99話 使い捨ての火種
グレイブを部屋へ送り届けた後、カレンがカウンターへと戻ってきた。
「アステルちゃん、ありがとう」
「……いえ。手がかりとかはないんですよね?」
アステルがそう聞くと、カレンが頷いた。
二年前の時からそうだ。
手がかりなし。痕跡を一つも残らず、人々は消えて行く。最初から存在しなかったかのように。
共通点といえば、性別問わない子供達。そして、若い女性。または、召喚獣。
しかし、召喚獣の捜索依頼は相変わらず出ていない。
この世界にとって、召喚獣は替えが利くただの奴隷。そんな存在のために、資金を払って探すくらいならば、新しいのを買えばいい。
虫唾が走る。
「そういえば、手がかりではないけれど、最近裏では銃器が流通しているらしいわ」
「銃器……? そんな、骨董品レベルの物が何でですか?」
アステルの問いに、カレンは首を傾げた。
魔術が生まれてからは、銃器は次第に数を減らしていった。
魔力を撃つ事さえ出来れば、銃は返って邪魔になるからだ。それに、銃弾で魔力で作った障壁を壊せない。
現代において、マルクト領の中で銃器は扱われていない。
扱われていないと言うことは生産もしていない筈。
しかし、帝国ケテルは別だ。
マルクトよりも召喚獣の扱いが酷い、軍事国家。今も尚、銃器を扱っていると聞いたことがある。
「関係があるかは分かりませんが、警戒はしておいた方が良さそうですね」
障壁を張れば防げると言っても、生身で撃たれてしまえば致命傷になり得る。
「二年も探して手がかりが見つかっていない以上、今更探索しても意味はないかも知れないけど、別れて街を見てみようか」
アステルが皆にそう提案する。
「フェリス、スズカとラセツさん。シリウス、シルヴィとカインに別れて表通りをお願い」
「アステルは?」
シリウスが首を傾げた。
「私は裏路地を見るよ」
「ええ? 一人で大丈夫なの?」
フェリスが心配そうな表情を浮かべた。
「あまり召喚獣は近付かない方がいいし、スズカとラセツさんはまだこの世界に来たばかりだし、カインも初めてきた街だからね」
「んー……そうだけどさ」
獣耳をパタンと倒したフェリス声を漏らすように言う。
「大丈夫だよ。夕暮れにここで集まろう」
アステルは微笑み、そう言った。
シリウス達がギルドから出て行くのを見届け、アステルもまたこの場から出ようとする。
「関係ないかも知れないけど、アステルちゃんの事聞いてきた人達居たから気を付けてね?」
「私の事を?」
「うん、……その人たちは流通した銃器について調べているけれど、ここに泊まらずに家を借りてるから少し怪しいのよね」
ここのギルドは酒場や宿も兼業している。
イェソドの外から銃器の捜査に来て、ギルドに泊まらず家を借りる。確かに少しだけ不自然かも知れない。
「わかりました。気を付けます」
アステルはカレンに一礼をし、ギルドを後にした。
水路が通り、綺麗な表通り。その裏側、人の目が届きにくい路地。
建物に光を遮られ、薄暗く少しだけ不気味さを感じる道を、ボロボロな漆黒のローブを身に纏い、灰色の長髪を揺らす少女が一人で歩く。
奴隷商人と鎖で繋がれた召喚獣がアステルを見上げる。
どうする事も出来ず、アステルは視線を伏せ、足早にその前を通り過ぎる。
奥へ、奥へと進んでいく。
奴隷商人は後を絶たない。進めば進む程、召喚獣の年齢層は上がり、その身なりも比例してボロボロになる。
「嬢ちゃん、こんな所に何ようだい?」
一人の奴隷商人がアステルに声を掛けた。
アステルは足を止め、商人を見つめた。
「……少し、奴隷を探しに」
アステルは静かに深呼吸をし、そう答えた。
目的を悟られる訳に行かず、出した嘘だ。
「へえ、奴隷ねぇ……」
商人は下卑た笑みを浮かべ、アステルを値踏みするかのように、足のつま先から髪の先、頭頂部までじっくりと見つめる。
「何か?」
そんな商人に嫌悪感を抱きつつ、アステルは問いかけた。
「いや、裏で奴隷……召喚獣を買う大抵の奴は、表で正規に取引が出来ない奴らばかりだ。表に比べて値段も張る。売れ残りのこの使えない奴等でもな!」
商人は声を上げ、傍に倒れていた召喚獣を蹴り上げた。
首に括られた鎖が重苦しい金属音を周囲に響かせる。痛みに悶える召喚獣を見つめ、アステルの拳が固く握られ、微かに震える。
商人はアステルに背を向け、召喚獣への暴行を止めない。
アステルは悟られないよう、深呼吸をし、その怒りを落ち着かせ。握られた手を、緩めていく。
「商品に手を挙げては、売れないのでは?」
「はは、いいんだよ。どうせこいつはもう売れやしねえ。近いうちに処分するからな。それまでは、サンドバックとして仕入れ価値分は働いて貰うさ」
怒りが再び、湧きあがりそうになる。
アステルは身に纏ったローブの襟を鼻先まで隠すように持ち上げた。
かつてはライラの匂いがしたこのローブも、今では自身の匂いしかしない。それでも、溢れ出そうになる怒りを押し殺すための、せめてもの拠り所にはなってくれた。
「……仕入れ価値ですか、ストレスのはけ口にする程度で賄える程度なのですか?」
「いいや? この程度で利益なんて生まれない。だがな、最近はケテルから兵上がりの奴隷がよく流れ着くんだ。前に比べてしまえば仕入れ値は安い。それにな、とある商品の試供品もあって。そっちの方の売り上げが順調なんだよ」
「とある商品?」
アステルは首を傾げた。
「気になるかい?」
商人は下卑た笑いを再び浮かべ、奥から一つの箱を取り出した。
そして、その蓋を持ち上げる。
「……銃ですか」
「そう、銃だ。現代において銃は骨董品。それでも、ケテルの方ではまだ軍事配備されていてな。その横流し品や試作段階のハズレが安くここに流れ着いてるんだ」
ここで売られている奴隷も銃器もケテルから流れている。
しかし、アステルが今受けている依頼は、消えたイェソドの人たちの捜索だ。
あまり関係はなさそうだ。
だが、今更骨董品である銃が売れる理由が分からない。
「骨董品である銃は売れるのですか? 撃ち出すにしても、現代では魔術がありますよね?」
商人はアステルの問いに、ニッと口角を上げた。
「確かに今は魔術が主流だ。銃が扱われたの何てマルクトでは大昔も大昔。だけどな、召喚獣を持とうが、魔術が扱いが下手糞な奴はいつまで経っても扱えない。その点、銃は弾を込めて、引き金を引く。それだけで、相手を殺せる。裏ではそのシンプルさが再認識されてるんだ」
「それでも、魔力障壁は貫通出来ませんよね? 召喚術師相手では不足では?」
商人はアステルの言葉に、笑みを浮かべた。
「嬢ちゃん、若いのに中々の博識だな。マルクトに居て、その若さで銃の事をそこまで知っているのは初めて見た。……ケテルからの流れ者か何かかい?」
「……そんな所です」
商人の瞳が、再びアステルを値踏みするかのように見つめる。
話過ぎたか?
「そうかい、まあ。いい。……確かに普通の銃弾では貫通はしない。だが ――」
商人が店先の最も奥から厳重に鍵を掛けられた箱を取り出した。
懐から鍵を取り出し、差し込み捻る。
カチッっと静かに音が鳴り、ゆっくりとその箱が開けられる。
そして、その箱から一発。小さな弾丸を取り出し、アステルに見せびらかすように差し出す。
「こいつは、ケテルのとある研究所で作られた弾丸の試作品。製造方法は不明だが、魔力を殺す特性がある。一発金貨千枚と高値だが――」
商人はおもむろに、商品である銃を手に取り、弾丸を装填し、アステルへとその銃口を突き付けた。
「……何か、問題でもありましたか?」
突きつけられた銃口に動じることなく、声音一つ変えず言った。
「いや、最近。銃について調べている奴等が居ると耳にしてな。嬢ちゃんみたいな、可愛い女の子がそんな危ない橋を渡ると思わず、話しちまったが……調べていたとしたら、嬢ちゃんの知識量も不思議ではない」
「そうなんですね。……ですが、さっきも答えた通り、私はケテル近郊で生まれ育ちました。銃について知っていたのも偶々です」
「偶々、ねえ……だったら、こいつを撃とうか? さっき、こいつを蹴った時、その顔に苛立ちが出てたぜ?」
商人は銃口を転がる召喚獣へと向けた。
「……好きにしたらいいんじゃないですか? どちらにせよ、処分するんでしょう?」
アステルは召喚獣を見た。
唇はガサガサ、指先もボロボロ。瞳に光はなく、生気がない。全てを諦めた表情で、ただ。地面を見つめている。
「確かにこいつは処分する予定だ。丁度いい、この弾丸の力を見たかったしな。……おい! 障壁を張れ!」
商人は召喚獣を蹴り上げた。
転がる召喚獣は静かに魔力を身体から放出する。赤い魔力、火属性の魔力が薄く、すぐにも壊れてしまいそうな障壁を作り出した。
「実践販売だ。よく見とけよ、嬢ちゃん」
商人の指が引き金へと掛けられる。
静かに、力が入り。徐々に沈んでいく。
パンッ。
引き金が完全に引かれ、撃鉄が落ちる。
乾いた音が薄暗い裏路地に響き渡り、白い硝煙が狭い青い空へと昇って行った。




