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102話 対等なもの

 アステル達の目の前に、広いテーブルの上を埋め尽くす程の料理が運ばれてくる。

 白い湯気と共に、良い匂いが漂う。

 ライラはソファに腰を掛け、本を読みながらカップを口元に運び、静かにコーヒーを口にした。

 普段はおちゃらけているが、相変わらずその姿は様になっていた。


「……多くない?」

 フェリスが机に突っ伏しながら、料理を運ぶエドナを上目で見た。

「久し振りのフェリスちゃん達とそのお友達が一緒だから、少し頑張りすぎちゃったかも」

 エドナが苦笑いを浮かべつつ、テーブルの上に置く。


 狼の子供シルヴィと河童の子供ヒスイの分も運び終えるのと同時に、ライラが立ち上がりアステルの目の前の椅子に手を掛ける。

「確かに、多いねえ」

 ライラは困惑した表情を浮かべつつ、椅子を静かに引き、腰を下ろした。


 奥からはシュドウが姿を現し、そして、その後ろには奴隷として売られていた召喚獣。

 服こそはボロボロのままだが、ボサボサだった髪や泥だらけだった皮膚は綺麗になり、中性的な整った顔を見せる。


 シュドウが椅子に座る。しかし、召喚獣は立ち尽くしたまま。それを見たライラが言う。

「空いてるところに座りなよ」

 そそくさと歩き出し、座った。椅子ではなく、シルヴィの隣、床の上に正座になる。


「お、おお? 椅子に座らないの?」

「え、ぼ、僕は……その、奴隷。だから」

 中性的な顔立ちからは、低くも高くもない声で答えた。


「奴隷ねぇ……」

 ライラは目の前にあった料理を摘み、口へと運び。「うん、美味い」と声を漏らした。

「行儀悪いわよ」

 エドナがライラに呆れたように言った。


「アステルちゃん。あの子、奴隷らしいよ?」

 ライラは頬杖を突き、アステルを見つめた。

「なんで私に言うんですか?」

「助けたのはアステルちゃんだからね。手を差し伸べたのなら、その責任を取らないと」


「まあ、……そうですけど」

 アステルは立ち上がり、召喚獣へと近付いた。

 床に正座したまま、アステルを見上げるその人を、アステルはジッと見つめる。

 近くで見ても、性別が分からない程中性的な顔を見て、アステルは眉を顰めた。


「あ、あの……」

 見つめられた上、眉を顰められたその子は、困惑の表情を浮かべ瞳を右往左往させた。

「す、すみません。綺麗な顔立ちと髪をしているなと、……少し考えていました」

「え、……あり、がとう……ございます?」


 徐々に声を弱らせて答えた召喚獣は、目を伏せ、顔を少しだけ赤らめる。

「私達はあなたを奴隷だなんて思っていません。ここにいる人間は私を含め、先生とカインだけ。種族は違うけれど、私にとっては大切な家族であり、友達なんです」

「血も繋がっていないどころか、種族も違うのに家族なんですか?」


「血も種族も関係ありません。大切なのは、どう思うか。どうしたいか。それだけです。……あなたはどうしたいですか?」

 アステルは真っすぐに、目の前に正座をする子を見た。

 その子は目を伏せ、やがて、ゆっくりとアステルの瞳に答える。

「僕は、奴隷でいいです」


「……え?」

 思ってもいなかった返答が来た。アステルは首を傾げた。

「い、いえ。誰でも良いって訳じゃないんです。……ただ、貴女の奴隷なら。僕は構いません」


 アステルはライラを見た。

 頬杖を突いていたライラは、アステルの視線に気付き、手を振った。

 アステルはため息を吐き、視線を正座をする子へと戻した。

 ジッと、アステルを見つめている。


「どうしてですか?」

「僕の命を助けてくれただけではなく、手を伸ばしてくれた。泥だらけの汚い手を、躊躇いなく握ってくれた。もう走れない僕を、背負いその身体が限界を迎えるまで走ってくれた。……その時思ったんです。こういう人の為なら、僕は尽くしたいと」

「私はあなたを奴隷と思うことは出来ないし、奴隷を必要とはしていません」


「でしたら、下僕でも構いません!」

 アステルは再びライラを見た。

 目の前の料理へと手を伸ばすが、その手をエドナに叩かれていた。


「君は何かできるの?」

 ライラが手を摩りながら言った。

「何か?」

 召喚獣は首を傾げた。


「剣とか魔術とか」

「自慢ではありませんが、僕は運動神経も悪ければ魔力量も少ないんです」

「へえ、それは確かに自慢じゃないね」


 確かに、商人が魔力を殺す弾丸を実演しようとした際、魔障壁を張るように言われ展開した時、通常の弾丸でさえ防ぐ事が出来なさそうな程に脆く不安定だった。

 劣悪な環境で過ごしていたからだと思っていたが、元々の力だったという事か。


「戦う事は無理でも、他の事で頑張りますので!」

「ですが、奴隷も下僕も私は――」

「別にいいんじゃない? 従者にしたら?」

「従者?」


 ライラの提案にアステルは首を傾げた。

「そ。従者。よく偉そうな貴族や勘違いした召喚術師が連れてるでしょ?」

「……私にそいつ等みたいになれと?」

「いいや? そいつ等とは決定的に違うものがある。付き従う召喚獣にその意思があるかどうか。そいつ等は隷属契約で無理やり従わせてるけど、その子は自分の意思だよ。……大切なのは、どう思うか。どうしたいか。でしょ?」


 自分の言葉をそのまま返され、アステルは言葉を詰まらせた。

 そして、溜息を静かに吐き、正座をする召喚獣を見つめた。

「……わかりました。あなたがそうしたいと言うのなら、それを受け入れます。ただし、奴隷でも下僕でもなく、従者としてです」

「あ、ありがとうございます!」


 召喚獣はパッと顔を明るくさせた。

 これから共にする仲間になった。だとすれば、名前を与えてあげるべきだろう。

 暫くアステルは考え込み、やがて、口にする。


「……今日からあなたはイグニスです」

「な、名前までくれるんですか!?」

 イグニスと名付けられた召喚獣は中性的な整った顔を眩しい程に輝かせた。

「取り合えず、床に座るのをやめて椅子に座ってください。お腹も空いているでしょう? 好きなだけ食べてください」


「はい!」

 イグニスはバッと立ち上がり、空いている椅子に腰を下ろした。

 それを見届け、アステルは自身が座っていた場所へと戻った。


「それじゃあ、食べましょうか」

 エドナがそう言うと、皆が食べ始める。

 アステルも口に運ぼうとした時、視線に気付き顔を上げると、ライラが微笑みながらこちらを見つめていた。

「なんですか?」


「可愛い弟子の食事を目に焼き付けようと思って」

「……やめてください」

 アステルはため息を吐き、止めた手を動かす。

 各々が話す中、食事が進んでいった。

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