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101話 師弟の夜

 エドナによる治療が終わる。フェリスに治癒魔術を教えていた事もあって、その腕は確かなもの。傷跡一つ残らず、身体は元の状態へと戻った。

「ありがとうございます」

「いいえ」

 エドナは微笑み応える。


「それにしても、アステルちゃん。そのローブまだたんだね? お揃いだけど、ボロボロだね」

 ライラは自身が身に纏う漆黒のローブと同じ物を身に纏うアステルを見て言った。

「先生がくれたものなので……」

「でも、それ。もう私の匂いしないでしょ? 新しく、これ。あげようか?」


 ニッとライラが笑う。

 旅立ちの際に受け取った漆黒のローブ。彼女がずっと身に纏い続け、暫くの間はその匂いが残っていた。

 それでも、今はもうその匂いはしない。


「……もうボロボロなので貰います」

「うん。……いいよ」


 ライラは漆黒のローブを脱ぎ、アステルへと差し出した。

 アステルはローブを受け取り。大切そうに抱きかかえた。


「やっぱり、素直になったよね?」

「昔からよ」

 エドナの言葉に、シュドウはほっほっほと笑いながら頷いた。


「ええ? 前はすぐに洗いますって言われたよ?」

「照れ隠しでしょう? 可愛らしいじゃない」

「あー、なるほど……」

 合点がいったかのように、ライラは頷いた。


「背も大きくなったね。たった二年だったのに、私と殆ど背が変わらない」

「はい」

 ライラはアステルのフードの中にいるヒスイを見つめた。


「可愛らしいお友達も出来たみたいだね」

 アステルは身体を横に向け、ヒスイをライラへと近付けた。

「ヒスイって言います。河童の子供です」

 キュッっと鳴き、きゅうりを突き上げた。


「河童? っていうことは、鬼属性?」

 ライラがシュドウを見ると、ほっほっほと頷いた。

「子供と言えど、河童と契約を結ぶとは、見事じゃな」


「気を付けるんだよ? 鬼属性は強い分、負担が大きいからね」

「わかっていますよ」

 アステルは真っ直ぐな瞳でライラを見つめる。それを受け止め、ライラは微笑えんだ。


「折角だし、早速それ着たら?」

「……はい」

 アステルが頷いたのを確認した後、ライラはアステルのフードの中にいたヒスイを「こっちおいで」と優しく言いながら抱き上げた。


 アステルは身に纏っていたボロボロのローブを脱ぎ、ライラが差し出し手に乗せる。

 そして、綺麗なローブへと腕を通し、整える。

 まだ暖かく、ライラの優しい匂いが仄かに鼻をくすぐる。


「うん。やっぱり、似合ってるよ。……どう? 久し振りのライラお姉さんの匂いは?」

「……あとで洗濯しときます」

「あ、あれ? ……新しくなった事で、素直バリアが復活したのかな……」

「……冗談です。ありがとうございます」


 アステルはライラの腕の中から優しくヒスイを抱き上げ、フードの中へと入れた。


「そっか。じゃあ、私はこのアステルちゃん脱ぎ立ての――」

「ダメです。……臭ったら嫌です」

 アステルは脱いだローブを受け取ろうと、手を差し出した。

 しかし、ライラは渡そうとしない。


「っふ……私は、アステルちゃんのにおいならば、どんなにおいだって構わないよ」

「ダメです」

 アステルはライラの手からローブを奪い取った。

「冗談だよ。冗談……半分は」


「再会のお話はそこまでにして、お仕事に戻ったら?」

「ええ……もっとアステルちゃんとお話し――」

 エドナの言葉に少しだけ不服そうな表情を浮かべるが、エドナの笑顔を見てライラは言葉を止め、小さくため息を吐いた。


 ライラは転がる手足を失い、気絶している商人を見つめた。

「情報聞き出すならエドナの方が良くない?」

「奴隷商人が召喚獣に話すと思う?」

「いや……あの状態で反抗してきたら、むしろ感心するけど。ほら、目覚めて手足を斬った本人がいたらまた気失うかもだしさ」


 それっぽい理屈を並べるライラを見て、エドナは呆れたようにため息を吐いた。

 商人へと歩み寄り、自身の指先に火を灯し、男の頬は火の先端を当てる。


「あっつ! ……あ、あれ。……はっ……はっ」

 恐らく火を払おうとした。しかし、その腕がなく商人は自身の体を見て、呼吸を乱した。


 エドナは男の目の前に、火を灯した指を突き出し、ジッと見つめ、情報を聞き始めた。

 ライラはアステルの横で退屈そうに欠伸をし、夜が近付き、少しずつ気温が下がって行く中、少しだけ寒そうに腕を摩る。


 そんなライラが視界の端に映り、アステルは溜息を吐き、視線を向けぬままライラに脱いだローブを差し出した。

 ライラはパアっと顔を明るくさせ、渡されたローブを身に纏った。


 やがて、エドナがアステル達の元へと戻ってくる。

「情報はある程度聞けたわ。後で共有するから、今は戻りましょう。フェリスちゃんとシリウスちゃんとは別行動をしているのでしょう?」


「はい。夕暮れにギルド支部で集まる予定でした」

「もう陽は落ち切ってる。きっと二人とも心配してるわね。早く戻ってあげて?」

「アステルちゃんと今日はもうお別れかぁ……」

 ライラは少しだけ残念そうに肩を落とした。


「あとでギルド支部に報告に行くから、別にアステルちゃんと先に行っててもいいわよ? ところで、何でアステルちゃんのローブ着ているの?」

「へへ。いいでしょう? アステルちゃんの匂いがするよ? 嗅ぐ?」

 エドナさんがそんな事する訳ないのに。

 呆れた表情を浮かべ、アステルはため息を吐いた。


「……後で堪能させて貰うわね」

 え?

 アステルがエドナの顔を見ると、子供を揶揄うような笑みを浮かべていた。

「おっ。私達の宝だね」


「とにかく、私とシュドウはここでギルド職員と衛兵が来るのを待ってるから。アステルちゃん、報告お願いね」

「……はい」

 アステルは困惑した表情を浮かべつつも、エドナの言葉に頷いた。

「本当に私も先に行ってていいの?」


「いいわよ。早く愛弟子に会いたいでしょ?」

「確かに」

 ニッと、ライラは口角を上げた。

 そうして、アステルとライラはこの場を後にした。


 路地を抜け、表通りに戻る。

 街灯が灯り、街中を通る水路から水が流れる音が街に響く。

 アステルの少し前を、黒い長髪と、ボロボロの漆黒のローブを靡かせ、悠々とライラが歩く。

 一緒に過ごしていた時、いつもシリウスとフェリス、三人で追っていた背中が目の前にある。


「先生」

「んー?」

 ライラは振り返る事なく、返事をした。

 背中を見ていたら、何となく呼びたくなった。何も考えてなかった。


「……あとで、それ。返してくださいね」

「ええ!?」

 バッと。ライラが振り向いた。

 ジッと、その顔を見つめる。


「……このまま貰っちゃだめなの?」

「ダメです。ボロボロなので捨てます」

 ライラは再び前を見つめ、歩き出す。

「じゃあ、返さない。捨てるなら私が貰ってもいいでしょ?」

「なんでですか?」


「……アステルちゃんの、二年間の記録だからね。弟子の記録は保管しとかないと」

「そうですか。……でも、ちゃんと洗濯してくださいね」

「気が向いたらね」


 ギルド支部へと辿り着く。

 宿屋兼酒場を担っている為か、中が少しだけ騒がしい。

 ライラは立ち止まり、振り返ってアステルを見つめた。

 アステルは歩き出し、静かにギルド支部へと入っていた。


 入ってすぐ、受付カウンターに居たシリウス達が一斉に振り返る。

 そして、フェリスが駆け寄り、アステルの手を握った。

「アステル! 遅いよ! 心配したよ?」

 獣耳をペタンと折り畳み、アステルを見つめる。


「ごめんね。色々合って」

「フェリスとシリウスがもう少しで飛び出す所だったぞ?」

 スズカが歩み寄りつつ言った。

「ごめんね」


 アステルがフェリスの頭を撫でた。

「アステルが無事ならそれでいいよ」

 シリウスがそう言いつつ、アステルが身に纏うローブを見つめ、首を傾げた。

「何か、懐かしい匂いがする気がする」


 フェリスがローブの匂いを、すんすんと嗅ぎ出した。

「うん、実はね――」

 バン! 扉が勢いよく開けられた。


「やあやあやあ! 久し振り。シリウスちゃん、フェリスちゃん。二人も大好きな綺麗なライラお姉さんだよ」

 二人はライラを見つめ、固まった。

「あ、あれ? どうしたの? 奥歯になにか詰まった?」

 何の反応を見せない二人に、ライラは首を傾げた。


「誰ですか? この愉快なお姉さん。アステルさん達のお知り合いですか?」

 カインがアステルに聞いた。

「おっ! 少年。見る目あるねぇ。私を見て、愉快で面白い綺麗なお姉さんだなんて」

「え、いや。そこまでは ――」


「何を隠そう。この愉快で面白い綺麗なお姉さんこそが、アステルちゃん達の師匠だよ」

 エッヘンと言わんばかりに、ドヤ顔を見せるライラに一同は困惑を浮かべた。

「どうして、先生がここにいるの?」

 ようやく硬直が解けたフェリスが首を傾げた。


「ん? それはかくかくしかじかで、ブラブラブラ。……あとでエドナが話してくれるよ」

「エドナさんもいるの?」

「いるよ。もちろん、シュドウもね」

 ライラはフェリスとシリウスを見つめ、微笑んだ。


 アステルはその場から離れ、受付カウンターにいるカレンの元へ近付いた。

 そして、先程路地裏であった事を報告する。すると、数名のギルド職員が慌ただしく、ギルド支部から出ていく。

 アステルはカレンに頭を軽く下げ、ライラ達の元へ戻る。

 暫くすると、遅れてエドナとシュドウがギルド支部へとやってきた。


 その後ろにはアステルが助けた、奴隷として売られていた召喚獣の姿があった。

「アステルちゃん達が六人で、私達が三人。そして、この方。十人も座れるような空はないわね」

 エドナが酒場の方を見て言った。

「だったら、私達の家に行こうか」


「家?」

 ライラの提案にシリウスが首を傾げた。

 そういえば、カレンが言っていた。

 アステルの事を聞き、流通している銃器の事を調べている人物達が家を借りていると。どうやら、ライラ達の事だったらしい。


「アステルちゃん達はもう宿は決まっているの?」

「いえ、まだです」

「じゃあ、丁度いいね。案内するよ。私達の家にね」

 ニッとライラが笑った。


 アステル達はカレンに挨拶を済まし、ギルド支部を出た。

 アステル達の前には、三人が並んで歩く。


「なんか、懐かしいね」

 アステルの斜め後ろをフェリスと並び歩くシリウスが言った。

「だねぇ……」

 気だるげにフェリスが答えた。


 街の中を歩き、一つの建物の前でライラはクルっと軽やかに振り向き、ババン!っと両手を広げ高く上げる。

「ジャーン、どう?」

 アステル達は建物を見上げた。


 大きな一軒家。三人で過ごすには大きすぎる程の立派な建物。

「随分と立派ですね」

「でしょ?」

 そんなやり取りをしているのを背に、エドナが鍵を開け、扉を開け中へと入ってく。


 その後に続き、アステル達も中へと入っていく。

 中は殺風景で殆ど家具などは置かれていない。

 ソファーと大きなテーブルと椅子。対し、部屋の数は多いらしく、沢山の扉が見える。


「ようこそ。私達の家、ギルドハウスへ」

「ギルドハウス? ギルドでも創ったんですか?」

「いいや? ただ、単にギルマスのおっさんに用意されたから使ってるだけ」


 ギルド本部のマスターが用意した。

 ということは、ライラ達が請け負う依頼、流通した銃器の捜査はギルドマスターによるものか。


「んじゃ、今日は私が丹精込めてみんなに愛情たっぷりな手料理を作っちゃおうかな」

「駄目よ。キッチンには入らないって約束したでしょう?」

「ええ? でも、アステルちゃん達も久しぶりに ――」

「いえ、大丈夫です」


 ライラが言葉を言い切る前に、アステルが言った。

 その言葉を聞き、ガックシと肩を落とし。ソファーに座り背もたれに寄りかかる。


 「アステルちゃん達も自由に過ごしていいからね。何もない所だけど」

 エドナはそう言い、キッチンの方へと向かっていった。


 アステルは召喚獣の方を見た。

「汚れてますし、お風呂入ってすっきりしてきてください」

「儂が案内しよう」

 シュドウが召喚獣を連れ、奥の方へと消えていく。


 それを見届け、アステル達は椅子に座る。

 フェリスは机に突っ伏して、シリウスがそれを見つめる。そして、その二人をアステルが見つめる。

 その三人をライラは頬杖を突きながら、ジッと見つめた。二年ぶりの景色に、自然と口角が緩んだ。

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