104話 フォレスティの更ける夜
ライラ達がどうしてここにいるのか。そして、アステル達に何があったのか。その話を終え、次なる話題は今日起こった出来事の共有へと移り変わっていく。
「路地裏でアステルちゃんが遭遇し、戦闘に発端した奴隷商人達だけど――」
「え? アステル戦ったの? 怪我はしてないの?」
フェリスがアステルを見つめ、首を傾げた。
「うん。撃たれたけど、エドナさんが治してくれたよ」
「撃たれたの!?」
フェリスの獣耳がピンと立ち上がった。
「どうして、私達を呼ばなかったの?」
シリウスがアステルを見つめた。
「二人を召喚したら、スズカ達やカインが残されるでしょ? よく知らない街で、突然残されると困ると思って」
「それはそうだけど……」
フェリスが不服そうな声を漏らした。
スズカは静かに酒を呑み、グラスを静かにテーブルの上に置いた。
「……アステル。妾達の事を思ってくれるのは嬉しいが、まずは自身の安全を優先しろ」
「ご、ごめん」
アステルは少しだけ気まずそうに目を逸らした。
「でも、よく無事だったね」
「うん、先生達が助けに来てくれたから」
アステルを見つめるシリウスの言葉に、答えた。
「そうなんだ。……次からは呼んでよね」
フェリスが獣耳をペタンと折り畳む。
「うん。……次は必ず呼ぶよ」
アステルはフェリスを見つめて言う。
エドナが微かに微笑みながら、その光景を見た。やがて、真剣な表情へと戻り、話を元へと戻す。
「あの場にいた奴隷商人達は連行され、売られていた銃や弾丸等は衛兵が押収したわ。明日、ギルド職員と衛兵が拠点に向かい、残りを押収す予定ね。……拠点には数人の召喚獣がいると話していた。それは、私達。アサイラムで引き取る。いいわよね?」
エドナがソファに寝転がるライラを見つめた。
「いいんじゃない?」
本で顔を隠したまま、ライラが答えた。
「あ、あの……アサイラムってなんですか?」
カインが小さく手を上げ、質問をした。
「先生が創った町だよ。私と先生を除けば、そこに住んでいるのは召喚獣だけ。召喚獣の為の町だよ」
「町を創った?」
「表向きは認可されていない町だけどね」
アステルが静かに、カインの質問に答えた。
それと。と呟き。エドナが懐から何かを取り出し。アステルの目に前に置く。
ゴトと鳴り、手が避けられるとそこに置かれていたのは、鈍い光を放つ石。召喚石だ。
「これは?」
アステルがエドナを見つめ、首を傾げた。
「その子……イグニス君の召喚石よ。奴隷商人の荒れた店で落ちているのを拾っといたの」
「僕のですか?」
中性的な綺麗な顔立ちをし、どちらとも言える声音のイグニスが首を傾げる。
「そうよ。これをアステルちゃんに渡しておくわ」
「でも、これは隷属契約が施された石ですよね?」
召喚石には天然と人口の二種類が存在する。
人口の石は隷属効果が付与されている。
「確かに、現段階では隷属の効果が発せられている。だから、上書きしましょうか」
「上書き? そんな事が出来るんですか?」
「ええ。……隷属の最もたる効果は、召喚獣から強制的に魔力を吸出し、石から術者へと供給することよ」
それは、アステル達三人が結ぶ彼岸契約。そして、天然の召喚石や縁ある物を用いて契約を行う。友愛契約との違い。
その二つは召喚獣と術者の間に、魔力の繋がりが生まれ、直接魔力の供給が行われる。
天然の石は希少性が高く、縁ある物も直接召喚獣から渡される事もあって、現在では人口石を用いた隷属契約が主流になっている。
「この石に二人の魔力を注ぎ込むの。奴隷として売られている召喚獣は……言い方が悪くなるけれど、商品だからまだ契約を成されていないから、意識的に魔力を注ぎ込む事で隷属の意志はないと、証明するの」
「そんな事でいいんですか?」
アステルは首を傾げた。
「人口とは言え、元となったのは天然の召喚石。作り出す過程で隷属効果が付与されているけれど、本質はただの召喚石。天然に比べたら粗悪品だけどね」
なるほど。とアステルは静かに立ち上がり、イグニスを見つめた。
その視線を受け、イグニスが立ち上がり、アステルの元へと歩み寄ってくる。
アステルとイグニスは召喚石へ手を翳した。
イグニスの手からは赤色の魔力。火属性の魔力が放出され、石を包み込む。
そして、アステルの手からも黎明色の魔力が放出される。
「アステルちゃん、魔力の色どうしたの?」
エドナがアステルの魔力の色を見て言った。
その言葉に反応し、ライラは本を微かに動かし、その魔力を見る。
本来であれば、無属性の魔力は蒼白い色をしている。アステルがライラ達の元から旅立った時も、蒼白い魔力だった。
それが今では、夜明け空のような色をしている。
「……色々あって」
「……そう」
苦笑いを浮かべつつ答えるアステルを見て、エドナは深くは追及せず、静かに頷いた。
二人から放出された二色の魔力が石を包み込み、混ざり合う。やがて、石に吸収されるように消えていく。
鈍い光を放っていた石は、強い輝きを放ち、ゆっくりとその輝きが収まる。
そして、輝きが落ち着いたその場所には、炎のように真っ赤な石が姿を見せた。
「契約は成立ね。……隷属ではなく、友愛のね」
「ありがとうございます」
アステルが真っ赤な召喚石を手に取り、懐へと仕舞い込んだ。
「こ、これで、僕もアステル様のお力になれるのですか?」
アステル様?
「イグニス君を召喚する事は出来るけれど……元の魔力量が低いから、戦闘では厳しいかもしれないわね」
「そ、そうなんですね……」
イグニスはガックシと肩を落とした。
「戦う事は無理でも、それ以外で頑張るのでしょう?」
「そうでした! 精一杯、アステル様の私生活を支えられるよう頑張ります!」
エドナの言葉に落ちた肩を上げ、胸の前でギュッと両手を力強く握りしめた。
「不束者ですが、末長くよろしくお願い致します! アステル様!」
イグニスはグインとアステルの方を向き、再び拳を力強く握った。
「え? あ、はい……こちらこそ」
イグニスは自身が座っていた席へ、ルンルンとした足取りで戻って行く。それを見届け、アステルも座る。
「今日の報告は以上ね。明日のことだけれど……」
「アステルよ。明日、カインを借りても良いかの?」
今まで静寂を保っていたシュドウが口を開いた。
「カインをですか?」
「弟子が育てた弟子。孫弟子の力量を見たいと思ってな」
ほっほっほと笑い、シュドウが言った。
「はい、構いませんよ」
アステルが頷いた。
「ならば、妾達も明日はシュドウについて行くとしよう」
「スズカ達も?」
「うむ。シュドウ……いや、アステル達の剣の師に興味がある」
スズカがジッとシュドウを見つめた。
しかし、シュドウは動じる事なく、ほっほっほと静かに笑う。
「鬼姫……ましてや、カグラの王に見せるもの等何もございませんよ」
「……よく言う」
スズカは小さく鼻で笑い、言い放つ。
微かに重たい空気の中、シュドウの口が開く。
「満足頂けるかは分かりませんが、儂で良ければ、エスコートさせて頂きましょう」
スズカはジッと、シュドウを見た。
「……えすこーととはなんだ?」
「ほっほっほ。おもてなし、そう思って頂ければよろしいでしょう」
おお! と、スズカが頷いた。
エドナはスズカ達のやり取りを見届け、アステルを見た。
「アステルちゃん達三人には明日、裏商人の拠点を何ヶ所か潰してきて欲しいの」
「拠点をですか?」
アステルが首を傾げた。
「ええ。銃器の流通元を炙り出す為にね。……ライラも明日はアステルちゃん達と行動をして」
「ええ……めんどくさいな。エドナで十分でしょ?」
「私はイグニス君の服を見繕ったり、やる事があるのよ」
お風呂に入り清潔になったとはいえ、着ているものはボロボロ。確かに、新しい物を買う必要がある。
「私がイグニス君の服選ぶから、エドナがアステルちゃん達について行きなよ」
ソファに寝転がり、本を顔の上に置くライラをエドナが見つめた。
「そう。じゃあ、明日は私がアステルちゃん達三人にかっこいい所見せる事にするわ。それでいいわね?」
ピクッとライラが微かに動き、そして、ふふ。と笑い始め、ゆっくり身体を起こし、本は顔から落ちる。
「エドナ……それで私を挑発してるつもり? 残念だけど、その手に乗らないよ」
エドナは言葉を返す事なく、ジッとライラを見つめる。
そして、でもね! とライラの顔がクワッとエドナへ向けられた。
「私を差し置いて、アステルちゃん達にかっこいい所を見せようなんて、三年と十二ヶ月、三六五日早いよ」
「五年っていいなさいよ。めんどくさい」
「ふっ。意味は同じように見えても、数字っていうのは全てが同じではないんだよ」
「何を言っているの?」
「とにかく、明日は私がアステルちゃん達にかっこいい所見せるから、エドナはイグニス君に最高にイカした服用意してあげなよ」
「あら? 明日はライラがイグニス君の服を選ぶのでしょう?」
エドナが悪戯な笑みを浮かべた。
「アステルちゃん達は私のかっこいい姿を見て育ってきたからね。きっと、エドナより私の方が見たいと思うからね。その期待に応えてあげないとね」
「いつも見てたから飽きてるんじゃない?」
「ふっ。エドナはあまいね。あまちゃんだよ。あまあまちゃん」
ライラは脚を高らかに上げ、優雅にソファから立ち上がった。
そして、表情をキリッと決めて言う。
「アステルちゃん達は綺麗でかっこいいライラお姉さんが大好きだからね。見飽きることなんてないよ」
「そう、じゃあ。明日はお願いね」
エドナは呆れたよう表情を浮かべつつも言った。
エドナにまんまと乗せられたライラは、テーブルの上に手を付き、腰に手を当てアステル達を見た。
「アステルちゃん、フェリスちゃん、シリウスちゃん。明日は最高にかっこいいライラお姉さんを見せてあげるから。……楽しみにしててね」
アステルはライラのを見つめ、サッとエドナを見る。
「拠点を襲って炙り出すの良いですが、その後は?」
銃器の流通元と繋がっている人物を追う必要がある。
それをアステル達が追うとなると、流石に負担が大きい気がしていた。
「ギルドが雇った冒険者が追う予定だけど……」
「そんなの雑兵当てにしない方がいいんじゃないの?」
エドナが言葉を詰まらせ、ライラが追い打ちを掛けた。
「うむ。それならば、妾に任せろ。当てならある」
スズカが酒を呑み言った。
その言葉に、エドナとライラが顔を見合わせる。
そして、スズカは懐から一つの巻物。百鬼夜行の巻物を取り出す。
「カグラの隠密、妾の影。ヒカ——」
「お呼びでしょうか」
気配も音もなく、一人の女性。ヒカゲが姿を現した。
「う、うむ。相変わらず早いな……まて、何故ここにいる?」
スズカが驚きの表情を見せた。
スズカはまだヒカゲを召喚してはいない。それなのにも関わらず、ヒカゲはこの場に居る。
「我はスズカ様の影。いついかなる時、どの様な場所であろうと。貴女様の傍に居ます」
静かに答えるヒカゲをスズカは目を細め見つめる。
「ぬし……こっそりついて来たな? カグラはどうした?」
「ハクオウ様には許しを得ています。カグラは影の同朋が影より見守っております。ここに来たのは、我を含め数名の精鋭です」
「へえ……、なんか変な感じすると思ってたけど。隠れてる人居たんだ」
ライラは面白そうにヒカゲを見つめて言った。
その言葉に、ヒカゲは目を丸くさせる。
「気付かれていたのですか?」
「いいや? なんか、薄い魔力あるなぁって思ってただけ」
「ほお。妾でも隠れたヒカゲを感じる事など出来ん。伊達にアステル達の先生をやっているだけあるな」
「でしょ? もっと褒めてくれてもいいんだよ? スズカちゃん」
ドヤッとした表情でライラはスズカを見る。
その視線を受け、スズカはグラスを見つめ。もっとか……と静かに呟き、クイッ酒を呑み言う。
「ない」
「うぇっへぇ!?」
ライラの表情が驚きに変わり、前のめりにテーブルの上を出来るだけスズカに近付く。
「ないの!?」
「うむ。……そもそも妾と先生は会ったばかりだ。良いところも、悪いところも知らん。上部だけで他者を評価するつもりはない」
その言葉を聞き、ライラの顔はスンと、真顔になる。スズカを見つめ、スズカもまたライラを見つめる。
やがて、ライラはニッと笑う。
「確かに、上部だけの評価だったら私は完璧美人お姉さんになっちゃうか。ま、その通りなんだけどね」
「ぬはは。確かに、そうかもな」
スズカは笑い言った。
ライラはテーブルをなぞる様にゆっくり身体を起こす。そして、スズカを見た。
「それで、ヒカゲちゃん達に追わせるって事で良い?」
ライラが聞くと、スズカは静かに頷きヒカゲを見た。そして、ヒカゲは少し頭を下げ答える。
「我らにお任せください。……今後もフォレスティの影に紛れ込む為、影を各地に送ろうと考えていますが、よろしいですか?」
「うむ。構わん。常に準備をしておく事は大事だからな」
ヒカゲはその言葉に頷き、再び影の中へと消えていく。
ライラは頑張ってねーと手を振っていった。
「勝手に妾の影が追う事を決めてしまったが、問題なかったか?」
「大丈夫よ。こちらとしても、カグラの忍びが力を貸してくれるのは助かるわ」
エドナが微笑み答えた。
うむ。とスズカは頷き、酒を呑み、プハァと息を吐く。
「以上で解散よ。自分の家だと思って、自由に過ごしてね」
エドナが皆を見渡して言った。
かくして、作戦会議を終え、各自自由に動き出す。
フォレスティに帰ってきて一日目の夜が更けていく。




