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108話 呪い

 ギルドハウスに到着した頃にはすでに、太陽は完全に沈みきり、空には無数の星と月が浮かんでいた。

 ライラが扉を開け、中へ入っていく。アステル達もその後に続くと、目の前には、腰に両手を当てライラを静かに睨むエドナが立っていた。

「……お出迎え?」

 ライラが振り絞るように言った。


「……こんなに時間が掛かったって事は、ちゃんと成果はあるのよね?」

「も、もちろん! アステルちゃん」

 アステルは裏商人の拠点から持ち帰った資料をエドナに渡した。


「ありがとう」

 エドナは微笑み、アステルから受け取った資料に目を通し始めた。

「それで、何ヵ所潰したの?」

「え、一ヵ所だけ……」


 エドナはライラの言葉を聞き、資料からその顔へと視線を向けた。

「一ヵ所? あなた達が出たのは午前よね? ……炙り出すために、何ヵ所か潰してきて欲しいって。頼んだと思うのだけど」

「ふふ、……エドナ」

 ライラはちっちっちと、人差し指を振った。


 その様子をエドナはジトっとした目で見つめる。

「私はね、無駄な事が嫌いなんだ。最初の拠点でその資料を見つけて、一人の商人が逃亡した。それは既にヒカゲちゃん達が追跡してるんだよ。つまりね、目標は達成しているって訳」


「最初の拠点ってことは、昼頃には終わってるって事よね? もっと早くに報告出来た。って事で良いかしら?」

「……報告よりも、私はアステルちゃん達の歩んできた道を知ることを優先しただけだよ」

 ライラは真っすぐな瞳で、真剣な声音で言った。

 エドナはそれを受け取り、小さくため息を吐いた。


「そう。……報告が遅い事には変わりはないけど、まあ。いいわ。仕事はちゃんとしたみたいだし」

「うんうん。それで? エドナの方はどうなのさ。……イグニスくんの姿が見えないけど」

 ライラが室内を見渡した。

 しかし、そこにはイグニスの姿はない。


 元々奴隷として売られていた召喚獣。身に纏った物はボロボロだった為、エドナがその身なりを整える為に動いていた筈。

「イグニスくんなら料理や色々な事を教えてる最中で、今はキッチンで火を見てもらっているわ」

「料理?」

「ええ。アステルちゃんの従者になったのだから。そこらへんの事を覚えた方がいいでしょう?」


 へえ。とライラは頷いた。

 魔力量が少なく、戦闘では活躍が期待できない。その為、他の事で精一杯頑張ると言っていた。

 その為の教育だろう。


「ちゃんと超いかした服を見繕ってあげたんだろうね?」

 ライラが口角を上げ、エドナの顔を覗き込むように言った。

「当然よ。……イグニスくん。ちょっと来てくれる?」

「はい!」


 エドナがキッチンの方へ顔を向け、イグニスを呼ぶと、キッチンからは男性とも女性にも聞こえる、聞き心地良い声が返ってきた。

 パタパタと小刻みな足音がキッチンから近づいてくる。

 そうして、かつてボロボロだった召喚獣が姿を見せる。


 白いシャツの上に黒く、フォーマルなスーツを身に纏い、伸びきった髪を後ろに束ねすっきりとしている。中性的で整った顔がハッキリと明るい表情をアステル達に見せた。


「アステル様! 皆さん! おかえりなさいませ!」

 身に纏っているものは紳士的だが、身体の曲線は美しく、細い。ろくに食べて来ていないからの細さだろうが、それが余計に女性的に見える。

 見れば見るほどに、男性か女性か分からない。


「あ、あの……もしかして、似合ってませんか?」

 訝しげに見つめるアステルを見て、イグニスは表情を暗くした。

「いえ、凄く似合ってますよ。……髪は切らなかったんですか?」

「あ、ありがとうございます! 髪はアステル様が綺麗だと仰ってくれたので、切りませんでした!」


 暗くした表情を一気にパッと明るくさせ、イグニスは言った。

「そうなんですね。凄く似合っていると思います」

 アステルがそう言うと、イグニスは少しだけ照れくさそうに笑った。

「火を見なくちゃいけないので、僕は戻りますね!」


「ええ、おねがいね」

「はい!」

 エドナの言葉に元気よく返事をし、キッチンへと小走りで戻っていった。


「エドナにしては随分とセンスいいね? 執事っぽいのもいいけど、メイドさんも似合いそう」

「どういう意味よ? ……ちなみにだけど、メイド服もあるわよ」

「まあじ? ……あとで着てもらお」


 ライラはソファーへと近づき、腰を下ろした。背もたれに体重を預け、足を組み天井を見上げる。

 エドナはキッチンへと向かっていき、アステル達三人は中央の大きなテーブルへと向かい座った。

 既に、席にはカイン達が座っていて、スズカはエドナが作ったであろうつまみを摘まみつつ、酒を呑んでいる。


「カイン、どうだった?」

 アステルが椅子に腰を下ろしつつ尋ねた。

 シュドウに力量を見る。そう言われ、朝からカイン。そして、スズカ達とは別行動を取っていた。


「どうだった……特には、シリウスさんに稽古つけて貰っていた時と同様に、基礎を徹底的にやらされた感じです」

「私達がつけてもらっていたものを元にしているからね」

 シリウスが言った。


「シュドウから何か教えて貰った? 魔〇剣とか、月〇天衝とか」

 エドナが持ってきたコーヒーを受け取りつつ、ライラがからかうように言った。

「まじ……え?」

 カインの困惑した様子を見て、ニヤッと笑みを受けライラはコーヒーを飲んだ。


「適当な事言ってるだけだから、気にしなくてもいいよ」

 アステルはため息を吐きつつ、エドナからお茶を受け取り言った。

「そうなんですか?」

「そうだよー」


 フェリスがテーブルの上に突っ伏しながら言った。

「あはは、……ひど」

 ライラはおもむろに近くに置いてあった本を手に取った。

 先ほどまでの態度が嘘だったかのように、真剣な眼差しで本を読み始めた。


 暫くして、アステル達の目の前にエドナが作った料理が、エドナとイグニスの手のよって運ばれてくる。

 昨日のようにテーブルの上を埋め尽くす程の量はなく、人数分の料理が並べられ、皆が食べ始める。

 アステルも食べようと、スプーンを手に取ると、一つの視線に気付きその方向を見ると、イグニスが立ったままジッと見つめてきていた。


「……? どうしたんですか?」

「えっ!? あ、いえ……その……」

 イグニスは手を後ろで組み、指をもじもじと弄る。その指先には絆創膏が巻かれていた。

 そしてスープを見ると、エドナが切ったとは思えない不揃いで不格好な野菜が入っていた。


 スープにスプーンを潜らせる。エドナが作るスープよりも少しだけ色濃く、不慣れな手つきで切り分けたであろう野菜を掬う。

 口へと運ぶ。味は濃い。しかし、決して不味くはなく。美味しい。大きめな野菜でも、きちんと中まで火が通っている。

 よく煮込んだ為に味が濃いのか、調味料が多かったのかは分からない。

 エドナが作るような繊細さはない。

 だけど、料理を作った事ない人が一生懸命に、おいしくなって欲しいと願って作った事がよく分かる。


「……少し、味が濃いかも知れないです。好みかも知れませんが」

「あ、……うう……」

 イグニスは表情を暗くさせた。

 アステルはその顔を見て、ですが。と続けるように言う。


「具材が大きいのにも関わらず、ちゃんと火が通っています。味は濃いですが、ちゃんと美味しいです。不慣れな料理を頑張ったのがよく伝わります。今でも十分美味しいですが、慣れたらもっと美味しい物を作れると思います。……次に期待していますね」

「は、はい! 頑張ります!」

 イグニスはパッと表情を明るくさせ、胸の前で両手を握りしめた。


「ほら、折角作ったスープが冷めちゃうわよ」

「そうですね!」

 エドナに諭されたイグニスは椅子に座り、自身が作ったスープを飲む。

「……た、確かに。エドナさんが作ったものより濃いですね……」


「最初はそんなものよ。ライラと違ってちゃんと食べられるし、美味しいわよ」

「ちょっと。私が料理下手みたいな言い方しないでよね。こんな綺麗なお姉さんが料理下手とか、ベタ過ぎるって。ねぇ?」

 ライラはアステル、シリウス。そしてフェリスの三人に同意を求めるように視線を向けた。

 

「んー。……先生が作った料理はアステルに止められて食べた事ないけど、変な色してたよね?」

「うん。確かカレーって言ってたけど、紫色してたし。アステルが食べた後は自分達で作って食べたから。味はわからない」

「そうそう。初めて四人でご飯を食べるってなって、腕によりをかけて作ったのにさ。アステルちゃんってば、一口食べただけでシリウスちゃんとフェリスちゃんに料理を作らせて、それを食べるし。それ以降は三人が当番で作ってくれたお陰で、私が作ったのはそれ一回だけなんだよね」


「先生も自分で作ったカレーは食べずに、私達と同じ物を食べたじゃないですか」

「……まあ。より美味しそうなものがあるなら、そっちを食べるのが普通じゃない?」

 ライラは悪びれる様子もなく、さも当然かのように言い放ち、パンをちぎり口の中へと放り込んだ。

 その様子を見て、アステルは呆れたように溜息を吐き、スープを再び飲んだ。


 翌日。アステルは街を歩いていた。

 後ろに歩くのはシリウスとフェリスではなく。スズカとラセツ。

 和服を身に纏い、三本の刀を横並びに腰へ装着した小柄の鬼姫と一本の刀を腰に差す鬼。そんな二人を連れて歩く漆黒のローブを身に纏う少女。

 何もせずとも威圧感があるのか、周りの視線が刺さるように感じる。


「今日はどこにいくのだ?」

 スズカが首を傾げた。

「スズカ様……今朝、エドナが言っていたではありませんか」

「ぬはは! 寝起きでぽやぽやしてたからな。忘れた」


 溜息混じりのラセツの言葉に、豪快に笑い。悪びれる事なくスズカは言い放つ。

「今日は、昨日裏商人の拠点で見つけた、名簿を調べる為にギルド支部に行くんだよ」

 アステルがそう言うと、うむ。とスズカが頷いた。


「しかし、何故俺たちなんだ? シリウスとフェリスはどうした?」

 いつもであれば、アステル達三人は常に一緒に行動をしている。

 しかし、今回は別に行動しており、何も予定がなかったスズカとラセツが同行している。

「シリウスはカインと一緒にシュドウさんと訓練。フェリスはエドナさんと治癒魔術の訓練」


「ほお、シリウスもフェリスも今のままでも十分だというのに。感心だな」

「先生はどうした?」

 感心するラセツの横で、スズカが問う。

「先生は、……よくわからないけど。コストがどうのって言ってた」


「こすと?」

 スズカは首を傾げた。

 強キャラっていうのはコストが重く、すぐには出撃出来ない。クールタイムというものが存在するらしい。

 正直、何を言っているのか分からなかったが。ギルド支部に行くだけだったから置いていく事にした。


「単純に面倒くさいだけだと思うから、気にしなくていいよ」

「そうか。……しかし、残念だな」

「残念?」

「うむ。残念だ」


 なあ? とスズカはラセツに同意を求めた。

「はい。……あの者は底が見えない。俺とスズカ様、二人で挑んでも勝てるかどうかすら怪しい程までにな」

「うむ。勝てる。とは、決して言えんな」


 確かに、ライラが負ける事を想像する事は出来ない。

 それは自分の師匠として、負けてほしくないって思う気持ちからなのか。それとも、純粋にその力があるからなのか。定かではない。しかし、負けるとは到底思うことが出来ないのは明確だ。


 そうして、アステル達はギルド支部へと辿り着く。

 酒場も兼用してることもあり、夜になると賑わうこの場所だが、日中はそこまでの繁盛はない。

 そんなギルド支部が何やら騒がしさを見せていた。

 冒険者や衛兵が集う中を、アステルは気にすることなく進んでいく。


 鬼二人の威圧感もあってか、自然と道は開ける。

 人の出入りが激しく、開いたままの扉を潜ると、受付には人だかりが出来ていた。

「これは……暫く待つことになりそうだな」

 スズカが溜息を吐いた。


「どうする? 日を改めるか、時間を潰すか?」

 ラセツの問いに、アステルは考えるように顎に指を添えた。


 名簿の確認自体は特段の急ぎ案件という訳ではない。

 かと言って、他に用事がある訳でもない。

 だが、いつ掃けるか分からない人だかりを待つのは面倒だ。


「アステルちゃん?」

 不意に名前を呼ばれ、アステルが顔を上げると。その方向には、沢山の資料を抱えたイェソドのギルド支部の受付嬢のカレンが居た。

「今日はシリウスちゃんとフェリスちゃんは一緒じゃないのね?」

「はい。ちょっと別行動をしています。……この騒ぎはどうかしたんですか?」


 実は……と、カレンは神妙な面持ちになった。

 そして、意を決したように。告げる。

「龍が現れたの」

 喧噪とするギルド内部で、その言葉はアステル達の耳にしっかりと入り込んだ。


「……そうですか。この資料なんですけど」

「え? 龍が出たのに、あんまり……」

「はい。興味はありません」

 カレンは困惑しつつも、差し出された資料を受け取り軽く目を通した。


「これって……」

「何かわかりますか?」

「行方不明として捜索願いが出されている人達と同じ名前が幾つかあるわね。……それに、この名前」

 カレンはアステル達へ資料を向け、一つの名前を指差した。


「クーゼ?」

 アステルは首を傾げた。

「グレイブの妹さんの名前よ。……これをどこで?」

「裏商人の拠点で拾いました。ありがとうございます。助かりました」


 アステルはカレンに頭を下げ、背向け歩き出そうとした。

「ちょ、ちょっと待って。その件も確かにすごく大事なんだけど、今は街の近くに龍が出てるの」

「これだけの冒険者が集まっているなら大丈夫じゃないですか?」


 アステルは周囲を見渡した。

 恐らく、討伐賞金目当ての冒険者が数十人といる。

 討伐できるとは到底思えないが、大多数を犠牲に撃退くらいは出来るだろう。


「どう考えたって彼らには無理でしょう!?」

 周囲の冒険者に聞こえぬよう、声を抑えつつカレンは言った。

「それに、ここにいる冒険者達は防衛依頼の受注は出来るけど、討伐依頼の受注資格はないのよ」

「まあ、その資格があったとしても、あやつらじゃただ単に刺激するだけだろうな」

 スズカが鼻で笑うように言った。


「だとしても、私達に倒せるかどうかはわかりませんし。そもそも、資格も持っていませんよ」

 アステル達は正式な冒険者登録もなにもしていない。

 言ってしまえば、召喚術師とその一行。


 冒険者登録をすると、依頼をこなし、実力が認められればより上位の依頼を受けられる。

 登録をしなくても、依頼は受けられるが、本人証明確認不足で受け取れる報酬が減ったりする。

 特に困った事もなければ、王都の時は贔屓にしている受付嬢が対応してくれた事もあり、報酬の減額は最小限に抑えられていた。

 王都ではライラの弟子という事でそれなりに名前と顔を知られていたって事もあるが。


「資格ならあるわよ」

 カレンの自信満々の言葉にアステルは首を傾げた。

「二年前。行方不明者の捜索の時、アステルちゃんは自分の名前を使って、ギルド本部に増援の依頼を出すように言ってくれたわよね? 言われた通りに、依頼を出したらすぐに本部が動いてくれたっていうこと」

 ビシッと人差し指を突き立てて言った。


「それは、ギルドマスターの依頼を――」

「そこよ」

 天井へと突き立てた指を、今度はアステルへと突き立てる。

「ギルドマスターからの依頼を直々に請け負った経験がある。それは、つまりギルドマスターから認知される程の存在って事」

 そして。ともう一本指を立て、天井へと向けた。


終夜(よすがら)の魔女の弟子って事よ」

 終夜の魔女。この言葉を聞くのは二度目だ。

 本人に確認をした事はないが、一度目も似たような状況だった。


 ライラの二つ名には、面倒事を呼び寄せる呪いでも掛かっているかと。アステルは頭を押さえ、深くため息を吐いた。

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