった?」
ライラの問いに三人は首を傾げた。
「昨日約束したでしょ? 最高にかっこいいライラお姉さんを見せるって。最高にかっこよかったでしょ?」
ライラは腰に両手を当て、エッヘンと胸を張りドヤ顔を見せた。
「よくわからない」
「うん」
「ええ!?」
フェリスの言葉にシリウスが頷き、ライラが驚きの声を上げた。
そんな三人を余所にアステルは地面に散らばった紙切れを一枚拾い上げた。
人の名前らしき文字が並ぶ紙。
名簿?
「先生」
「お! アステルちゃんは――」
アステルはライラへ紙を差し出した。
ライラは紙を受け取り、眺め始めた。覗き込むように、シリウスとフェリスもまたその紙を見る。
「へえ……」
四人の意識が名簿に集まった時、一人の男が立ち上がり、慌ただしく走り出した。
四人は追うことはなく、それを見届け、再び名簿に視線を戻した。
「運がいいのか、悪いのか。どちらにせよ、……ビンゴ。いや、リーチ役満寸前だ」
ライラが静かに言った。
アステル達は暫く荒れた部屋の中を調べ、同じく名簿らしき紙と流通している銃器のリストらしきものを見つけた。
それを持ち、アステル達は建物から出る。
すると、一人の女性が立っていた。
「ヒカゲさん?」
いつもはスズカに名前を呼ばれる前に、影から姿を現す彼女が今は日中の陽の下に立っていた。
「逃げ出した男は我ら影の同胞が追っている。何か分かれば報告する」
それだけ言い残し、ヒカゲは歩き出した。
そして、影の中へとその姿を消した。
「んー……あとは、カグラの忍びに任せて。アガリ牌を待とうか」
ライラが目一杯に背筋を伸ばし言った。
そして、歩き出したその背中を追っていく。




